ひらひら、ひらひら。目にも鮮やかな、真っ赤な葉っぱが落ちてくる。
まるでお前の髪の毛みたいだ。そう言った凍矢の顔が、とても優しい笑顔だったことを今でも覚えている。
さらさら、さらさら。見るだけで涼しくなる、透明な湧き水が流れていく。
オメみてーにキレイだな!こっちを向いた陣が、本当に楽しそうに笑っていたのが目に焼きついている。
――四季に想う 君を想う――
「陣」
静かな声が、空にふよふよ漂っていた赤髪の風使いの名前を呼んだ。陣はそれに気づいて、周辺の風を操り地に下りた。
「何だべ?…あ、今日パトロールだっただか?」
「違う。大体、それだったらもっと早くに魔界へ行くだろう」
「それもそっか」
フワッと草むらに降り立った陣に、随分と小柄な青年が話しかけた。今、穏やかな相貌が、彼の元々端正な顔立ちをより綺麗に見せている。
「昼飯ができた。早くしないと、鈴木と死々若に食われるぞ」
「んげ!?そんな時間だったべ!?い、急ご、凍矢!死々若にオレの飯取られちまうだ!」
陣は慌てて、凍矢の手を引っ掴んで駆け出した。いきなり引っ張られたが、凍矢も何とか転ばずに陣のペースに合わせることが出来た。
二人は跳ぶように屋敷に向かって走る。凍矢は陣に引っ張られながら、先程ふと疑問に思ったことを、口にした。
随分と小さい声だったが、陣の耳にはどんな音よりもストレートに飛び込んできた。
「……一体、何をしていたんだ?」
「え?……ああ、そっか」
凍矢が陣を呼ぶために屋敷を出たとき、遥か高い青空の中に、風に身を任せている赤髪が見えた。
一応、この山の周辺に結界を張ってあるとはいえ、上空まで効果のあるものなのかは分からない。仕方の無い奴だと思いながら、真下辺りまで足を運んだ。そして、少し時間が経ってから、彼の名前を呼んだのだ。
元々気まぐれで奔放な陣は、修行以外は空を飛び回っていることが多い。それは分かっていたことなのだが、不可解なのは、昼時にも関わらず、屋敷に帰ってこなかったことだった。
大食らい、且つ、凍矢の料理が大好きである陣は、どんなに自由に行動していたとしても、食事の時間には一分たりとも遅れずに帰ってくる。
もたもたしていると、小鬼の姿になった死々若につまみ食いをされてしまう。
一度だけそういうことがあって、ぶち切れた陣と逃げ回る死々若によって食卓が文字通りの戦争になったのだが、陣以上に切れた凍矢の冷気によって冷戦締結状態に落ち着いた。
とまあ、そんな理由があるので、陣が時間を忘れて飛翔することは本当に珍しかった。凍矢が訝しむのも、当たり前だ。
「んっとな、考え事してた」
「…珍しいな」
酷いべ凍矢〜、と苦笑いする陣だが、屋敷がもう目と鼻の先にあったので、とりあえず高く跳びあがって、庭の中に勢いよく着地した。
凍矢もそのペースに合わせて、対照的に静かな着地をする。途端に、陣が屋敷の中に物凄いスピードで駆け込んでいった。
「死々若ーー!!オメ、ぜってー食ってんじゃねぇだぞーー!!!」
言葉の、と言うか絶叫の、最後の辺りが遠ざかっていく。呆気にとられながらも、凍矢はやれやれと苦笑いをして、ゆっくりと陣の後を追った。
「ああーー!!やっぱオメ食っただなー!?」
「へへーっ、遅いオマエが悪いんだよ!バーカバーカ!」
「ん、お帰り凍矢!とりあえず、オマエの分はオレに細工されないよう、死々若の近くに置いてあるぞ。全く…何もしないと言っているのに、何を警戒しているんだか若は……」
「………死々若、スマナイな。陣、まだお替りもあるから、とりあえず座れ。鈴木、食い物で実験しだすのはやめてくれ」
やっぱりえらく騒がしくなった食卓に、凍矢は色んな意味で深い深い溜息をついた。
「凍矢!」
洗い物をしている凍矢に、陣は後ろから声をかけた。手伝う、と洗い終わった食器を布巾で拭いていく。凍矢はそれに礼を言って、流しに飛んだ水滴をもう一枚の布巾で拭った。
死々若と鈴木は既に屋敷を出ていた。たまにこうして、二人だけで修行をしているらしい。夕方に二人して泥塗れになって帰ってくるが、苦労するのはいつも凍矢だ。
「……さっき……」
「さっき?…ああ、アレか?」
小さく呟かれた凍矢の言葉に、陣は耳聡く反応する。きっと、昼食前の話をしてるんだなと、陣は考えた。
「風が気持ちよかったんだべ〜。で、…人間界に来て、綺麗なもんたくさん見たこと、一個一個思い出してただ。綺麗な水が流れてってるのとか、山が真っ赤になっちまったのとか!」
皿を手にしながら、凍矢を見てニイッと笑った。予想もしなかった言葉に凍矢が面食らっているのも構わず、拭いた食器を棚に戻していく。
四季、と蔵馬達は呼んでいた。魔界には無い、人間界特有の現象。特に、この日本と言う国は、それが顕著らしい。
時期によって、人間界の風景はがらりと変わってしまう。そして、自然が一番敏感に、様々な様相を楽しませてくれる。
この屋敷から見える眺望が、桃色、深緑、紅、白銀と、美しい景観を繰り返していくことを知った時、心から、感激したものだ。
と同時に、愛しく、満たされた気持ちになった。傍にいるのは、大切な仲間達。そして、陣。
穏やかで美しい時間を、大切な人たちと過ごせることを、幸福に思えて仕方が無かった。
陣はきっと、あの美しい風景を飛び回ったことを思い出していたと言っているのだろう。
まだ、自分達がこの世界に来てから季節は一度しか廻っていない。どの景色もまだ、一度しか見ていない。
山の一部分を覆う薄桃の花も、
生命力に満ち溢れた緑の木々も、
彼の髪のように真っ赤に染まった紅葉も、
全てを包む白雪の衣も、まだ。
もうすぐ、夏が終わる。陣の言ったとおり、風は涼しく、秋が近づくのが、分かった。
「………陣」
「んん?」
フッと微笑んだ凍矢は、とても優しい顔をしていた。
彼から発した柔らかい風を感じた陣は、ハッとして、笑い返した。
「何だべ?」
「…………また、」
季節は廻る。淀みなく、歪みなく、廻り続ける。
その中で過ごす時間が、平凡で、幸せであればいいと思う。
無くしてしまったものの分だけ、幸せになろう。
「紅葉を見に、連れて行ってくれ」
「…お安い御用だべ!」
季節は廻る。廻り続ける。そして、その中で、いつもお前を思うんだ。
「んでも、桜も見に行こうな!あ!その前に雪合戦だべ!」
「…屋敷を破壊しない程度にな」
廻る四季に面影を感じながら、二度と無い大事な時間を過ごしていこう。
- 51 -
→
しおりを挿む
戻る