短編 鬼 | ナノ

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イチニツイテ.2

ちらついた蛍光灯の少しばかりうっとおしい室内で、所せましとPCの並ぶそこ。
その一室で、無心でぱちぱちと、タイピングの音を響かせているのは私とカナエちゃん。

たまたましてしまったのであろう彼女の数年前の誰もが気付かず見逃していたミスを、私は見つけてしまい、彼女と修正しているわけである。
そこが変わると、その先3年分の数字が全て変わってしまう。
それを彼女が一人で修正するのも骨が折れるだろう。そう思ったから今回の紹介のお礼、というのも含めて一緒に作業をしているわけだけれど、いかんせん彼女は不死川さんと私の話を聞きたくて仕方がないらしい。

「で、どうだったの?」
「うん、いいひとだった」
「それだけ?」

この返答で不満だったらしいカナエちゃんのために、用意していなかった言葉を漏らす。

「良い人だと思うけど。……なんか、無理かも」
「えぇー!!絶対お似合いだと思うのに!」

カナエちゃんは手を止めて、こちらにグリンと顔を向けてくる。

「だって、あの人!カッコいい、かっこよすぎると思う!!
無理!!しかも優しいお兄ちゃんて!!
緊張しかしないじゃん!」
「うんうん。不死川くん、とっても優しいでしょう?名前ちゃんの理想じゃなあい?優しくて、力強そうで、頼りになる人」

でしょう?と聞いてくるカナエちゃんは、きっと私の話を聞いてくれていなかったようだ。

「私が言ったのは、『とりあえず、』彼氏になってくれるような適当な人よ!
一応初めてだから、『彼氏』って肩書の人が良いだけで、端的に言えば、処女卒業したいだけなの!!
あんな人に、そんなこと言えない!!」
「あら!彼もえっちなことくらいできるわよ!」

彼女の口から零された就業中に聞こえるはずのない単語に、ついに私の手もとまる。

「もっと、地味な人が良い。」
「絶対、不死川くんとは気が合うと思うの!」
「そうじゃなくて」

と、私がもじもじしていると、ふっとカナエちゃんが笑う。

「彼は良い人よ」
「……だったら、私のセックスの相手に宛がっちゃうのって、どうなの」
「その先も、考えれば良いじゃない?ってことよ」

確かに、彼は文句のつけようのない人だった。
店に入るとき、チェーン店の喫茶店や映画館では私を先に中に入れたけれど、後の喫茶店。
彼が先に入って、「ここ、やっぱり喫煙席ばかりみたいですが、大丈夫ですか」なんて、ドアを私が跨ぎきる前に聞いてきてくれた。
家に着いたか気にかけてくれる優しさまで持ち合わせている。
なにより嬉しかったのは、彼は私といる間、一度としてスマホを弄らなかった。
それは、誰にでもそうなのか、はたまた『カナエちゃんの友人』だから、かそれは今はどちらでもいい。
そんな彼が良い人でないわけがない。しかもカナエちゃんの紹介。
けれど、同時に女扱いには慣れている。
それがありありとわかってしまった。

わがままで勝手な話だけれど、
カナエちゃんの言うように先を考えるには不安要素が多い。
けれどちょろい私は彼に惚れない、という自信がない。
つまり、そういうこと。

「彼、モテるでしょう」
「多分ね」
「私、二股かけられた事あるって、話したかな」

またPCに向き直って、パタパタと指を動かした。

「先の事は誰にもわからないけれど、でもこれだけは言えるわ。彼はそんな人じゃないわ」
「……玉砕したら、責任とってくれる?」
「そしたら、一緒に飲みに行くわ。もちろん、私の奢りよ!」

バチコンと片方の目をしばたたかせた彼女に笑って

「絶対よ」

なんて言うけれど、私は次のデートへの誘い文句のひとつとしてネタがない。
話をそこまで膨らませてもいないから。
不死川さんはきっと私なんぞに興味を持たないだろうな、と踏んだからである。

ひとまずは思考を放棄して、カナエちゃんと無心に仕事を終えてふと時計を見ると、

「わあ。……カナエちゃん、一緒にご飯食べて帰らない?」
「そうしましょう!」

帰って支度をするのも、そもそも帰る間の時間も億劫なほど。
会社を出て暫く駅前に着いたところで、カナエちゃんが見知った後ろ姿を見つけたらしい。

「わあ、久しぶりじゃない!!」

やんやと話している相手は粂野さんと言う方で、カナエちゃんの大学時代の一つ上の先輩で、不死川さんの同僚だそうだ。
しかも不死川さんと今日このまま食事をされるらしく、私はかなり遠慮したもののカナエちゃんと粂野さんに押し切られて目の前の中華料理店に三人で入ることと相なった。

「名前ちゃん、この間不死川くんとデートしてきたのよ」
「へぇ、実弥と!」
「やめてください、そこまでの話にはなってません。お友達ですらないんだと思います!」

へぇ、ふぅん、と話を聞いている粂野さんと、出鱈目と言わんばかりの誇大解釈を披露するカナエちゃん。
ツッコミは早々に諦めたので、代わりに誰かして欲しい。
そんな状況。

目の前のジョッキを傾けながら、もはや何杯目かわからないお代わりをするカナエちゃんを眺める。
と、少しばかり驚いた顔の不死川さんが私の目の前に腰かけた。
四人掛けの席であるから、間違いないのだけれど、先の会社でのカナエちゃんとの会話を思い出して、少しばかり緊張してしまう。

適当に相槌を打ちながら、ぼう、と旧知の友人であったらしい三人を眺めていると、ついつい飲み過ぎてしまった。

理由はひとえに、
不死川さんはきっと、カナエちゃんが好きだから。
カナエちゃんが、二人に悲鳴嶼部長とお付き合いを始めたと同時に婚約したと報告しながら指輪を見せた時の顔。
その時の、不死川さんの顔が、どうも私には忘れることのできないものとなってしまった。
あの落胆したような、でも安堵したような……それでいて寂しいような。
そんな顔を、私は良く知っているのだ。
降りる駅が不死川さんとたまたま同じだったらしく、カナエちゃんの計らいもあり、むしろそれが殆どで兎に角私は不死川さんと今、人のまばらな電車の座席に隣り合って腰かけていた。

「不死川さんもお辛いですね」
「はい?」
「カナエちゃんのこと、お好きだったんじゃないですか?」

酔っぱらった頭で、そこまで何にも考えずに出た発言。
傷つけるつもりだって、これぽっちもなかった。多分。

「……」
「なんで、選ばれないんでしょうね。私たち」

つい、先日。
また、私は役職候補から外された。
何が足りないのかわからない。
男以上に仕事だってしてる。成果もあげてる。結婚するかと聞かれて、しないと面談で毎回断言している。
これ以上、何を頑張ればいいのだろう。
同期のカナエちゃんは、部長と結婚も決まってから、役職には就くつもりはないと云う。
つまり、ライバルだっていない。
仮に、そうでなくとも、カナエちゃんよりも成果だって出していた。
それでも。
最後の候補にまでも、残れない。
私に足りないもの。
それはきっとペニス。
それがくっついていないこと。
いつまでも原始的な頭の人間が人事をやっている会社にいること。

「もう、疲れちゃったなぁ」
「……そう、ですね」

不死川さんの声は今日聞いた中で一番静かなものだった。

二股をかけられていた時もそうだった。
私は選んでもらえなかった。でも仕方ない。させなかった私が悪いのだ。
仕事に学業にとかまけて、ないがしろにした報いなのだ。
人事にも、役職者に選んでもらえなかった。仕方ない。ペニスがついていないから。
不死川さんだって、そもそも私なんて見ていないじゃない。
傷にすらならないものだけれど。
だって、付き合ってもいないもの。
好きでなんかない。
それ程に彼を知っている訳でもない。
でも、
むしゃくしゃするわ。
むしゃくしゃする。

もう、どうだって良かった。
お前が引き金を引いたんだ。
何か言いたきゃタイミングを呪えばいい。
そんな感じ。

電車を降りてすぐ、不死川さんの顔をひっつかんでそのアルコール臭い唇にかぶりついてやった。
きっと、私はもっとアルコールの匂いがするだろう。
お互いの匂いが交りあって、余計に酔ったように感じる。
私は彼の手を引いて、コンビニで適当なパンツとコンドームを買い込んで、駅徒歩5分の1ルームへと導いた。
きっと彼も抵抗しないから、これで正解なんだろう。
これで、くだらない拘りも、下らない焦燥感もどうしようもない劣等感も、全部ぜんぶが無くなればいいのに。


玄関の閉まる音が、いつもより大きく聞こえた気がした。


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