星爛アリア
善意と打算
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 風が届ける草木の香りに私は目を開けた。雲がかかる青い空を見上げて息を吐く。胸の上にいた赤髪の火霊が身動いて落ちる。ぼけっと今日の午後の予定を思い出す。今日は確か……そうだ、午後はずっと実技試験だ。「めんどくさ」呟いて赤髪の火精、ルビーを拾う。起こすのも面倒でポケットに入れた。雜と思われるが、起こすには少々もったいないくらい眠っているのだ。起きたら勝手に髪にまとわりつくから基本的に放置にする。さて、行こうか。
 試験をする第一体育館は円形になっている。体育館としての役割だけでなく、講堂としての役割も兼ねているから円形だと聞いた。真ん中は砂上にもなるし、舞台にもなる。その二つ以外にもいろいろできるらしい。入学式から始まり終業式に始業式、卒業式。細々としたものを含めると多分にあるが、大きい式だとこんな感じ。在学生と教員全員が収容できるから施設の中でも一番大きい。それに、試験なら他の生徒の実力も間近で見られたりするから重宝されている。そんな第一体育館は私が寝ていた中庭から十分くらいかかる。クレソプレース魔法学院は広い。教務室と事務室とかがある本棟、研究室のある研究棟、学問にかわらず座学をする教室のみの教養棟、実技専門の特別棟。この四つの棟といくつかのグラウンドに分かれている。第一体育館は中庭から離れた場所にあるから遠い。あと五分で行かなきゃ遅刻で減点だが、減点にされたところで卒業できればそれでいいのだ。保護者代わりをしてくれているアイリスは、好成績を求めてはいない。むしろ私が学院へ入学しても、学院が教えることの大半はすでに覚えてしまっている。そのためため、アイリスも魔法よりも協調性を養わせるために入学させたと言っていたから魔法の成績について、さほど求めていないだろう。それでも建前としてでも、良い成績の方が周囲からの評判がいいから真ん中上くらいの成績をキープしている。
 第一体育館まで歩いていると、横を誰かが通りすぎた。今から走っても間に合わないのに。よく走れるな、と目で追っていたらその誰かは急に振り返る。戻ってきて私の手を掴んで、私を見た。


「急がないと遅刻するよ!」

「走っても遅刻ですけど」


 伝えたら、顔が青ざめた。言わない方が良かっただろうか。でも、走っても遅刻だ。それなら遅刻に伝えるべきだろう。しかし、遅刻にならない方法が一つだけある。それは使わないのだろうか。誰でも簡単に使える魔法が一つだけある。鍵を使う簡易魔法で総称、鍵魔法。誰でも使える簡単な魔法の一つだ。その中に転移魔法がある。街から街へ移動するには大がかりな魔法だが、街の中を移動するだけなら鍵一つで済む。私は持っていないけど。その魔法のことを伝えると、「その手があった!」と嬉しそうだ。鍵を手にして宙で回す。授業開始の鐘が鳴る。鐘の音を聞きながら手を掴まれているから開けた向こう側――第一体育館に入った。鐘は私たちが入った瞬間に鳴りやんだ。


「ガラド先生! 俺たち間に合ったよね?」

「惜しくもな。適当に座れ」

「はーい」


 入ってすぐに彼は言った。返したのはガラド・パーシングさん。その隣には魔法生物担当のパラジア先生。アシスティを使えるかはパラジア先生が飼っている、今は眠っている魔物のヒゲを撫でたり尻尾を持ち上げたりして確認するから、それが理由だろう。彼の手はガラドさんに話しかけた時点で離れていて、私は適当に座りに行く。彼――アドルフ・ヴァリアッツは幼馴染たちの所へ向かった。ヴァリアッツを含む幼馴染組、通称・ディアスター。特別、優秀な生徒が呼ばれる通称だそうだ。ガラドさんに「本気を出せばお前も得られる称号だ」と言われたが、興味もないから聞き流していた。この学年のディアスターは見目も家柄を良いらしく、さらに称号がどうでもよくなったのはガラドさんには言っていない。そのガラドさんは、生徒たちに試験についての説明をしている。アシスティの試験は呪文を使ってはいけない。喋れなくして、尚かつ手も拘束するらしい。結界も、もしものとき――魔物が起きたり暴れたときだ――のために張る。最後にアシスティの発動速度、技術点、総合点の三つから評価するとのことだ。
 試験は苗字のスペル順。私は最初の方。使えなかった生徒は使える人に教えてもらうから、ずっと見ていなきゃいけない。私の前の生徒、クルト・エンデュミアはディアスターの仲間である。ディアスターは幼馴染組の五人とエンデュミアの六人からなる。本当は五人だが、それぞれ得意教科に違いがありすぎるから、この第四学年だけ六人だ。エンデュミアは使えないと判断したようで、時間を余らせて首を振った。


