隠して恋情
困ること
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神崎君は決して一人ではない。仲の良い友人はいるし、いろんな先輩からもかわいがられている。それは時に好きな相手として、ときに後輩として。なら、私は、どんなふうに、彼に構っているのか。自分でもわからない。好きって気持ちを認めたくなくて、でもただの後輩でもなくて、今さらになって私は気持ちを認めてしまいそうでいる。物足りない関係、と言えば本当になる。けれど、やはり彼氏という欲求は生まれない。中途半端な感情は夏休みまでくすぶって、現在は後輩二人とコスプレカフェの衣装選びに貸衣装屋に来ていた。
「神崎君にウィッグ被せて女装もいいよね」
「あえて男の子のままでもいいかも」
「あ、でも男装もいいかも。例えば……寺崎先輩とか」
「え、呼んだ?」
江戸や大正時代を模した売り子の衣装やアニメなどのコスプレもあり、なかなか珍しくて二人の話を聞いていなかった。なんとなく、文化祭の衣装の話をしていたのはわかったが、名前を呼ばれて混ざりに行く。いったいなんの話かと説明を求めれば、女装男装の話。男装は、最近は普段着にズボンを穿く女性も多いから普通だろう。しかし、女装となると神崎君しかいないわけで、必然的に決まりである。まあ、神崎君なら似合いそうだ。顔はかわいらしいし、名前も男女共に使える。以上の二点から、私たちはうなずいて神崎君に女装をさせることにした。男装は誰に、という話になり、今いる三人で負けた人が男装する、というルールのもとじゃんけんをした結果、私が負けた。つまり、私が男装すると言うこと。神崎君ほど痛手は無いからいいかな、と思う。
「もういっそのことさメイドにしちゃう?」
「それだと寺崎先輩はバトラーですね」
「そうだね。貸衣装って高そうだけど、予算は大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないですか? 黒字にすれば」
簡単に言うが、黒字にできるかはわからない。主に料理と接客にかかっている。しかし、例年通りなら黒字確定だ。そんな話をして結局、どんな衣装にするかだけ決めて、店に許可を得て写真を撮ったら今日は終わり。このあとは試作班と学校で合流する予定だ。だから制服なのだが、さすがに目立っているように思える。そんなことを気にするような彼女たちではなく、一通り見てから店を出た。私は衣装に花を咲かせる二人の後ろを歩く。話に入れないのは二人とは話したことがそんなにないからだ。私はいつも友人といるし、後輩と交流はあまりしない。神崎君は手伝ってくれるのもあって交流があるが、珍しいことだ。
彼女たちは楽しそうに今日の試作のことを話している。ベースは代々伝わっているものだが、盛り付けは自分で考えないといけないパンケーキは三種類かつ去年とかぶりが無いなら問題はない。しかし、やはり料理部調理班の技量が試されるのは確かだ。部長と副部長の友人と神崎君だから安心安定なのも確かである。私も楽しみなのだから、二人が楽しみにしているのも仕方がないというもの。初めてのときってわくわくするよね。
「先輩のクラスは何するんですか?」
「うちはたこ焼きをみんなやりたがったからたこ焼き屋」
「……なんでたこ焼き?」
「馴染み無いでしょ。たこ焼きって」
だからたこ焼き?って目で後輩が見てくる。頷くと「そんな理由で……」と呟く。だって仕方ない。みんな食べる機会が少ないのか、祭りの屋台くらいって言っていたからいいかなと思わないでもなかったんだ。
「一年は展示だからね。来年になったらどうなるかわからないよ」
「確かに。もしかしたら先輩みたいにたこ焼きするかもしれないね」
「うん。たこ焼きじゃなくても、調理が必要なら神崎君が任されそうだよね」
「確かに、任されそう」
「神崎君、上手だもんねえ」
「料理なら先輩だって上手じゃないですか」
「ありがとう。でも、神崎君と比べるとね〜」
……まあ、そうですね。
後輩のその言葉が心を抉る。きっと彼女たちも心を折れかけただろう。それほど、神崎君の料理スキルは高い。料理部に神崎君くらいの料理スキルの持ち主なんてきっと、試作組の二人くらいだ。
そんなしんみりした空気を追い出して文化祭の話に戻る。後輩は二人とも同じクラスで展示は学校の過去五年から十年の歴史と概要らしい。たこ焼き屋の方がまだ楽かもしれないと思った。最近のってそんなに資料ないよね。また空気が悪くなったので体育祭の話になった。戻りすぎだろうが話を変えたかったんだ。とりあえず言われたことは「神崎君に選ばれてずるい」だった。言われても困ることを言われた場合、何を言えばいいんだろね。