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「お互い、よくここまで歩いてきたものです」茜とナユタの恋のゆくえ ナユタ・サードマディ&宝月茜 / 逆転裁判 | テキスト | 38min | 初出20160703

レモンシロップひとさじの恋


1

 ふわりと香ったのは檸檬のかおりだった。宝月茜は、左隣にいるナユタ・サードマディを見る。彼は、瞑想に徹していた。身動き一つしない。眉すらも動かさない。茜は、その神々しいともとれる佇まいに、思わず重めの溜息をついた。
 鼻が慣れたのか、檸檬のかおりは先程のように鮮明に感じられなくなっていた。
 ナユタは、クライン王国の僧侶であり検事である。僧侶なのだから、お香のかおりでもしそうなものである。でも、茜は今までナユタと一緒にいて、あまりお香のかおりを感じたことはなかった。彼からは、いつでも優しく儚い柑橘のかおりがするのだ。
 茜とナユタは、クライン王国に向かう飛行機の中にいる。茜は日本の刑事でありながらも、クライン王国に度々駆りだされては仕事をしている。初めは一つの事件だけ、ここの捜査だけ、と限定的な依頼だったが、それは段々と横暴さを増し、現在ではひと月の半分は海外にいるという、大変多忙な毎日を送っている。茜のパスポートは今やスタンプだらけだ。忙しくていつどのくらい居たのかを覚えていなくても、パスポートを見ればきちんと記録されている。
 茜はナユタを横目でちらりと見る。プラチナブロンドの美しい長髪、一瞬女性かと思うほどの白い肌、細い体躯。悉くふしぎな男性である。そのようにじっと見ていると、彼は切れ長の目をぱちりと開けて、茜の方へ目線をやる。いきなり目を開けたこと、明るい翡翠のような色の瞳に、茜はどきっと心臓が跳ねるのを感じたが、彼女のその目は依然として彼に釘付けだった。
「宝月刑事」
「は、はい!?」
「窓の外が見たいなら、席を替わりますが?」
 細い指を窓に突きつけ、ナユタは言った。
「え。あの、いいえ、結構です……」
「そうですか」ナユタはまた前を向き、瞼を閉じた。
 ナユタは窓側、茜は中央席に座っていた。窓際のほうが良い席、という認識を持った茜が、我先にと譲ったのである。ビジネスクラスの広々とした席は、普段あまり乗る機会に恵まれない茜には大変新鮮だった。ナユタと茜の間にも十分な広さの通路がある。ゆえに、彼との間には、適度な距離がある。それなのに檸檬の香がかおったのは、そのかおりが特徴的だったからなのか、はたまた良い匂いだからなのか。
 たしかに檸檬のかおりは好きだけれど。
 茜は心のなかでぼそっと呟いて、私物の音楽プレーヤーとイヤホンで耳をふさぎ、再生ボタンを押した。アメリカのディスコ・ミュージック。留学していたときに好きになったアーティストの新曲だった。茜は音楽のことはよく判らないけれど、このアーティストの曲は何かしら心を打つものがある、と感じていた。歌詞についても、根っからのネイティブではない茜は、このように適当に解釈してしまった。
「時間は早くどこかへ行ってしまう
 走り去っていってしまう
 私も一緒に走っていって
 夢や愛をたくさん手に入れた
 でも、時間は、それを黙って見ているだけだ」


