音の檻 | ナノ







「聖司さま、ありがとうございました」

服をすべてしまい終えて、ぺこりと一礼する。
……下着が出てきたときはどうしようかと思った。お仕事だから、と割りきれなくて思わず顔を真っ赤にしてしまった。
……直後、同じく顔を真っ赤にした聖司さまに、それはいい!!と取り上げられたけど。

聖司さまとこんなに長く一緒にいたのは初めてだ。

「もう教えないから、忘れるなよ」

「ふふ、はいっ!……あ」

「ん?」

聖司さまの袖口のボタンが取れかけているのを発見。わたしの視線に気づいた聖司さまが袖を見て、ああ、と思い出したように声をあげた。

「これか…さっきちょっと引っ掻けて」

ちょっと引っ張ってしまったら取れてしまいそう。これくらいならわたしにも直せる。確か、道具部屋に裁縫道具もあったはずだ。


「聖司さま、ちょっと待っててください!」

「は!?」

急になんなんだと怪訝そうな目でわたしを追う聖司さまを横目で見て、道具部屋へと急いだ。



裁縫道具を取って戻って来ると、聖司さまはソファに座って楽譜に目を通していた。

「遅い」

「すみません、お待たせしました」

聖司さまの足元で膝たちをすると、隣に座れと言ってくださった。
隣…うぅ、緊張する。浅く深呼吸してから、失礼します、と言いながらそっと隣に腰かける。ソファはびっくりするほど柔らかくてフワフワしていた。

「…ああもう、さっさとしろ」

ソファのフワフワ具合に感激していると聖司さまに睨まれてしまった。気を取り直して裁縫道具を広げ、聖司さまの手に触れる。

ひんやりとしていて、大きくてすらりとした手。少し筋張っている。わたしの手とは違う、…男の人の手だ。
意識してしまったらなぜか恥ずかしくなってしまったので、急いで手を放して袖口をつまんだ。

「付け直すのか?」

「はい。結構得意なんですよ、お裁縫。ボタンつけるくらいならすぐにできます」

「へぇ…」

もし針が刺さったら大変だから、といって、手はちょっと引っ込めててもらった。針に糸を通して、ボタンを縫い付けていく。
聖司さまはそれをずっと見ていた。

お裁縫は得意…というより、慣れていた。
数枚しかないドレスを長い間着まわしていたので、裾が破れてしまったり袖がほころびてしまったりと…直すためにしょっちゅう裁縫道具を広げていたから。


縫い終わり、しっかりついているボタンを眺めて聖司さまは感心の声をもらした。

「…本当だ。器用なんだな」

「ありがとうございます」

「なんだ、へたくそだったら笑ってやろうと思ってたのに」

「ふふっ。よかった」

「…ふん。これくらいで調子に乗るなよ」

「乗ってないです!また取れそうになったりしたら呼んでくださいね。いつでも直しますから!」

「ああ。そのときはな」

そう言って少しだけ眉を下げて、ふわりと笑った。ほんの一瞬で、すぐにいつもの少し不機嫌そうな顔に戻ってしまったけれど。


ピアノを弾くから出ていけ、と部屋を追い出されて、裁縫道具を戻しに向かう。


微かに聴こえてくる綺麗なピアノの音色。

聖司さまといっぱいおしゃべりも出来たし、何度か意地悪そうにだけど笑ってくれた。それに、先程の聖司さまの柔らかい笑み…このピアノの音色みたいに綺麗だったのを思い出して、思わず頬が緩んだ。




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