「言っておくけど喧嘩の原因とかに興味ないから。言い訳するなよ。
 『姉さんのこと次に泣かせたら許さない』と
 『エドのこと二度と絶対未来永劫泣かせませン』言ったよね」
「言いましタ」

 手に入れるために彼女の信頼を裏切ってざっくりと痕が残るほどの傷をつけた。
 男として責任は取らせて頂きます。その覚悟で。

「で?」
「すみませン……」
「聞こえない」
「すみませン!」
 子供のように声を張り上げたらお母さんのように怒られた。
「馬鹿、ボクに聞こえないんじゃなくて」
 姉さんに言って来い。

「……会いに行っテ、いいノ」
「だって姉さんが選んだんだからしょうがないだろ」
 「たぶんね、」アルフォンスから合鍵を受け取りその続きの言葉を聞きながら、リンはすでに走り出している。







「――エド」
「……」
 部屋の中の気配に耳を立て、ドアの外から愛しい名前をそうっと呼ぶ。

「エド?」
「……リン?なんで…」
「アルフォンスに合鍵借りタ」
 ちっというガラの悪い舌打ちが聞こえた。ベッドのきしむ音と衣擦れの音を耳で拾い、頭の中でエドワードがベッドから起き上がりその上に座るところを思い描く。

「エド、ごめン」
「………」
「ごめんなさイ」
「……」
 ドアの前に正座をして深く頭を垂れる。
 エドワードの返事はない。それでも真摯なあの子は聞いてくれてるはずだ。

「…ヤキモチだったんだヨ」
「……何に?」
 愛しい人の返答にほっとする。ものすごく不機嫌そうな声だけど、きみの声に変わりはない。

「あの男ト、エドが楽しそうに話してたかラ!むかついたノ!
 最近エド悩んでるみたいだったのに何でナンパ男なんかに笑顔なノ?ってヤキモチ妬いたんだヨ!!」

 情けない。でも本当のことを言うしかない。やけくそな気持ちで一気に吐露する。

「……最近、オレ悩んでんの知ってた?」
「うン。でも俺に隠してるのもなんとなくわかってたから言わなかっタ」
「…オレ、あの男と話してて楽しそうだった…?」
「うン、ていうカ、嬉しそうだっタ」
 エドワードが立ち上がり、ドアに近付いてくるかすかな音がする。
 リンはドアの前で正座をしたまま、宴をするではなく真実の言葉で天岩戸が開かれるのを待つ。

「なんで……」
「はイ」
「なんで…昨日、おこってたの」
 そこを一番訊かれたくなかっタ。あぁちくしょウ。

「さ、寂しくテ……」
「え?」
「エドが悩み事を俺に相談してくれないノ、寂しかったんダ。
 だかラ……」
 自分でも気付かないストレスが溜まっていた。知らない男に笑いかけるのすら流せないほど。


 かちり、とちいさな音がして少しずつ扉が開かれる。

「……ばっかじゃねーの…」

 今日はその言葉すら愛おしい。

「エド……!」
 愛しい恋人の姿に思わず立ち上がりすかさずドアの間に足を入れる。
「わっ……」
 逸る気持ちでエドワードよりも早くドアを開けてしまい、リンの腕にちいさな愛のかたまりが落ちてくる。もう離さないと言わんばかりに強いちからで迷わずそれを抱き締める。

「ごめン!本っ当にごめんなさイ!!」
 ぎゅうぎゅうと力任せに抱き締める。苦しいくらいの力のはずだったが、エドワードは何も言わずにその間だけ息を止めた。

「……泣いてたのか」
「エドこそ泣いテ……ない、ノ?」
 恋人の姿をよくよく見れば、ボーダーのニットパーカーにトレンカとデニムのショートパンツ。乱れた髪に奥のベッドの足元に落ちた赤いダッフルまで昨日見たのと同じなのでアルフォンスの言う通り日常生活を放棄していた様子ではあるが、顔を覗きこめば予想に反して泣いてはいない。寝不足だなという印象と憔悴している感じはするが涙の跡は見当たらない。



「だってお前がオレのこと泣かさないって言ったから」




 リンの泣き腫らした目から金のめを離さずに言う。
 お前のせいで泣きはしないよ。

「お前のせいで泣いたら、別れなきゃならないからな」


 胸が痛い。
 あまりのことにリンはもう何も言えない。
 『たぶんね、姉さんは泣いてないよ』アルフォンスの予想もすごい。

「エドワードさン、超男前」
「まあな!」



 きみのことが好きすぎて胸が痛いよ

 あぁ良かった こんな俺でもまだ愛されてるんだ


 エドワードの笑顔を見てようやくリンも笑顔で返せる。
 たまらずリンはエドワードにキスをした。

「ん……」
「エド……」
 許しを請うように下唇を吸ったらゆるりと許されたので、迷わず舌を侵入させる。
「……っ、ん、は…っ」
「エド…」
 合間に名前を呼びながら呼吸ごとエドワードの舌を吸う。

「…っ、ちょ、ば、やめ…っ」
 腕の中で暴れる身体を逃がさないとばかりに腕と足とで拘束した。
 もっともっと、まだ足りなイ。

「やめろ!母さん帰ってきたらどうすんだ!!」
「学校サボってごめんなさいって言ウ?」
「そうじゃな…っ、あっ…も…、ばかっ……」
 少し抵抗のやんだ身体をエドワードの部屋に引き摺りこんで鍵を閉めた。







「ねェエド」
「ん?」
「そんデ、エドの悩みって何?」
 ぷっと笑われた。あぁかわいイ。超癒されル。

「エ?何?」
「ばっかだなー、お前、自分で自分にヤキモチ妬いてんの!」
 イタズラを仕掛けたような顔で笑われた。
 リンはまだ意味がわからない。


 その意味がわかったのはちょうど一週間後。
 2月14日、エドワードにチョコレートと一緒にアクアディジオ・プールオムを差し出されたとき。



 エドワードが悩んでたのはリンへのバレンタインのプレゼント。
 エドワードが男に聞いていたのはリンと同じ香りがしたオードトワレのブランド。

 エドワードが笑顔だったのは、それをプレゼントしたときのリンの顔を想像したから。



 そのときの想像とは黒い眉の下がり方が若干違ったが、それでもプレゼントを渡されたときのリンの顔はだれよりもエドワードを笑顔にさせた。




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