隠して恋情
あなたを譲りたくはない(side:神崎)
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あんなに動揺するとは思っていなかった。
あんな、焦ったような彼女を見たくなかった。
家族を除いて、友人を除いて、一番近い場所にいると、自負していた。
それが今、崩れさった気がした。
寺崎先輩と腐れ縁の穂積の逢い引きを目の当たりにして、俺は動揺した。キスをしかけていて、二人が付き合っているのだと思った。寺崎先輩に好きな人はいないと思っていた。ゆっくり懐柔しようと思っていたのに。なのに、意味をなさなかった。
「なーお?」
「っ!」
突然肩を組まれて息を飲む。いきなり俺にこんなことをする人物は一人しかいない。腐れ縁の穂積だけだ。穂積は一つ年上で、家が近所で幼馴染と言ってもいいが、いつ別れるかもわからないし、中学まではともかく高校は偶然同じ。腐れ縁と言った方がしっくりするくらい関係は希薄だ。
穂積は女遊びが激しい。しかし、その反面一途でもある。好きな人には一途だ。ここ最近、彼女がいたのは先月だったはず。いつだったか、好きな奴ができたと話したことがある。それが寺崎先輩だと気づいたのは、先ほどだが。その光景が焼き付いて離れないというのに、この男はニヤニヤと楽しそうに笑うだけだ。絞められる首が痛い。
「なん、ですか、穂積」
「おーこえぇ、こえ」
穂積は茶化すように首を締めていた腕を離して肩を竦める。そして射抜くような視線を見せた。俺に言いたいことがあるらしい。視線を合わせ、俺は穂積を待つ。
「――俺も狙ってるんだわ、あいつのこと」
「あいつ……寺崎先輩ですか」
そう、とだけ穂積は答える。つまり、二人は付き合っていない。その事実に安堵する。それと同時に、時間の問題だと思った。寺崎先輩のことだから、穂積と一緒にいることは少ないだろう。穂積も寺崎先輩と接点があまり無いから接触は少ないはずだ。けれど、先ほどのようなことをされてはいつ意識されるかわからない。あの人も存外負けず嫌いのところがあるから、じっと見つめる……そうか、さっきのはただ負けず嫌いが発揮されただけか。気づいて安心して、俺なりに牽制ができる。
「あの人、けっこう鈍いとこありますよ」
「知ってる。お前が自分から、進んで、話しかけるのは寺崎しかいねぇのに気づいちゃいねぇからな」
そこまで気づいていたのか。この男は。
「彼女が今、好きな人がいないなら俺は……」
「俺だって同じだよ。だから、な。これは一種の勝負だ」
「彼女が俺たち以外を選んだら?」
「そんときゃ二人で失恋祝いをすればいい」
どうやら、穂積は負けるつもりは無いらしい。俺も負けるかともかく、誰かに譲りたくはない。彼女を好きになったあのときから。