隠して恋情
自惚れたい
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放課後。私は呼びだされていた。
「好きです!」
目の前の人は何を言っただろうか。考えることすらも面倒になってきて、思考回路はショート寸前ではないけど混乱している。混乱してはいるが、まだ大丈夫。
「混乱、してるよね。言うつもりなかったんだけど……文化祭近いし、その……」
告白されたんだ。それに気づいて、冷静な部分で思う。これが、神崎君ならよかったのに。私もとんだ性格をしている。悪いとわかっていながら、好きな人に告白されたいと思っているのだ。
「もしよかったら俺と……」
「ごめんなさい」
言い切る前に断るのはどうなんだとは思う。自分でも思うけど、やっぱり無理だから。私は執着心が強いらしい。妹弟や友人は別枠だけども、彼以外は……神崎君以外は、受け入れられない。気持ちには答えられない。私がそう言った時の彼の表情は泣きたそうな、切なそうな、そんな表情をしていた。彼は「好きな人がいるの?」と訊いてくる。とても優しい声音で、とても告白をして振られた人の声とは思えないほど気を使うような雰囲気で、私はなんで神崎君が好きなのか自問自答した。けれど、好き以外の答えを私は私にくれなかった。私は彼に頷いた。「好きな人がいるの。どうしようもないくらい好きな人がいるの」だから……ごめんなさい。私は続けた。彼は少し困った顔して、ありがとう、と言った。私こそ、お礼を言わなきゃいけない。私を好きになってくれてありがとう、と。応えられないけど、誰かに恋焦がれ好きになるということはすてきなことなのだ。失恋……はまだしたことないから分からないが、好きと言うのは苦い思いも幸せな思いも教えてくれる。意味合いは違うが、いろんな感情を教えてくれるのだ。告白してくれた彼と別れ、私は廊下を歩く。放課後の今、人の通りは少ない。今日は部活の無い日で、持っているスクールバックを肩から提げて玄関口へ行く。その途中、神崎君と会った。「……あ」とお互いの口から洩れて、押し黙る。気まずくなることもないのに、なぜかお互いに黙ってしまった。
「まだ、帰ってなかったんですね」
「……うん。神崎君もね」
はい、と弱弱しく言う神崎君に私は怪訝する。いつもは言いたいことを言ったり、正論で返して来たりするのに、その様子が無い。なにやら言葉を探しているようにも見えるから、私は言葉を待つ。靴を履きかえて、互いに歩き出した頃に神崎君は言った。
「見るつもりは無かったんですけど……」
「何を?」
「先輩が、告白されているところを、です」
見られていたらしい。ただ、神崎君は最後まで見るつもりもなかったようで、すぐに立ち去ったと言う。では、「好きな人がいる」と言うところは聞かれていないらしい。勘違いされるくらいなら、私は知られない方がいい。良かった、と安堵した。そういえば、神崎君は部活ないのにこんな時間までいるのだろう。こんな時間まで残るのはいくつか感がられるが、一つ思い当って胸を締め付ける。そして、嫉妬という黒い感情が表に出てこようとする。それを抑える方法はわかっている。けれど怖い。思っているようなことになっているのか、訊いておきたい。この気持ちを抱いたまま晩ご飯の準備とか、集中できなどころか態度で妹弟に気付かれてしまう。それはいけない。なぜか私は付き合う人を見極めると言っている二人なのだ。神崎君との仲を勘違いさせるわけにもいかない。
「神崎君はどうしてこんな時間まで?」
「え?」
「もしかして、私にだけ答えさせるつもりだった?」
「いや、そんなつもりは……」
「冗談だよ。ちょっと気になっただけで、答えなくても……」
「――告白、されてました」
「……あ、そうなんだ。一緒だね。……受けたの?」
「好きな人がいるんで、断りました」
どくり。嫌な音が聞こえた。そうか、好きな人がいたのか。失恋して、私は何が残っているだろう。妹弟への思いだけな気がする。
自分でも動揺しているのがわかる。それを悟られないよう、いつも通り務めて私は質問に答える。
「私? 私は今はそんなこと考える暇ないから断ったよ」
神崎君が、ほっと安心したような表情をする。それはどうして? そんなことを訊けるほど、メンタルは強くない。むしろ弱っている。ああ、訊くんじゃなかった。平静を取り繕いながらそんなことを思った。
「先輩」
「ん? なに?」
「あー、えっと、送っていきます」
「え?」
送っていく? どうして? 今の時間、部活をしている時よりも早い。それに、部活のときでも、送っていくなんてなかった。なのに、なんで今日は……
「もう少し、先輩といたいんです。」」
考えあぐねていると、神崎君が言った。それはどういう意味なのかわからない。ただ、先輩にあまえたいだけなのか、それとも……と、ここまで考えて首を振る。そんなことないだろう。でも、少しでもいいから、自惚れてもいいのだろうか。