Summer Kiss
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どんよりとした曇り空を連想しがちなイギリスだが、そんなイギリスにも夏は来る。
日本に比べて湿度はそこまで高くないものの、夏特有の日差しは案外きつい。
刺すような陽光の中、舞台稽古から徒歩で帰宅した夏子の鼻の頭には汗がにじんだ。
「はぁ〜暑かった…イギリスの夏がこんなに暑いなんて知らなかった…」
玄関先で汗をぬぐいながら独り言を落とした夏子の後ろに人影ができる。夏子がハッと振り返ると、そこには涼しげな表情で夏子を見下ろす清墨の姿があった。
「日本人は暑さに強いんじゃないのか?あ、お前の体力がないだけか」
ニヤッと笑って夏子の横をすり抜けリビングへ入る清墨の背中に、夏子はムッとした視線を投げつける。
こうも暑いと、いつもは何でもない清墨のからかいですら軽く苛立つ。
ふぅっと一息ついて夏子がリビングに入ると、キャンディと談笑している清墨の姿が目に飛び込んできた。
夏子はつい暑さも苛立ちも忘れて、清墨のTシャツに目が釘付けになる。玄関先で会ったときは後ろ姿しかほぼ見ていなかったので気がつかなかった。
『飛んで火にいる夏の虫』
清墨のTシャツにデカデカと書かれている筆文字の言葉だ。
なぜその言葉なの?あ、季節感を重視してるのかな?夏だから?
一瞬そんなことを考えて、夏子は思わず吹き出しそうになるのを寸でで堪えた。
(あんなTシャツ、どこで買ってくるんだろう?)
清墨と心通わせるようになった夏子だけれど、彼の生態はいまだに掴み切れていない。
付き合い始めて日が浅いということだけが理由ではないと最近思う。
彼はとにかく掴みどころがないのだ。そういうところも魅力ではあるのだけれど。
リビングの入り口でボーッとキャンディと清墨を眺めていた夏子に、両者が同時に気がついたようだった。
「夏子!おかえりなさい!暑かったでしょう?レモネードが冷えてるわよ」
「…暑さにやられたんだろう。ぼんやりしているが、大丈夫か?」
他人がいると紳士の仮面をかぶる清墨は、わざとらしく心配そうな素振りを見せて口端を上げる。
(まったく調子がいいんだから)と夏子は眉を上げて「ただいま帰りました」と微笑んで見せた。
「そういえば、夏子宛に日本から小包が届いてたわよ?」
キャンディが「はいどうぞ」と手渡した箱はなかなかの大きさで、ビーチボールが丸っと入りそうなくらいだ。
差出人はみどりからだった。
「みどりからだ!何だろう…あ!!アレだ!」
夏子がうれしそうに声を上げたものだから、キャンディと清墨が興味ありげに箱を見る。
箱の封を開けながら、夏子はあわてて説明した。
「この間、テレビ電話でみどりと夏祭りの話をしてて」
「MATSURI?日本のサマーフェスティバルか」
「はい。夏といえばお祭り、お祭りといえばかき氷だよねって…えっと…かき氷って英語て何て言えばいいかなぁ。フラッペ…で通じるかな…」
「ちょっと待て…か、かき氷だと?」
目を見開く清墨に、キャンディが朗らかに言った。
「ああ!知ってるわ!氷菓子のようなものでしょう?日本特集のテレビ番組で見たことあるわ」
「イギリスにはかき氷ってないんですか?」
夏子が尋ねると、キャンディは首をかしげて答えた。
「似たようなものがあるけれど…日本のかき氷とは少し違うわね。食べるならシャーベットが多いかしら」
「そうなんですか。それじゃ今度みんなでかき氷パーティでもしませんか?」
「あら、いいわね!でもかき氷ってどうやって作るの?」
「ふふ、これで作れるんですよ。じゃーん」
夏子が箱から取り出した機械に、キャンディと清墨が「ワオ!」と歓声を上げる。
そう、みどりから送られてきたのは家庭用のかき氷器だった。
「かき氷食べたいな、懐かしいな」と言った夏子に、みどりが送ってあげるというのでお言葉に甘えたのだ。
ご丁寧に各種シロップまで同封してくれている。
「みどりにお礼言わなきゃ。それじゃかき氷パーティーの計画立てておきますね!」
そう言って夏子がキャンディと清墨に笑顔を向けると、嬉しそうに頷くキャンディと違って、清墨はそわそわと落ち着かない様子だ。
夏子は不思議に思いながらも、かき氷器を箱にしまい直した。
「それじゃ、夏子、エイジ、また明日!SeeYou!」
夕刻になり、キャンディが邸宅を出る。
夏子は(かき氷器はSPのみんなへのサプライズにしよう)と、小包を一旦自室に保管することにした。
「それじゃ…シャワー浴びてこようかな。清墨さん、夕飯何がいいですか?」
「ん…」
「清墨さん、聞いてます?夕飯なんですけど」
「…ん」
夏子の問いかけに生返事しかしない清墨は何か考え込んでいるらしかった。
夕飯のメニューについての質問が清墨の耳に全く届いていないようなので、夏子はとりあえずシャワーを浴びようと、リビングを後にした。
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