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素足の夏は
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白い砂浜に子供達の笑い声が響く中、二人はゆっくりと浜辺を歩く。

夏子がふと顔をあげて石神に笑いかけた。



「石神さん、裸足になってみませんか?」

「砂が熱いですよ」

「熱くなったら、海に入って冷やせば大丈夫!」



サンダルを脱いで波の泡に足をつける夏子に誘われるように、石神も靴を脱いだ。

足の裏から伝わる熱が思いのほか強く、少し驚く。



「ほら、素足になると気持ちいいですよね」



夏子と一緒に足首まで浅瀬の海に入ると、波がひくたびに砂がもっていかれるような感覚がくすぐったい。

小さい頃は、この感覚がただ恐かった。

そのまま海に引きずられてしまうんじゃないか、と子供ながらに思ったものだ。


今はどうだろうか。

石神は潮が引いたり押したりするたびに歓声をあげる夏子の手を握った。

夏子がそっと手を握り返してくる。



「石神さん、夏ですね」



何度目か分からない同じ台詞を、夏子はまた楽しそうに呟いた。

夏子の白いスカートがふわりと揺れるたびに、石神の心に言葉にならない感情が沸き上がる。

胸をしめつけられるような、苦しく、切ない、でも甘美な感情が。



ふと足元を見ると、自分の足と並んだ夏子の小さな素足。


その素足に、石神は見蕩れた。

自分と共に並んで、同じ方向を向いている夏子の素足に。



いつもかっちりとスーツに身を包んでいるからか、こんなふうに素足を剥き出しにして、波にさらしているだけで心もとない。

けれど小さい頃に感じた恐怖はもう心内のどこにもない。


きっと彼女が一緒にいるだけで、孤独や寂しさなど遠い彼方に消えてしまうのだ。

彼女と同じ、素足で、同じ方向を向いている。そんな些細なことが幸せに感じる。

『夏がきたね』と二人で笑い合えれば、それだけで心が満たされる。



「石神さん、この麦わら帽子、大切にしますね」



夏子は風に飛ばされないように空いた左手で帽子のツバを押さえながら言った。


石神は握った夏子の右手をもう一度ギュッと握り直して、その指に自分の指を絡める。

さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、静かに俯いた夏子の表情は麦わら帽子のツバで見えない。

でもきっと頬を赤くしているに違いない。



夏子が好きだ。途方もなく。



眩しくて遠い存在だと思っていたけれど、こうして今そばに寄り添ってくれている。

彼女がそこにいるだけで、自分は幸せだと言い切れる。


石神は煌めく水面を眺めながらそう思った。



「夏が好きになりそうだ」



小さく呟いた石神の声に、夏子はあわてて顔を上げたけれど、石神の声は波の音にかき消された。



「石神さん?あの…何て言いました?」



首をかしげて尋ねる夏子に、石神はフッと笑って言った。



「また来年も来ましょうねって言ったんです。この海に…」

「あ…はい!来年もぜったい、ぜったい来ましょうね!」

「ええ。夏子さんと…夏子と一緒に、またこの景色を見たい」

「来年も再来年も、ずっとずっと…夏になったら一緒に海を見ましょうね、石神さん」



夏子は少しだけ泣いているように見えた。気のせいだとは思うけれど。

もう少しちゃんと夏子の顔が見たい、と思って、石神は屈んで覗き込んだ。


揺れる夏子の髪から夏の涼風が香り立つ。


麦わら帽子のツバの影がくっきりとかかった夏子の顔があまりに可愛らしくて、石神は人目もはばからず夏子の唇を塞いだ。

普段の石神ならまず有り得ない、公共の場での溶けるような口づけ。

驚いて硬直する夏子だったが、次第にふにゃりと石神へ寄りかかる。


石神は夏子の肩をそっと抱いたまま、ゆっくりとその唇を味わった。

素足にまとわりつく砂の感覚が消えてなくなるまで。



*****



「貝殻を拾うから」と砂浜に目をこらして歩き回る夏子を眺めながら、石神は夏の風を吸い込む。



きっと秋になれば、この夏を恋しく思い出すだろう。

そして夏になれば、あの麦わら帽子が海へと連れ出してくれるだろう。



次の年も、また次の年も。あわよくば死ぬまで、永遠に。


あなたといると季節が恋しくなる。

昨日が愛しくて、明日を待ちわびる。


夏子。


あなたを通して目に映る季節は、いつも輝いている。

苦手だった夏も、寂しく眺めていた海も。


あなたがいるだけで全く違うものになるのだ。



End.

Byリナ:SeaDrops 海の雫

 

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