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当の昔に諦めたつもりでいた。
オレとこいつが一線を越えれば互いにかけがえのないものを危険にさらすことになる。教職がオレにとってどれくらい大切なものかなんて当然わかりきっているし、これもまた大事なものを犠牲にしてまで手に入れた、夢、だった。

何故こいつにこんなにも惹かれたのだろう。
ひとつの答えを導き出す数学には程遠く、その問いには無数の方程式と答案が存在する。

初めて出会った時
名前を呼ばれた時
こいつが他の男と話している時
こいつが泣く時
こいつに触れた時

毎分毎秒心をさらわれるような、ひどく甘ったるい感情に包まれる。

諦めたつもりだった。諦めたはずだった。諦めなければならなかった、諦めるべきだ。
けれど、オレは自分が思うよりずっと強欲で我が儘だったらしい。
たった一度触れたくらいであっさりとタガがはずれ、たまらなく欲しくなった。

「お、れは」

彼の声は震えていた。
これから自らが発する言葉に怯えるように。
自分が最低な人間だと諦めてしまえば、この曖昧な関係を作り上げたのはこいつだと責任逃れすることができる。
お前がオレをきっぱりと拒絶してくれれば
オレを好きだと告白してくれれば
今はあっさりと終止符を打ちまたつぎへと進む。
言葉を濁し不確かな解答をするお前にオレは甘えているのかもしれない。もしかしたら、と思ってしまった。

「お前の、ことなんか…っ」

「そうか、」

それは残念だ、と正直に言って
清水を抱きしめた。

「っ!?」
びくん、と腕のなかで跳ねるそいつを改めて強く締め上げる。
「うぎぎぎぎ」
と謎の奇声を出す清水が哀れで、優しいオレはそっと力を緩めた。

「お、お前な」
至近距離に頬をふんわりと染める彼はあまりにわかりやすくうろたえ、オレの感情を粟立てる。

「お前がオレを好きじゃないなんて信じられんくらい悲しいよ」
「嘘、つけっ」
「嘘なわけないだろ」

こいつと話しているとオレは簡単に笑ってしまう。まぁ、清水は喜ばしくないようだが。
オレ達をなでていくような、やけに優しい風が通った。なびく焦げ茶色の髪が目の前にあるのがなんだか馬鹿みたいに嬉しく、単純なオレは気分が良くなってしまった。

「好きだよ」
「気色悪い」

うーん、先日の可愛らしい清水はどこへやら。夢だった、なんて言わないでくれよ。

「さっき、オレと京平が話しているのを聞いて嫉妬していたくせに。」
「誰が!」

自覚があったから逃げたんだろうが。
「俺を好きだって連呼してやがるから、俺は迷惑してんだよ、それなのに、ほいほい相手変えるようじゃ俺がくたびれ儲けって感じだろ」
「そうかよ」
全く、言い訳ばかり達者になっていくな。

「そーだよ!!離せ!!」
「離していいのか?」
「いいに決まってんだろ!!」

オレの言葉に憤怒して、突き飛ばすように体を離された。



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