短編 鬼 | ナノ

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私の恋のはなし・上

私の初恋は早かった。
恐らく5歳くらいの頃、だったと記憶している。
その頃に、実弥君に「大きくなったら結婚すんぞ!」と言われたことがきっかけだった、と思う。
そこから永らく私は大切に大切にその恋を暖めていたりするのだ。


私が実弥君と初めて出会ったのはちょうどその頃。
私達一家が引っ越してきたことがきっかけになっているのだと思う。
そもそも私は実弥君の事はあまり好ましく思ってはいなかった。同じ年頃の子供が居る親同士はどうも仲が良くなりやすい様なのだけど、私はどうにもそのお向かいに住む不死川家の実弥君が苦手だった。
初めての挨拶に向かったその日、彼のママである志津さんの足元で、じぃ、と私を見る大きな目もどうにも苦手だったし、

「はじめまして、よろしくね」

と言った私に、

「ふん」

と、鼻を鳴らして家の中に入っていった。
そう言った少し粗雑な態度と乱暴な口調だって私の肩をビクつかせる原因であった。


その日も、親同士がお喋りをしたかったのだろう。
二人そろって公園に連れて行かれたのだけれど、私は家でお絵描きがしたかった。
ちらり、と親を見ると、ベンチでお話しの花を咲かせに咲かせている。
実弥君は後から来た近所の伊黒小芭内君と遊び始めていた。
私は一人で砂場の近くにしゃがみこんで拾った木の枝で絵を書いていた。
そこに、ガキ大将のたっくん達が来て、結局実弥君達は5人で遊んでいる。
(ほら、楽しくない)
そんな事を考えながら、拾ってきた木の枝で私は砂にただただ絵を描いていた。
一つ上のたっくんたちの遊び方は少しばかりダイナミックなもので、滑り台の底に張りついたりしてアクロバティックに遊び始めるのだ。

「おい、名前お前も来いよ」

たっくんはそう言うけれど、そんな遊びに自分が到底ついていけるとは思わないし、絵を描いていたかった。

「そいつに声かけてんじゃねぇよ!!」

実弥君は少し大きな声でそう言ってこっちにやってくる。

「おばさんとこでやってろよ」

私達の前にやって来た実弥君はつっけんどんにそう言って、暗にここから離れろ、と言うのだ。
けれど、もう少しで完成する絵がそこにはある。小さく頷いてから、まぁ、これが描き終わってから離れれば良いだろうと、またガリガリとやり始めていた。
それがいけなかったのだと思う。
たっくんは先の言う事を聞かない私にひどく苛立っていたらしく、またこちらにやってきたと思ったら、私を蹴倒して絵を脚でざっと消してしまった。
別段、砂に描いたものなのだから残るものでも残すつもりの何かでもなかった。
無かったけれど、実弥君のママと実弥君、私とママを描いたのだ。ママたちに見せたくて。二人が喜んでくれるから、描いていたのだ。
それが消えてしまって、無性に腹が立ってその場にへたり込んだまま、私はびぃびぃと泣いて、流石に気が付いたらしいママたちはこちらを見て、

「名前!どうしたの?いらっしゃい!」

ママの言葉にすっくと立ちあがり、えんえんと泣きながら歩いて行こうとしていたら、こちらに走ってやって来た実弥君に手を掴まれた。

「……だからいけって言っただろォ。どいつだよ」
「っふ、……なにが……?」
「お前泣かせたの、どいつだ」

私は未だに砂を脚で均しているたっくんをちらりと見てから「しらない」と言う。
けど実弥君はそっちを見たし、今たっくんが何をしているのかも見ている。頭の良い彼は大体の事を把握したのかもしれない。
次の瞬間にはたっくんの方へずんずんと歩く実弥君の後ろ姿を見ていたし、その後たっくんとつかみ合いの喧嘩を始めた実弥君を、実弥君のママが必死で止めに行っていた。
その日の帰り道。
皆でたっくんを引き連れてたっくんのママの所に謝りに行った。それなりに怪我をしてしまっていたからだ。
たっくんのママは、たっくんの頭をぺしんと叩いて、「うちの子がごめんねぇ!」とあっけらかんと言う。

