優しい嘘1


 リンがエドワードからバレンタインにもらったオードトワレは、高校生からすればそこそこ高価な物だった。そこでふと、金の出所はどこだったのかと疑問に思った。

 以前一緒に本屋へ行き、リンには面白味の全くわからない数学書やら科学誌などをどっさり買っていたときに結構な金額になったので、「エドんちのお小遣いいくらなノ!?」と思わず尋ねたことがある。

「こういう本ならいくらでもホーエンハイムが出してくれんだよ」

 …父親とは寂しいものダ。

 しかしさすがのエドワードだって『彼氏にバレンタインのプレゼント買うから金寄越せ』とは言わないだろう。……言わ…言わないよ、ネ?





「オレ、バイトしてるもん」
 下校途中に立ち寄った本屋でファッション誌等には目もくれず、やはり今日も楽しそうに新しい科学誌を物色しているエドワードにそれとなく聞き出してみたら、予想外の答えが返ってきた。

「えッ、バイトなんて初めて聞いたんだけド!何やってるノ!?」
「翻訳。理系の専門書だと専門用語とかあるからあんまやる人いないらしくて、結構いいぜ」
 ちゃんとエラい人が最終的にチェックしてるみたいだから気が楽だしな。そう言われてもリンにはエドワードの話のどこに気楽さを見付ければ良いのかわからなかった。
「じゃあ、エドが翻訳した本もこの辺にあったりするわケ?」
「うーん…出版社がこの国じゃないからこの辺には無いな。どっか大きい本屋とかネットならあるかもな?」
 もはや色んな意味がわからない。「読みたいのか?献本貸そうか?」と言われたが遠慮した。どうせ内容なんて理解できやしない。
「え、そのおカネ全部貯金してんノ?」
「いや、貯金するような性格じゃねぇもん。使っちゃうよ」
 あぁなんだ貯金してたらいくらになっちゃうのかと思ったヨと安心したのもつかの間、続く言葉はリンの想像を遥かに上回った。

「ホーエンハイム名義で投資やってんだ。元本とか利益とか気にしないでやってるから、趣味みたいなもんだけどな」

 ……株とカ、女子高生の趣味じゃないですよエドワードさン!





「リン…姉さんを、旅行に誘っただろ………」

 おどろおどろしいという表現がこんなにぴったりくる顔を見たことがない。朝3人で登校し、エドワードと別れアルフォンスと同じ教室に着くなりそんな顔で詰め寄られた。
 そもそも、リンはホワイトデーのお返しのためにエドワードをリサーチしていたのだ。
 これは金に物を言わせてもしょうがない。早々に見切りをつけて、物より思い出プライスレス!ってなわけで旅行に誘ってみた。

 するとエドワードは大層険しい顔で、「一応訊いてみるけど…たぶん、ホーエンハイムが許さねえよ?」と言ったのだ。

 それはわかっている。リンだって初めてエルリック家を訪れたとき、父親に大きなハサミを振り回された経験を忘れたりはしない。そこで実は娘だけではなく息子にも弱い所に付け込もうと、エドワードにちょっとだけ入れ知恵をした。「アルフォンスに協力をお願いしてみたらどうかナ?」と。
 アルフォンスだって最愛の姉が男と2人で旅行だなんて、シスコンの弟としては何としても止めたい、まさか自分が父親を説得なんてするわけがないと自負していたはずだ。しかしその愛しい姉からの『おねがい』である。アルフォンスの葛藤は想像に難なくなく、この様子ならきっと断腸の思いでエドワードの『おねがい』をきいてしまったのだろう。

「で、どウ?」
「……どうもこうも……父さんは当然猛反対したけどね、それよりも母さんのダメって一言で却下されたよ」
「えぇえエッ!?」

 リンがエルリック家を訪ねると、いつも歓迎してくれる母親にまさか反対されるとは予想外だった。…しかし、よく考えれば道徳を重んじた教育をするトリシャならば納得せざるを得ない。ホーエンハイム対策に気を取られ過ぎたか。
「…あレ?じゃあ何でそんな凹んデ…」
「リン」
 話の途中で遮られた。怒られるかナと友人の顔を見れば、何やら泣きそうな顔をしている。

「絶対!もう二度と!こういうことにボクを利用しないで…!」

「………エドに何か言われたノ?」
「まさか……。申し訳なさそうな顔で『変なこと頼んでごめんな』って、『ごめんな』、って…………」
 話しながらどんどん下に向いていった頭はとうとう机に突っ伏され、「辛い」と聞こえるか聞こえないかのか細い声を洩らした。

 悪かった友ヨ…。

 しかしアルフォンスからこの結論を聞かされるとは思わなかった。今朝一緒に登校する時にエドワードの口から聞かなかったということは、『申し訳なさそうな』顔はリンにも向けられているに違いない。
 慌ててフォローのメールを入れようと携帯電話を開く。どうしよウ。内容は簡潔だ。『旅行行けないってアルフォンスに聞いた。気にしないで。』しかし他人の気持ちに過敏なエドワードに下手なメールは送れない。HRが始まるまであと5分。





(続)




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