小説 | ナノ

実君とアイスをかじった公園。
鉄製の、ひんやりとしたガードへ腰を下ろし、はしゃぎ回る子どもたちを後目に、手の中のアイスを何度か転がした。
今度はひとり、私は足をぶらん、と放り出す。
左腕に引っかかった、小さな買い物のビニールが、なんとも格好悪いな、と、思った。



カナエちゃんや錆兎くんたちに、たくさん相談した。
考えた。
昨夜、実君の居ない布団を、彼が帰ってくるまで、眺めていた。
それから、また、考えた。

誕生日なのだから、やっぱり、実君が喜ぶことにしよう。
そう思ったのだ。だなんて、耳障りのいいことばかりを言いたい訳ではない。
結局のところ、私はまた逃げたわけだ。


「出かけよう!」だなんて実君を誘っておいて、切符とお持たせの包みなんかを押し付けて、私は実君を電車へと押し込んだ。
一人で、残ったホームから「今年は家族団らんをプレゼントします!」だなんて、メッセージを打ち込んだ。

コンビニ前で待ち合わせなんて、わざわざして、ただその辺をぶらついた。
そんな、普段通りの事を「デートみたいだね」なんて、からかうように一言言うだけで、私はもう、精一杯だった。

かっこ悪い。
ダサい。
意気地なし。

自分を罵る言葉ばっかりが沸いてきては、吹きこぼれていく。

なんだか虚しさに押しつぶされてしまいそうだった。

ピロン
と、小気味よく音を鳴らしたスマホのロック画面では、『実君』の文字と、『着いた』が浮かんでは消えた。

何と返そうか。
早く帰ってきてね、とか。
ゆっくりしてね、とか。
楽しんできてね、とか。
寂しい、とか。

送りたい言葉はたくさん有るはずなのに、一つとして入力欄のカーソルが移動することはない。
既読だけをつけたまま、私は鞄の底の方へと、スマホを捩じ込んだ。

「おいし……」

もう冬に差し掛ろうとしているからか、少し、寒かった。

□□■■◆

一口のガスコンロだから、何を作るにしても時間がかかる。
実家と比べれば、調理スペースだって小さいし、兎に角、全体的に狭い。
冷蔵庫の上へと設置してある電子レンジへと野菜を捩じ込み、適当に火を通しながら、本当は実君と食べるはずであった唐揚げを無心で揚げた。

昨夜から漬け込んでいたお肉は、しっかりと味もしみていて、美味しそうな醤油の香りがしている。
そう。
昨夜から、仕込みまでしていたのだ。
本当は、ここには実君が居て、誕生日ケーキを一緒に買いに行こって、言うつもりだったのだ。
けれどそれって、多分来年でも再来年でも出来ることだし、本当は玄弥君たちの方が、お兄ちゃんのお誕生日祝いたいよね。

お兄ちゃんとっちゃったんだから、こういう日くらいは、せめて返さなきゃ。
なんて、また一つ、私は言い訳を増やしたわけだ。

バチバチと音を立てて跳ね上がる油に「あっつ!」なんて文句を言いながら揚げた、ここへ来てからの初めての揚げ物は中々良い具合に揚がってくれたし、温野菜だって、レンジでそこそこに美味しい。
キャベツでも添えてあげれば完璧だと思う。


わざわざテーブルまで用意するのも億劫で、シンクの中へと積み上がった洗い物の山を後目に、私はひょい、と唐揚げを一つ摘んだ。
それから、温野菜も適当に摘んで、美味しい。これ、揚げたて食べられないなんて、実君損したな。とか。
この人参、めちゃくちゃ甘ぁい。実君絶対好きじゃん。とか。

冷蔵庫にさっき捩じ込んだケーキの箱を取り出せば、お行儀よく、2つのカットケーキが並んでいる。

「美味しそ。いただきまぁす」

フォークも使わずに、ぱくぱくと頬張れば、アッと言う間にケーキは私のお腹の奥底へと沈んでいく。

「抹茶のケーキも食べちゃうよー」

なんて、紛らわすように呟きながら一口頬張っていると、冷蔵庫の向こう側。
すぐそこの玄関が、ガチャガチャと金属音を立てた。
それからすぐ。扉が開く。

「ただい…………なァに一人で美味そぉなモン食ってんだァ」
「な、なんへ……」
「オラ、土産ェ」
「は、はねふん……まら29にひはよ」

もごもごと喋る私に、食ってから言え、と口をひん曲げた実君は、とっとと私のすぐ隣までやって来て、洗い物が山と積んであるシンクで手を洗い始める。

「晩御飯……お米……炊いてないよ」
「食ってきたァ」
「え、でも……まだ9時にもなってないよ」
「それ、寄越せ」
「やだよ」
「俺のだろォ」

実君はそう言って、私の手が、むんずと掴む抹茶味のケーキを指差した。

「でも……もう私食べてるもん」
「まだお前には祝われてねぇ」
「そんなに?」

祝ってほしいんだ?なんて笑った私の手を引っ掴み、私の手の中のケーキを、実君は食べた。
それはそれは、大きな一口であった。
私の手の中のケーキはもう殆ど残って無い。
変わりに、でも無いけれど、掴まれた手首の熱は、しっかりと、色濃く残っている。

「毎年煩ぇくらいに言うくせに、罪悪感か何か知らねぇが、らしくねぇことすんなよなァ」
「わ、わ!頭はやめてよ!掻き混ぜないで!」
「俺への祝いなんだろがァ。ちぃとは待ってやがれぇ」