「実弥君もいっぱい怪我してるし、うちの子がまた意地悪しちゃったんだよね?叱っとくからね!ゴメンね実弥君」

続けて困ったようにそう笑うたっくんのママに、大きな目を向けてから、「べつに」とだけ言って実弥君は背中を向けていた。
そこから家へと帰る道すがら、ぐい、と目元を拭う実弥君を私は見ていた。
見ていたから、実弥君の手を握って、「いたいのいたいの飛んでいけ!」って、ママがいつもしてくれるみたいに砂まみれで、擦り傷だらけになってしまった実弥君の頬や腕をたくさん撫ぜる。
ちょっとだけでも痛いのが飛んでいけばいいなぁ、と思って何度も何度も飛んでいけと唱えるのだ。
それから言う。

「まもってくれて、ありがとう」

鼻をずびびと啜りながら、「おう」と少しだけ笑って言う実弥君が、わざわざ向かいに住む私とママを玄関前まで送り届けてくれて、

「これからも、ずっとまもってやっから、大きくなったら結婚すんぞ!」

砂だらけで擦り傷だらけの少しやんちゃな顔を見せながら私にそう言うのだ。

「あらあら」とママたちが見守る中で、私は小さく頷いて、ママとパパに夜寝る前にするみたいに実弥君の頬にちゅうっとキスをした。



それが私の初恋だった。

実弥君は何かと言うと喧嘩をするし、その度に先生に叱られては目に涙を溜めて絶対に泣くもんかと涙をこらえていた事を覚えている。
別に、やんちゃだけれど、意地悪な訳では無い。
大体は私や小芭内君が意地悪をされた時に、庇ってくれているのだ。だから、先生に私も小芭内君も必死になって「実弥君が悪いんじゃないんです!」と訴えて、帰り道は皆で手を繋いで帰ったり。
実弥君がいつも私を守ってくれるから、私はせめて実弥君が悲しい時は一緒に居られれば良いな。と、おもうのだ。

けれど、実弥君は何だかんだと言ってやんちゃだ。
予防接種が怖かったのか、嫌だったみたいで、ランドセルも放って家に帰ってしまった事もあったくらいだ。
その時は私が実弥君の家までランドセルを持って帰ったんだ。

「頼んでねぇぞ!」

そうぶすくれた顔で言っていた事も懐かしい。

目の前に落ちていた蜂の巣を蹴っ飛ばして、たまたまそこから蜂が出てきて、追いかけ回された挙句に私も実弥君もしっかりと刺された事もあった。
暫くしてから、

「責任はとるからな!」

と、やっぱり絆創膏をそこかしこに張り付けた実弥君は言っていた。

中学に上がる頃には、ついこの間までムカデを捕まえて遊んでいたやんちゃな実弥君は、制服のボタンをたっぷりと開け放って立派にヤンチャ風に着こなす私よりもずっと大きな男の子になっていた。
たっくんよりも大きくなるのだと息巻いて、ご飯を食べ過ぎて少しぽっちゃりとしていた実弥君はそこにはもういなくて、バレンタインには下駄箱からチョコがぽろぽろと落ちるような、つまりモテるカッコいい男の子になっていたのだ。

中学の二年に上がる頃には

「お前高校どこ行くんだよ」

そんな話を下駄箱で靴を取り出す私をじぃと見下ろしながら言う。

「北高に行けるって先生が言うから、頑張ろうかなって」
「は、?北高?……そうかよ」

北高は、まぁまぁ学力的には上の方になる。
同じクラスになった伊黒君と勉強を教え合ったりして、時折実弥君が来たりして。

そのうち実弥君は来なくなって、伊黒君も実弥君と勉強をするようになっていって。
3年に上がる頃には小学校のあの日以来ずっと一緒に帰ってくれた実弥君は、段々と私と距離が出来ていっていた。
思春期と言うものなのかもしれない。

けれど私の中には、アイスを半分こして食べた実弥君と、二人で産まれてまなしの玄弥君をあやした思い出も、迷子になった私を探して実弥君が手を差し伸べてくれた思い出もしっかりとあって、
あんなに苦手と思っていたのに。
ずっと一緒に居てくれた実弥君の事がいつの間にか私は大好きになっていたのだ。
そんな実弥君が帰り道も、隣ではなく一歩前を歩くようになったことも、部屋に入れてくれなくなったことも、寂しいけれどそんな事で嫌いになれる程の浅い付き合いでは無かったのだ。
一緒に帰ることが無くなっても、話すことが無くなっても実弥君が少し不器用な優しさを持っている事も、一度言った事を曲げない芯の通ったカッコいい男の子である事も変わらない。
そんなところが、宝物で憧れで、好きだった。


お母さんに、「実弥君の誕生日でしょう?これ、渡してきて」と手渡されたケーキ。
お母さんが趣味で作っているものだ。

「はぁい」と返事をして、実弥君の家のインターホンを鳴らすと、実弥君のお母さんが「あら、ありがとうね!!じゃぁ皆で食べましょう!名前ちゃんも食べるでしょう?実弥を呼んできてくれる?」と、言うものだから、二階へと呼びに行ったわけだ。
そうすると、二階にある実弥君の部屋のドアを勿論ノックするわけで、いつものようにノックした後ドアを開くためにノブを回すわけで。
あけようとしたところで、ガン!と凄い音を立ててドアを閉め直された。
閉め直されたけれど、ちら、と見えた部屋の中でこの季節には珍し過ぎるほどに素肌の見えていた実弥君が何をしていたのかを何となしには察して理解できるくらいには私は耳年増だったりして。

「かっ、てに、開けんじゃねェよ!!」
「……ご、ごめんね!し、志津さんが!ケーキ食べよ、って、」
「……おう。すぐ、……行く」
「う、うん。先に、行ってるね」

私はそれから返事も聞けずにそそくさと下に降りた。
その翌年からは誕生日ケーキを志津さんに渡すだけになったのだけれど、実弥君もそれには何も言ってこなかった。

けれど、確実に私は実弥君が男である事を急速に理解をしたし、下世話な話、興味だって持った。
ただ、それが酷くきれいではないものにも思えたし、兎に角その時に実弥君に抱えたものは明らかな戸惑いと、性的な興味というものであった。

日曜日の昼過ぎ。
黙々とケーキを食べる私と実弥君に、ソファに腰掛けた志津さんは苦笑いをして恭梧パパは玄弥君のゲームの相手をしながら「思春期かよ」と。
片頬を上げていて、実弥君がそれに舌をうっていた。
私は全部を無視して黙々と咀嚼。
お皿だけを下げて、洗おうとスポンジを手にしたところで食べ終えたらしい実弥君が「やる」と、スポンジをひったくっていく。
手についた泡のせいで、ぬるりと私の手に触れた実弥君の手が滑り、そのままスポンジは彼の手に収まったけれど、私の手に残ったいやな熱だけは泡を流しても落ちることがない。

「ありがとう」
「ン」
「あ、のさ、……」
「なんだよ」

お皿を擦りながら、視線すらよこさずに声だけを漏らす実弥君の横顔から、私は視線を逸らせない。

「さっき、」

ガシャン
音を立ててお皿が滑り落ち、志津さんがソファからこちらに顔ごと視線を向けた。

「大丈夫?怪我はない?」
「……割れてねェ」
「そう?置いといてもええんよ、」
「やる」

志津さんの言葉に、短く返事をしながら実弥君は水を出してお皿の泡を流していく。
それを受け取って布巾で拭い取りながら、

「部屋、勝手に開けてごめん。気を、つけるね」
「……ン」

小さくそんなやり取りをこなす。
こんな事で疎遠になるのは嫌だった。
けれど、デリケートな話題、そんな気もするのだ。
兎に角、私は実弥君と普通で居たかった。
それなのに、先程の記憶は鮮明にこびりついていて、実弥君のようやっとこちらに向けた視線と私の視線が絡む頃には、心臓が爆発仕掛けていて

「も、もう帰るね!!ごめん、」

明らかに「何かを見ました」と言うような態度を取って、不死川家を出た。


いつかのふくふくとした、それでも頼りがいのあるかっこよかった砂にまみれた小さな背中は、逞しい男のそれに変わっていたのだ。

部屋に帰り、実弥君の部屋が見えてしまう自室の正面のカーテンを一番に引き、暫くは心臓の音が落ち着くことはなかったし、多分恐らく、さっき不死川家の台所で見てしまった実弥君の鋭い視線を忘れる事はもう無いのだろうと、思う。


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