小説 | ナノ

もうひとりの君
01

「さよーなら桑原せんせー」
「せんせーバイバーイ」

名前がとある学習塾の前を通りかかると、
小学生くらいの子供達が長身長髪の男に手を振って駆け出してきた。
皆、利発そうな子供たちだ。

対して、子供たちを見送る男は均整のとれた顔と体つきをしており、
色男と呼んで差支えない風貌をしている。
そのうえ子供たちを見守る微笑みは優しげだ。

名前がこれまでに見たことのないような表情だった。
今の彼は、誰が見ても好青年という印象を受けるだろう。
しかし名前は知っていた。
この男の全く別の顔を。


「桑原せんせー」

子供たちの口調を真似て名前が呼びかけると、
ショルダーバッグのストラップをかけ直しながら
駅のある方角へ向かって歩き出した男が振り返る。

「ゲッ……」

呼び止めたのが名前だとわかると、男はあからさまに嫌そうに顔を歪めた。

「なんでおまえがココにおんねん」

「こっちが聞きたいわ。
 アンタ何してんの。先生て何?」

「何してんのって、ここは俺の職場やし」

「アンタみたいなド変態が講師て!
 星人レイパーが教壇に立つなんて世も末やわ。
 まさか女児に手つけてへんやろなあ。
 アンタやったら相手が小学生でもおかまいなしやろー」

名前の言葉に道行く人がチラチラと視線を寄越す。

「おまっ、人聞き悪いことを……」

桑原が名前の口を塞ぐように腕を回す。
身長差があるので、まるで桑原に抱え込まれるような格好になってしまう。

「せんせー、その人彼女ー?」

幼い声に振り返ると、小学5〜6年生くらいの男の子が三人、
こちらを興味深そうに観察していた。

「もしかしてキスしようとしてたんちゃう?」
「うわっ、エロッ!桑原せんせースケベ!」

子供たちは面白がってはやし立てる。

「彼女ちゃうわ!ただのツレや!
 もう遅いからおまえら早く家に帰りなさい」

桑原は子供たちを追い払うように手を振ると、
眉間にシワを寄せて「場所変えるで」と名前に耳打ちした。




大音量でダブのかかるバーで、
桑原は迷いなく壁際のテーブルを選び腰かけた。
顔馴染みなのか、バーテンが軽く手をあげて桑原に挨拶した。
桑原はそちらへ近づくと何やら少し言葉を交わし、
二つのグラスを手に席へ戻ってきた。

「ほれ」

差し出されたグラスには薄赤色の液体とキュウリスティックが入っていた。

「なにこれ」
「スローテキーラ」
「キュウリ嫌いやねんけど」
「好き嫌い言うんじゃありまちぇん」

子供扱いするように、名前の頭にポンと大きな手が乗せられた。

「つーか勝手に注文決めんといてよ」

桑原の手を払い除け、口を尖らせて抗議する。

「ところで何してたん?あんなところで」

桑原はそう尋ねるとテーブルに両肘をついた姿勢でグラスに口をつけた。
特に美味そうでも不味そうでもなく、まったくの無表情で。

「偶然通りかかっただけ」
「ほんまに偶然なん?」
「当たり前やろ。誰が好き好んでド変態にストーキングすんねん」
「おーマジでか。あそこのメンツにミッション以外で会うたことなかったし、
 どこでバレたんかな思てビビったわ」
「こっちもビビったっちゅーの」

名前はスティックキュウリでクルクルと薄赤色の液体をかき混ぜる。
きついアルコールの香りがした。
ほんの少し口をつけてみると、甘さと苦さが絶妙でなかなか美味かった。

「あ、美味しい」

思わずそう零すと、桑原は「せやろ?」とニッと笑った。
こうしていると桑原は美形で洒落ていて気の利く、いかにもモテそうな男に見える。
とても変態的な性欲の持ち主には見えない。

名前は、うっかりこの変態男とデートでもしているような気分になってしまいそうで、
それを追い払うようにガンツメンバーの話題を持ち出す。

「しかし世間は狭いなあ。こないだはノブやんとジョージに会うたんよ」
「へえ、どこで?」
「ノブやん達、すぐそこの吉宗家でバイトしてんで。二人そろって」
「プッ、ほんまに?」
「笑うやろー。あのイカツい二人が肩並べて牛丼屋のカウンターの中におんねんで」
「わはは、あかん、腹痛てー、似合わな過ぎやろーノブやんもジョージも」

桑原は室谷と島木が吉宗家の制服を着た姿を思い浮かべ、腹を抱えて笑った。

「よっしゃ、今からひやかしに行ったろか」

グラスを傾けて残りの酒を一気に飲み干すと、桑原は立ち上がった。

「今日バイト入ってるかどうかわかれへんで」
「ええやん別に。おらんかったらおらんかったで牛丼食うて帰れば」
「わたしも一緒に行くの?」
「当たり前やろ」

桑原は名前の二の腕をつかむと、グイッと引っ張って立たせた。

「行くで、苗字」

「ごっそーさん」と、バーカウンターに二人分の代金を置くと、
桑原は鼻歌混じりに名前の腕を引いてバーを後にした。




(あとがき)大阪弁おかしかったらスミマセン


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -