隠して恋情
妹弟のように
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 言わないと決めたのは、いつからだろう。もうずっと、長い間、あの人≠見ていたと錯覚するくらい、焦がれている。胸にくすぶる熱情。それが何か気づいている。気づいているのに、それに気づかないふりをする。表に出してしまえば、嫉妬をしてしまうから。気づかないふりをしている今は、そんなことはない。女の子といようが、告白されていようが、心は安定している。告白現場に居合わせれば、また告白されていると思うだけ。女の子といると、また手伝っているのか、と思うだけ。
 調理室を利用する部活、料理部。ご飯ものだけでなく、お菓子も作るから料理部。女子五人に対し男子一人、少人数の部活だ。今日はレアチーズケーキを作る日なのだが、料理部唯一男子部員の手際に全員が見惚れた。タルト型から生地まで手作りするのだが、その手際が良い。タルト型を作るのも生地を作るのも、女子が二人と三人に分かれて行っているのをすべて一人でしているのだ。男子部員――神崎直は我が料理部期待のエース。女性でも男性でも通用する名前かつ、かわいらしい顔立ちをしているが、立派な男の子だ。生意気なような言い方で言葉はきついが、理不尽なことは言わない。それに世話焼きだ。私は文句を言われ、呆れられつつ、何度もお世話になっている。気難しく見えるが、わかりづらいが優しいのだ。今も生地作りに手間取っている部員の手伝いをしている。私はそれを友人と微笑ましく眺めながら、生クリームを泡立て機で泡立てている。電動ならわりと早くできあがるけど、数が少ないため私は手動だ。やはり私に手動は早かったんだ。実は、過去にも同じことをしている。そのときは生クリームではなくメレンゲだった。今と同じように数が足りなくて手動だ。氷水で冷やしながら泡立てたが、まったく泡立たなかった。見かねた神木君が手伝いに来たのは比較的新しい。週に一回か二回ある部活。お菓子でメレンゲや生クリームを手動で泡立てるときはほぼ毎回手伝ってもらったから当然と言えば当然だ。まあ、それよりもそろそろ泡立ってもらいたいものですね、生クリーム。氷水を変えたりもしているが、一向に泡立つ気配がなくて溜め息を吐く。


「またですか」


 呆れ口調に神崎君は「貸してください」と私の手にあるボウルと泡立て機を持つ。彼にかかれば、私が苦戦したこともすぐに終わってしまう。要領もいい。料理ができて成績も優秀。おまけに顔もいい良物件をみんなほっとかない。現に同い年の子や先輩に留まらず、後輩からも想いを寄せられているし、告白もされているらしい。二年の私は話すとちょっと睨まれている。部活の話だったら寛容になれよ、と思うが、このあいだまで中学生だから仕方がないか、と思わないでもない。
 神崎君は「毎回のことながら下手ですね」と厭味を言う。本当のことなので何も言わないでおく。次の作業も手伝ってくれるんだから、言っちゃいけない気になるんだ。他の子たちも生地を混ぜ、タルト型に生地を流し入れている。私も生地をタルト型に入れて冷蔵庫に入れた。あとは固まるのを待つだけだ。待ってる間に後片付けをして、お茶の準備。お茶はその日作るお菓子によって変わる。今日はレアチーズケーキだから紅茶だ。先生のこだわりで私には種類も淹れ方もわからないが、指示通りに淹れたお茶はとても美味しい。この部に入って良かったと思うほどに美味しいのだ。ほっと一息つくと向かいに神崎君が座った。神木君は座る場所は適当だ。いつも最後に作業していた所から近い場所に座ることが多い。だけど、彼が私の近くに座るのは初めてだ。ほとんどは同級生たちと座るから珍しかったりする。紅茶を飲みながら盗み見ると、目敏く見つかった。なんですか、と訊かれても何もない。ただ見ていただけだから、何もないよと言った。神崎君はそれ以上訊くつもりもないようで、そうですかと言う。モテるけど告白回数が少ないのはやはり、少しきつい印象からだろうか。高嶺の花、という可能性もあるか。そんなことを考えているとふと思う。神崎君は誰かと付き合う気はあるのだろうか。高校で恋人を作らなければならないということはないけど、多感で恋をすることが多い時期だ。神崎君にもまあ、当てはまる。興味がなさそうではあるけど。


「寺崎先輩」


 ん?と返すと、神崎君は続けた。


「寺崎先輩はいつもそこに座りますよね。どうしてですか?」


 私の座る場所について疑問らしい。調理室には流しや調理台、机などがある調理場と一番奥に調理準備室がある。調理室は扉側に生徒用の机、その少し離れた場所に八つの調理台、一番前に大きいな机、それに黒板の配置だ。部員は生徒用の机でできあがるのを待ったり、食べたりしている。私はいつも壁際の端に座る。誰も座らないからもあるけど、表向きは落ち着くし学校では食べないから。友人は真ん中当たりで後輩と食べるから私はそれを眺めながら今日作ったものを包む。妹弟に渡すためだ。それが悪いことだと思っていないし、すぐに食べれるのは調理部の特権というもの。本当の理由は隠すつもりはないけど、みんな私が持ち帰る理由を知っているから気遣われるから。作るのは好きだし、妹弟が食べてくれるのも好きだ。そのことで気遣われるのは嫌。だから少し離れている。表向きの理由だけ言って、逃げるように席を立つ。そろそろ固まった頃だろう。冷蔵庫から取り出すと、ちゃんと固まっていた。できたことを伝え、みんなが食べる準備をしている間に持って帰る準備をする。箱詰めしてまた冷蔵庫に入れる。帰るときに保冷剤を使って帰るのだ。さっきと同じ席に座るが、神崎君もまた、私の前に座った。理由がわからなくて見ると、ばつが悪そうにそっぽ向く。みんなと食べればいいのに。声に出したつもりはないのに、俺の自由でしょうと言われた。そうやって優しくするから、諦められないんだって。優しさは時に残酷なのだと、わかっているのかな。


「後輩が気を使うんじゃありません」

「別に気を使ってるわけではありません。ただ、たまには静かに食べようと思っただけです」


 嫌いじゃないくせに。くすくす笑う私にじろりと視線を寄越す。置いてあるフォークを取り、一口の大きさにケーキを切って妹弟にやるように口元に持っていく。


「ほら、あーん」

「な、なんですか」

「だって食べないから。さっさと食べさそうかと思って」

「子ども扱いはやめてください。自分で食べます」


 ケーキの乗ったフォークを皿の上に置いた。神崎君を子ども扱いしたわけじゃないが、そう感じたらしい。ごめんごめんと笑う。誠意が無いと言われたけど、正直あまり悪いと思っていない。そんな私と神崎君を部員と顧問が微笑ましく見ていたとは、思ってはいなかった。


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