小説 | ナノ

名字名前は、小芭内、と自身が口に出した少年。__今は青年、と言っても良いだろう。
彼に会えたことで、少なくとも浮足立っていた。
自身がしなければならない事を忘れてしまう程には。
ブンブンと、身振り手振りで自身の現状を表すために、名前は大きく腕を振り上げて、握りこぶしを作り下ろす。

「小芭内!!私、元気!」
「そうか」

何かを言いたげに、口を開いては閉じる小芭内に、名前は首を傾げつつも、矢張り行き先も分からない。
そのまま小芭内の後を着いていく事にした。

「小芭内、強くなってる」
「そうだな」
「さっき、脚技、速かった」
「避けられたがな」
「小芭内、杏寿郎と住んでない。」
「問題はないだろう」

伊黒小芭内はどちらかと言うと名前の事は嫌いではない。
けれど彼女が未だ、さして賢い訳では無い事は出会い頭の第一声でわかっていた。
然程長らく一緒に居たわけではないけれど、彼女が言葉を上手く操ることが出来ない事も、長い話を聞くのが苦手な事も、伊黒にとっては当たり前の事だ。
伊黒はどちらかと言うと、無駄な事に気力を裂くのが苦手だった。そうすると、返事は比較的短いものになる。
彼からすれば、当然の対応ではあるがもしも伊黒を知る人間が居れば、二度見をするのではないだろうか。
そう思われるくらいには、穏やかである。
兎に角、伊黒は無駄な事はとことん嫌いであった。

そのまま己の任務地へと向かう事に決め、伊黒は歩き始めた。
そもそも、伊黒は気が付いていた。
名前は、伊黒とあの暖かな縁側で腰をかけて空を見上げていた日々とは姿かたちがまるきり変わっている。
それこそ、腕は遥か伊黒のそれよりも太ましく、張っている。背中に背負った大斧は、闊大な範囲を薙ぐのであろう。伊黒では振り回すことは難しいのではないだろうか。そう思う程には伊黒にとって大きかった。
それを支え走る脚も、きっと伊黒よりも遥かに堅牢なのではないだろうか。
いつからか耳にするようになっていた、「鬼殺隊の金太郎」の話。これがこの昔馴染みの少女であったことは、一目瞭然。
共にあると、自分と一緒だと思っていた。けれど自身よりもはるか先を歩いているように思ってしまった。それが、伊黒は少し歯がゆかった。

「……小芭内、」

またかけられた声に伊黒は立ち止まり、名前は手で伊黒を制した。

「俺はそんなに弱い人間に見えるのかね」
「来る」

名前が言うのと同時か、先か。
足元が、瓦解した。



兎にも角にも、伊黒小芭内と名字名前は、満身創痍で立っていた。
何とかかんとか、鬼の頸を斬り伏せた伊黒は、己の身に起きている不可解な腹痛に顔を顰めることになる。

「小芭内、名前、厠……」
「近くには無い。見ないから、そこいらでしてくると良い」

「お、小芭内!!!!」

自身のかけた言葉を聞いていなかったのか?といっそ頭痛を感じながら声のもとに顔を向けて、伊黒はギョッとした。

「お、まえ……男、だった、のか……?」

それはそれは、立派な逸物が名前の股にぶら下がっているのだ。
煉獄の家で、共に世話になっていた頃には上衣をはだけさせて棒切れを奮っていた名前の上体には、まだ膨らみ切っていない二つの乳房があったことを、伊黒は残念ながら覚えていたのだ。
男でも、乳房にふくらみがあるものは居る。
ただし、それはある程度ふくよかな男であり、当時の彼女ほどの体なら、然程膨らむ事も無い筈で、つまり、あくまでも名前は「彼女」であるはずなのだ。
つまり、あるはずがないのだ。
彼女の股に、逸物など。
つまり、__摩羅など。

「名前は、女だよ」
「そ、うか……その粗末な逸物を仕舞え。見苦しい」
「でも、まだ出せてない。……変なの。これがついてるから、出しにくい」
「待て、持つな。持ち上げるな。そしてその手をどうするつもりだ!!こっちに来るな!!」
「小芭内……名前、何か、したか?」

伊黒は唇を切れそうになるまで噛み締めた。

今!!している!!!

彼女にそれが理解できるのかは、わからない。
それは、いったん置いておく。今、もう一つ、重要なことがある。
己の腹の痛み。それから、何よりも、己の、逸物の有無。

そ、と股に手をやって、伊黒は全身の血がサッと引いていくのがわかった。それはもう、嵐を前に去っていく蜘蛛の大群のような引き際。己の血液ながら、その引き際の良さに伊黒は少しばかり感心してしまいたくなるほどである。
無い。
己の、逸物が、無い。

鬼は斬った。

が、治らない。
恐らくこれは、血鬼術なのだろう。
とんでもない、血鬼術だ。
つまり、いつ治るか、わからない。そうして、この謎の腹痛と、股に感じる気持ちの悪さ。もしかしなくとも、所謂、月の障だとか、月事だとか、言う。所謂、……
伊黒は叫びだしたくなった。

何故己の逸物は消えたのだ、己の腹に謎の腹痛が来ているのか、己の股からは血が流れているのか!
漂ってきた、鉄の錆びた匂い。
ただ、それだけではない。何やら、独特な匂いがしている。

「小芭内、」
「黙れ、良いか、一言も喋るな。良いか、話すな。
……腹に、響く。」

伊黒の言葉に、素直に名前は頷いた。
代わりに、とでも言うように、名前はありったけの懐紙を伊黒の手に握らせ、きゅうと目を細め、ぽす、と伊黒の肩に、手を置いた。
その人を馬鹿にするかのような仕草に、伊黒は腹が立った。けれど、悪意が無いのであろう事は、何となく、ではあるが解っている。
故に、ふるふると小刻みに震える身体を抑えつつも、伊黒はせめて、使い方を教えて欲しい。どこかでそう願っていた。
いつ終わるとも知れない血鬼術。しかも自身は月の障らしく血を垂れ流している。今すぐどうにかしたい。兎に角、取り急ぎ汚れているのであろう褌。
それを綺麗に洗ってしまいたい。
更に言うと、腹の痛みをどうにかしたい。垂れ流れる不快を、どうにかしてほしい。
黙れ、と言ったから、黙ってしまっている名前に、今更「この紙をどう使ったら良いのか、教えて欲しい」そう言いたくは無かった。
ないけれど、教えて欲しい。
切実である。
兎に角、腹が痛い。
伊黒は、あまりの腹の痛さに、苛立ちのあまり蹲り、地面をしこたま殴りつけた。

正直に言おう。
このままでは、伊黒は名前を嫌いになってしまいそうだった。伊黒は、もう帰りたかった。何処かへと。切実に。


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