それとも何かァ?と、ちょっとだけ笑った実君は「ケーキ食う口実だったかよ」なんて言いながら、私の手の中のケーキを全部平らげた。
全部、だ。

中指の指先についたクリームまで、べろっと舐め取ってから、長いまつ毛の隙間から覗かせた、淡い色の目が、私の視線を逸らさせまい、と強く絡む。

私は思わず、足の指先をぎゅうぎゅうとキツく丸めた。
丸めたし、口をはくはくと、開いては閉じた。

「ば、っば、……ばぁか!!実君のばぁぁぁか!!!」
「あァ?! 言うに事欠いてそれかよォ!」
「なにすんの!すけべ!!すけべ!えっち!!変態!!」
「おいコラァ、スケベ、エッチまでは聞き逃してやらァ。変態たァ、どういう了簡だァ」

ドスを効かせ始めた実君にはかなわない事を、私は知っている。
長年の付き合いだ。逃げたほうが良い。実君の脛を蹴ってしまおう!と、慌てて足を軽く上げれば、そのまま太ももをグイッと持ち上げられてしまった。

「わ!わ!危ないじゃん!」
「てめぇが蹴ろうとしたんだろがァ」
「あーッ!ダメダメ!!ギブ!やだ!駄目!!絶対やめてッ!!」

顔もぶんぶんと振り、手をあっちこっちに振り回し、とにかく全身で拒否をしているのに、そんな事はどこ吹く風。
実君は、ニッ、と笑い「嫌だね」と呟いたと思ったら、私の足の裏。指先の付け根へと指を差し込んだ。

「もッ!!──ッ……んは!ぁっ!も!!ダメってば、ァッはは!もぅっ!!ダメって!」
「オラ、言う事あんだろォ」

こそこそと動く実君の指先の動きに耐えられず、私の体は冷蔵庫へと打ち付けられ、そのままずるずるとお尻が床へと落ちていく。

「もーッ!!だめっ!んひ!やだってばぁ!んふ、……っは、ぁはは!も、ッぅうー……!だぁ、め、って!!」
「ダメ、じゃねぇだろォ」
「ごめん!てばッひ、は、んふふ!……も!ギブ!!や、んふ!」
「何に対してだよ」

手を止めた実君をちょっとだけ蹴飛ばせば、「いてぇ」なんて、大して痛くもないくせに、私を睨めつけてくる。

「は、……っは、ごめ、……でも、……ダメって、言ったぁ……」
「何に、対してだァ」

実君はまた、私の足首を掴んで持ち上げる。
乱れた息は未だ収まらず、私は肩で息をしながら、捲れ上がったスカートの裾をのろのろと抑えていった。

それと変わらないくらいのスピードで見開かれていく実君の目は、やっぱり綺麗だ。

なんだか、良くない・・・・空気だ。と、思った。
本当なら、このまま、流れに身を任せてしまってもいい、と思った。
実君の口元が、引き結ばれていく。
額に、血管がビキビキと浮いていっているのが、私にも見えている。
「しよ」とか、言ってしまえば、進めるのかな。とか。
このまま、じ、と見つめてたら、キスとか、しちゃうかな。とか。

「悪ィ」実君は言った。
「だ、……は、大丈、ぶ……は、……も、……待って……ん、」
「水、要るかァ」
「んふ、ふは、んふふ、……要る」

なんだかもう、全部全部に笑えてしまった。
実君のちょっと慌てる様子だとか、擽ったかった事とか。
なんだか、日常が戻って来たなぁ、って感じのとことか。
実君、すっごい楽しそうにやってたなぁ、ってことに、とか。
なんだか、全部全部にホッとした。
ホッとして、なにも、言わなくて良かった・・・・・・・・・しなくて良かった・・・・・・・・。って、思ってしまった。
このまんまが良いな、って、思ってしまった。



「ありがと」

実君の手から水を受け取りながら、私は言った。
実君は「ん」とだけ言って頷きながら、私のすぐ隣へと腰を下ろしたから、やっぱり冷蔵庫と実君に挟まれて、私の退路はなくなってしまった。
けれど、私はさっきまでみたいには、もう期待しなかった。

「19歳、おめでと」私が言うと、実君は頷いた。
「おゥ」
「一人で食べてごめん」
「……おォ」
「あとさ」

私がそう言えば、実君は私の顔をチラ、と見てくれた。

「言うの遅くなったの、ごめん」
「それは別に良ンだよォ」
「えー、……じゃあ、それだけ」
「まだあんだろォ」

実君は、私に謝罪して欲しい事がまだ有るらしい。
なんだろう。ってずっと考えて見たけれど、これと言って浮かんでは来ない。

「一人で唐揚げ食べた」
「フザケンナァ」
「ごめん」
「それとォ」
「帰りの切符、渡してなかった」
「要らねェ」

じゃぁ、と言いながら、また考える。

「あ、靴。干しっぱなしにしてたこと!」

実君は、ため息をこぼしながら「どーでも良ィわァ」って、膝に引っ掛けた腕の中へと顔を捩じ込み、隠してしまった。

それでも、まだドキドキとしてた。
指先も。手首も足首も。じんじんする。

今、触れてしまいそうな肩のとこまで、凄く熱い気がする。

さっき、このままが良い。そう思った。
けれど、それでこのどきどきが消せちゃうほど、私は賢くなんてないから、やっぱりどこか奥底の方で期待してしまう。

実君が、私のこと、好きだったら良いのに。って。
私の事を、女の子として、意識してくれてたら良いのに。って。

「デートっつうなら、先にとっとと家帰ンなよなァ」

私はそう言った実君の方を見ることなんて出来なかったし、何と答えれば良いのかなんて、わからなかった。
ただどきどきして、たまらなかったから、まだ息がきれたままのふりをして、とにかく息を、吐き出した。

「ごめ……ん、」

どきどきする。
今日は、なんだかずっと、どきどきする。

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