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素足の夏は
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土曜日。
空は快晴だった。


石神と夏子の間で“海"といえば、あの海のことを指す。

白い小さなレストランがある、あの海だ。

何の変哲もない海だけれど、二人にとって、少なくとも石神にとっては特別な海だ。



「お天気よくて良かったですね!」



夏子が嬉しそうにはしゃいだ声をあげる。

車を走らせる石神は「そうですね」と静かに答えて、車窓を少し開けた。


夏特有の生温い風と共に潮の香りが鼻孔をくすぐる。

海が見えてきた。



「わぁ!夏って感じですね!キラキラしてる!」



身を乗り出して窓の外を眺める夏子につられるように、自分も心が弾むのが分かる。



石神にとって、この海は孤独を映す存在だった。

両親と最後に訪れた場所。彼がひとりになったことを物語る場所。

けれど今は、この海が“家族との思い出の場所”としてあたたかい記憶となった。


夏子と一緒に見る景色は、今までの過去を美しく優しいものへと変えていく。

この海が、その代表格だろう。



「少し歩きましょうか」



浜辺近くの駐車場に車を停めて、二人は車外に出た。

途端に容赦なく照りつける夏の太陽に、二人は同時に眩しそうに空を見上げる。



「夏ですね」

「はい!夏ですね!」



先日と似たような会話を交わしたことに気がついて、お互いに苦笑いだ。



「わぁ、きれい」



海へと視線を移して歩き出そうとした夏子の手を、石神はぐいっと引っ張った。

制止するその動きに、夏子は驚いたように石神を見上げる。



「石神さん?」

「夏子さん、日焼け止めは塗っていますか?」



唐突にそう言われ、夏子は「あ、はい…簡単にですけど…?」と質問の意図を探るように答えた。

石神はそのまま夏子の手を引っ張って、車の後方に回るとおもむろにトランクを開けた。



「あの…?」



困惑する夏子の目に飛び込んできたのは、トランクに鎮座した大きな箱。

ケーキ箱のようなそれは、白と水色のかわいらしい装飾とピンクのリボンが巻かれていた。



「夏の日差しを甘くみてはいけませんからね」



まるで誰かに言い訳するようにそう呟いて、石神はその箱を夏子へ差し出した。

石神の読めない表情とファンシーな箱はあまりに対照的で、夏子は恐る恐る箱に手をかける。


そっと箱を開けて、夏子は「あ!」と驚いて目を点にさせた。


そこには少しツバの広い麦わら帽子があった。

やわらかいクリーム色のリボンが巻かれた麦わら帽子をそっと手に取ると、夏子はぎゅっと胸に抱いた。



「これ、私にですか?」

「夏子さんの他に誰かいますか?」

「いえ、いないです!」



左下に視線を落としてつっけんどんに答えた石神に、夏子はふふっと笑みを浮かべる。

石神が照れていることくらい、夏子にも分かる。



「似合いますか?」



麦わら帽子をかぶって、わざと大げさにポーズを取る夏子に、石神は真顔で「とても良く似合いますよ」と言った。

はにかんで笑う夏子の姿が眩しくて、石神の胸がきゅっと音を立てる。

その姿を少しでも記憶に焼きつけたいと言わんばかりに、石神は夏子から視線を外さなかった。



「石神さん、ありがとうございます!」

「熱中症になったらいけませんからね」



我ながらの自分の言葉に辟易する石神だったが、夏子はただにっこりと笑った。






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