××今日(こんにち)ヤキモチ日和、のち君をまた好きになります××
いろんな奴から好かれるくせに、君は全然気づかないから。
陣と凍矢は連れ立って、幻海邸がある山麓の町に買い物へ来ていた。日は傾きかけていて、二人とも多すぎるにも程があるほどの食料を軽々と運んでいる。この辺りは流石、人間じゃないとでも言っておこう。
「米は買った、肉は買った、野菜も買った…後は買ってないものは無いな」
「腹減っただ〜。凍矢ぁ、今日の夕飯何にすんだべ?」
「ん…螢子たちから新しく教わったものを試してみようと思う。陣、食べ過ぎるなよ」
6人で暮らし始めてから、いつの間にか炊事はほとんど凍矢の役目となっていた。周りにまともな料理を出来る、いや作ろうとする者がいなかったのもあるが、凍矢本人が、次第に料理をすることを楽しく思うようになったからだった。それは、幽助や蔵馬達についてくる螢子やぼたんに雪菜が、唯一出来そうな凍矢に色々な料理を教えたお陰でもある。元々要領が良く飲み込みも早い凍矢は、少し難易度の上がる調理法でもそつなくこなせるようになったのだ。
「う〜…腹八分までにしとくだー……」
「お前の腹八分はオレにとっては腹十二分以上なんだ」
「へーい……」
そんな風に軽口を叩きあいながら、仲間が腹をすかせて待っている屋敷へと向かっていた時のことだった。
「よっ、久しぶりだな、凍矢!」
突然自分の名前を呼ばれ、凍矢は驚きながらもそちらへ振り返った。
後ろに立っていたのは、精悍な顔立ちをしていた一人の男だった。しかし彼は、人間と言い切るには明らかに違いすぎる、桁違いな妖力を内に秘めているのが陣と凍矢には分かった。それはいっそ、二人よりも遥かに高いものであった。
凍矢は少し目を丸くして、その男の顔を見た。約一年ほど前に、魔界で自分と激戦を繰り広げた相手だったからだ。
「お前は…九浄じゃないか。どうして人間界にいるんだ?」
「まあ言っちまえば観光だな。結界も解かれたし、たまにはこっちの世界に来てみても面白そうだと思ったんだ」
「こっちには、魔界にいるような強い奴らはそうはいないぞ。強さを求めるあんた達からしたら、退屈なんじゃないのか?」
少し皮肉めいた、けれど楽しそうに凍矢が笑う。その瞬間、陣はある風を感じ取った。九浄の方から吹いたそれは、凍矢の柔らかい風とはまた違う、別種の雰囲気を持ったものだった。陣の胸中に、微かなわだかまりが生まれる。
「あ、いや、そんなことは無いぞ。こっちの、と言うかこの国の文化は色々面白いし、そこらへん見て回ってるよ」
「そうなのか?…まあ確かに、そうかもしれないな。オレも、魔界にいた頃よりは、…充実した、毎日だ」
「…お前がそこまで言うんだったら、オレもこっちに来ようかねぇ。まあ、こっちは面白いけど、ちと窮屈すぎるがな」
九浄と凍矢が和やかに談笑しながら歩く。陣は口を出さずに会話を聞いてはいるが、表情はとても面白くなさげだった。何でよりにもよって、出くわしたのが魔界統一トーナメントで凍矢を負かしたこいつなのか。
九浄のほうが、凍矢はおろか自分よりも強いことは知っている。でも自分たちも修行をしていないわけではないし、近いうちにきっと追いつく。目標は追いつけ追い越せなのだが。
だが陣がややむくれていたのは、強さについてではなかった。この男は、トーナメントで凍矢のことを負かしたのだ。接戦だったとは後に聞いた話だが、それでも陣は少しショックだった。
それでもやはり、勝敗についてとやかく言いたいわけではない。問題は、九浄が凍矢に寄せている想いのことだった。
絶対、確実に、九浄も凍矢が好きだ。人の感情が感じ取れる自分が言うんだから間違いない。あの時もその時も、九浄に会った時はいつも同じ風が吹いた。甘くて浮かれてて、陣にとってはそれが凍矢に向かっていることが疎ましい。
どうしてそんなに陣が会う機会が多いって、陣と凍矢はいつも一緒に行動しているからだ。だから凍矢が九浄と会うときは、陣も九浄と顔を合わせてしまうのは当たり前のことだった。
別に、本当にトーナメントで別れたきりだったから、凍矢は驚いたわけじゃないのだ。何せこうして出くわすのはこれで数回目だから。ただ、本当に、彼が人間界にいることが意外だった。それだけで。
どうしてこの男は、こんなにも凍矢と会うことが多いのか。まさか狙ってやってるんじゃないだろうか。きっと、まさかじゃないような気もするのだが。
と、陣が疑惑の視線を向けている間も、九浄と凍矢の会話は続いている。陣は面白くなくて、その会話に入ろうとはしなかった。
「確かにな。オレ達も蔵馬や幽助達に協力してもらえなかったら、人間界になんて住んでいなかっただろう」
「だろ。…なあ凍矢、一回、魔界にまた来ないか?どうせなら今からでも一緒に帰ろうぜ」
「……え?」
九浄の台詞を聞いた瞬間、陣は割れるような音を立てて固まった。凍矢はと言うと、驚いて疑問の視線を投げかけている。
「え?…あっ、…あー、違うんだ。何て言うかその、冗談だよ。特に後半部分な。どうせお前らはまたパトロールだ何だで魔界には来るんだし…ちょっと寂しいなって思ったら口が滑った。そんだけだから」
一瞬焦って、九浄が饒舌になりだした。凍矢はその言い訳を聞いて納得したようだが、陣は納得なんて出来なかった。と言うよりも、作り笑いのまま血管がブチッと音を立てて切れた気がした。
冗談だなんて、真っ赤な嘘もいいところだ。九浄は本気の本気で、その台詞を口にしていた。陣にはそれが分かった。
これは風云々じゃない。言うなれば恋人としての勘だ。と言うかあからさま過ぎるだろう。この男は知っていただろうか、陣が凍矢を好きなことを。知らないのならまだしも、もし知っているというのなら―――
―――良い度胸にも程がある。
「それはそうだろう、オレ達は一応蔵馬の下で働いてるということになっているし、受けた恩はこれで返せるものでは…っ!?」
凍矢の言葉をさえぎり、陣が凍矢の細い身体を軽々と抱えた。そのまま荷物も一緒に持って風を呼ぶ。
「じゃーな、九浄!また魔界に行くだ!」
声だけで言い捨てると、操った風に乗って屋敷の方向に向かって飛んだ。凍矢が喚いているが、どうせ失礼だとかそんなことだろうから、無視してその場から飛び去った。幸いにも、人通りは見当たらず、きっと誰かに見られたと言うことは無いだろう。
あっという間に想い人が連れ去られて、九浄はもう随分遠くの方に赤髪を見ながら呆気に取られた。が、すぐにその表情は笑い顔へと変わり、不敵な笑みになった。
「オイオイ……ここまで嫉妬深かったんだな、あの風使い」
そう呟いた九浄の顔は、およそ諦めると言う言葉など知らない、戦士の顔だった。
まあ良いさ。きっとまた会うのだから、その時にまた声をかけよう。九浄はそう思いながら、あの美しい呪氷使いのことを考え、苦笑いで溜息をついた。
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