2

 三ヶ月経とうとしているらしかった。それは、ナユタにとっても王泥喜法介にとっても大きな事件が解決したときから経過した期間だった。茜はそれを、やはりパスポートのスタンプの日付を見て悟った。
 日本と同様、クライン王国もなかなか暑かった。カラッとした暑さが、余計に海外を感じさせた。茜は慣れた様子で空港を通過し、ナユタの後ろについて今回の事件の現場へ直行する。トランクはがらがらと大きな音をたてて、茜の後ろをついて回った。
「宝月刑事、そのトランクの音はどうにもならないのですか」
 ナユタはうんざりした様子で振り返った。茜は少しむっとする。誰のせいでこんなものを持ち運ぶ羽目になっていると思っているんですか、と思わず噛み付きそうになる。しかし、茜はその気持ちをぐっと堪えた。あまり気持ちを荒立てると、ナユタから有難い説法をいただくことになってしまうのだ。ナユタのせいで、茜の忍耐力は以前とは比べ物にならないほど成長していた。
「ホテルに寄る時間がないので、やむを得ず現場へ持って行こうと思っています」
「音もさながら、重いでしょう」
「修行だと思えば、これくらい」
 茜はにっと笑ってみせた。どうでもいいから早く引き下がってくれ、という一心だった。会話が長引くと、どうしても綻びが出てしまう。無理して大人びた対応をしているせいで、茜の心と言動の差はどんどん開くばかりなのである。そして綻びが出てしまうと、有難い説法一時間コースが待っている。
 しかし、ナユタは未だに茜の方をじっと見ている。茜はいよいよ、じりじりと焦ってきた。どうしたら納得してくれるのかしら、音がそんなに耳障り? でもね、そもそもあなたがわたしをこき使うから……と、そこまで思って茜は再度踏みとどまる。いけない、いけない。危ないところだった。
「まだ、何か?」茜は優雅に微笑んで大人の対応をした。
「拙宅がすぐそこにあります」
「はあ」
「いかがでしょう、置いて行かれては」
 ナユタはひらりと蝶が舞うような、軽い様子で提案した。茜は一拍置いてから、驚きの声をあげる。ナユタ検事の、家。茜は気が動転して、一言も返事をしないまま十数秒経過させてしまった。ナユタはその間も無心に彼女の言葉を待った。さすがに瞬きくらいはしているが、ほぼ動じず、ずっと茜の顔と様子を伺いながら直立不動、その佇まいはまさに仏と言わんばかり……のものだった。クライン王国では有名人でもあるナユタは、立っているだけで人目を引き、先程から往来の中でも妙に注目を集めている。
「宝月刑事、時間がないのに、こんなことに三十秒ほど遣ってしまいましたね」
「あ! はい、すみません……」
「重いことでしょうし、置いていきましょう、お荷物を」
「あ、ええ、そうですよね! そうしましょう!」
「……何か、気がかりなことでもあるのですか?」
「あ……」
 翡翠の瞳で覗き込まれる。茜は心をぎゅうと締めあげられているような心地がした。
「いや、ナユタ検事も、生活しているんだなあって……」
 しまった。今の発言は、確実に失言だった。
 時が永遠に止まったような、気が遠のくような、そんな寒気が茜を襲う。しかし、ナユタは機嫌よく、ふっと笑い、
「人間の暮らしを全うしてこそ、僧侶の職に顔向け出来るというものです」
 という大変ご利益のあるお言葉を茜に投げかけてくださった。
 ナユタがくるりと前を向いてしまうと、茜は全身に怠い疲れのようなものを感じた。疲れる。ふわふわ検事と一緒にいると、疲れる。そんな気持ちを、笑顔の下に力一杯押し込ながら、がらがらとトランクケースを引きずったのであった。

 空港近くの小さな街に、ナユタの家はあった。ナユタは王族と認められるまでの間はこの家で暮らしていた、と道中茜に詳しく説明をした。現在は王宮の方へ住居を移動させたが、この家は所有したままであり、度々立ち寄っては寛いだり物思いに耽ったりするようである。
 ナユタは何が入っているのか分からないほどの小さな鞄から鍵を取り出し解錠した。篭った空気が流れ込んでくるが、湿気を帯びた嫌味のあるものではない、冷ややかで落ち着いた空気だった。板張りの床には幾何学の絨毯が敷いてある。テレビはなく、低い本棚と衣類掛け、机と椅子しかなかった。
「玄関のところに適当に置いてください」
「ありがとうございます……。あの、ナユタ検事って、そういえば荷物ないんですか?」
「ありますよ。ただ、持ち歩く前に使用人が持って行ってしまうのです」
「あ、そうですよね……」
 そういえばこの人、王子様なんだよなあ、と茜は再認識する。
「まあ……そういう生活も、もう暫く先までありませんけれど。海外へ行く仕事は、実はこのあいだの日本の件で最後だったのです。クラインの司法を整える方が先ですから」
 薄く笑って、ナユタは茜を部屋から出す。鍵を掛けてしまうと、こつこつと足早に廊下を歩き始める。茜も身軽になった身体で追いかけた。
「日本、最後だったんですね」茜はナユタの背中に向かって話し掛ける。
「ええ」
 二人の間に沈黙が流れる。
「あー、ええと。観光とか、できました?」
「したように見えますか?」
「えっ。うーんと……見えます」
 ナユタは顔を茜に向けて冷笑する。「それはそれは」
「え? 結局、どっちなんですか?」
「宝月刑事が観光に誘ってくれたらよかったのに、とは思いましたよ」
 行っていないのか、と茜は少し気まずく思った。
「宝月刑事こそ、クラインは楽しんでいただけていますか。もし日数に余裕があれば、ご案内しますが」
「いえ、結構タイトなスケジュールを組まれましたから……ナユタ検事が」
「ええ、宝月刑事が一生懸命やれば、一日くらい空きが出ると思いますよ」
 ああ、トランクケースから花林糖もってくればよかった! 茜は舌を噛みたくなるほど後悔して、ナユタの意地悪な言い方に「はい」と言うのみだった。