「次! クラウディア・フェルド!」


 はーい、とは口が塞がっているから言わない。重い腰をあげてガラドさんのところに行く。ガラドさんから一言貰い、舞台に繋がる扉を開けて砂上に立つ。


「本気は出さなくていいが、アシスティは使うように。いいな」


 ガラドさんを見上げ、頷いて砂上に立つ。時間経過の瞬間が一番嫌いだ。二分、三分経った頃にヒゲを撫でるに留めた。ガラドさんからは「せめて尻尾を持ち上られただろう」と小言を言われた。できたとしても目立つことはしたくない。つんっとして言外に言う。何も言わないからそれでもいいんだと思う。自分のものが終わったらあとは暇だ。教えてもらうわけじゃないから見ておく必要もない。だから見ておく理由も無い。乱雑に入れた妖精も飽きているのか、また寝入る。いい加減、この妖精にも困ったものだ。私は仕方なく、受験者を見ておく。何人もの生徒が諦め、落胆し、ほっとして到頭、受験者はもう最後の方になっていた。次はアドルフ・ヴァリアッツ。私を引っ張った子だ。彼は魔物を見てアシスティを使おうとする。だが、できる気配はない。元より詠唱で術式を発動させる詠唱魔法――単に魔法と呼ばれているものだ――を得意とする人は魔力を直接操作することは不得意なのだ。理由は知らない。だが、人間界の人間はアシスティを先に学ぶと魔法が使えなくなる。だからアシスティは第四学年で学ぶ、らしい。一人目からヴァリアッツの前まで一番いい成績者は尻尾を持ち上げた子だ。あとは本当に使えないかヒゲを撫でるかくらいだった。ヴァリアッツの幼馴染もメアリー・ジヴェール以外できなかったし、ジヴェールも七分くらい経ってヒゲを撫でるだけだった。
 砂上ではヴァリアッツはまだねばっていた。ふと魔物を見ると、静かに眠っていた。そう、過去形だ。突然飛び起き、咆哮が轟く。咆哮に生徒が呆然としていると、魔物が動いた。ヴァリアッツを敵と判断したようで、突撃しようと走っている。結界があって物理的に攻撃することはできない。方法はあるが、目立つからあまりしたくはないけど仕方ない。命がかかっているし、何より善意≠くれた人だ。魔物が叫び、ヴァリアッツに噛みつこうとしたとき、魔物の動きが止まった。何かに動きを阻まれた魔物はヴァリアッツに向かおうと前へ行こうとする。だけど、そうはさせない。私はアシスティで胴、足の付け根、口を縛るように回した。それでも動くのはわかっていたからさらに前足同士、後ろ足同士で縛る。魔物は身動ぐが、動くことはできない。切るイメージで、私と魔物を繋ぐ魔力を止める。アシスティは自分の手足のように魔力を扱う魔法で、実際は魔力の塊だ。そのまま留めることもできる。ヴァリアッツは無事だが私はというと、結界に穴を開けたのもあって疲れたから最小限に留めるに限る。ひそひそとされているが、それも仕方ないことだ。ディアスターを見てしまって、彼らも驚いた様子で私を見ている。ただ一人、薄ら笑いをしている紅一点のメアリー・ジヴェールを除いて。ヴァリアッツはまず一緒にいないから数えていない。視線を集め居心地が悪く、私は第一体育館から走って逃げた。後ろで私を呼ぶ声が聞こえた気がした。


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