 現場へ到着すると、すでに現地の警察により一通りの調査は済んでいて、その報告書が茜とナユタに提出された。茜はそれに目を通し、現場の遺体付近に近づいた。茜はいつもそこから調査を始めるようにしている。化学調査が好きな彼女は、事件解決の手立てになるのはもちろん、実験台をとにかく探したいので、かなり現場を検証する。細かく観察して、髪の毛を拾ったり、拭き取られた血痕を見つけたり、人の触りそうな場所の指紋を一通り採った。そうやって熱中している茜を、ナユタは遠くからちらちらと目配せするように見つめた。そうして、時計を見る。
「宝月刑事、窓のところの指紋は採りましたか?」
「いえ、まだです」
「犯人は窓から逃亡しています。そこの指紋を採ったら、警察局に行って遺体解剖を見ますよ」
「え、でもまだ……」
 化学調査してません、と言いそうになって茜は口を噤む。ナユタは続けて「目撃者もいます。被疑者も捕まっています。逃走経路もはっきりしているので、その周りだけの調査でひとまず十分です」と論破する。茜は残念な気持ちを抑えつつ、「はい」と言った。
 現場を出ると、ナユタは携帯電話で車を呼んだ。待っている間にも、彼はあちこちに電話していた。窓の指紋は、被疑者と被害者のものだけだった。茜は、もっといろんな指紋を照合したかったなぁ……と肩を落としながら、隣で異国の言葉で電話越しの会話を続ける彼の声を聴いて、遠い目をした。


3

 日本を出る前に、茜は久々に牙琉響也と仕事をする羽目になる。その男は相変わらず黒と紫のジャケットスーツに身を包み、じゃらじゃらとした金属音を響かせて歩く男だった。
 茜が携わったのは、初動捜査の本当に初日だけだった。本当は序審最後まで担当しなければならないのだが、国際検事に呼ばれているという事情もあって免除となったのだった。現場を一通り調べて、検死結果を受け取って自ら中身を確認し、問題がないと判ると、資料をすべて引き継ぎ先の刑事に渡した。その次の日の裁判から、その刑事が事件を担当するのである。先輩の刑事だった。他にもたくさん事件を抱えているようで、あまり、いい顔はされなかった。
 次いで、茜は担当検事である牙琉に資料を渡しに検事局まで出向いた。仕事をするのが勿体無いくらい、空は青く晴れ上がっていた。
 牙琉の部屋のドアをノックする。「どうぞ」というテノールボイスが、ドア越しにくぐもって聴こえた。茜は心を落ち着かせて入る。怒ったら負けよ、茜! と自分に言い聞かせながら、静かにドアを開けた。
 牙琉は、デスクについていた。机の上は、仕事している様子が見受けられないほど綺麗に片付いていた。そういえばいつも牙琉検事のデスクは綺麗だったな、と茜はどうでもいいことを思い出してしまう。仕事をしているそぶりが無くて、無さすぎて、それがあまり好かないのだと思ったことも。
 茜はデスクの前まで真っ直ぐ歩いていく。牙琉がこちらをじっと見ているのは気づいていたが、目を合わせることはなかった。
「明日の裁判の資料です。わたしの代わりに、澤という刑事が引き継いでいます」
「あれ? 明日はきみじゃないのかい」
「検事局長から訊いてはいませんか?」
 茜は訝しげに問う。牙琉はもらったばかりの資料をぱらぱらと捲り、「ああ、もしかして、例の国際検事かな?」と言った。
「最近見ないと思ったら、何やら大変なことに巻き込まれているみたいだね。検事局でも噂になっているよ」
 牙琉は資料に目を通しながら、茜に話を切り出す。
「噂? なんですか」
「悪い噂ではないよ。出世したなぁとか、立派だなぁとか、そんなものさ」
 気障に笑う牙琉に、茜は目を背けた。「おや、今日の茜くんは怒らないんだね」と牙琉は腰をかがめて様子を伺う。茜は初めて呼ばれる呼び名に、さすがに驚いて後ずさった。
「あ、あ、あ、茜くん……!?」
「刑事くん、だと、誰だか判らないだろう? 現に僕には今、別の部下がいるんだからさ」
「だからって下の名前で呼ばないでください! あと、前々から思ってましたけど、くん付けも嫌です!」
「ははは」牙琉は笑うだけで返事はしなかった。
 茜はもやもや考え事をしながら、手元のファイルを抱え直した。「それは?」牙琉はファイルを指差して訊ねる。
「これは、別の事件の資料です」
「ナユタ検事の?」
 茜は少しの間をおいて、嫌々頷いた。
「へえ、まさに噂通りなんだね」
「……あの。噂って本当にあれだけですか?」
「さあ、どうでしょう?」牙琉は器用にはぐらかす。「それより、僕も茜くんをオファーすれば日本に残ってくれるのかな」
「え、嫌です」茜は小さく答えた。
「うん? 聴こえなかったよ」
「い、や、で、す!」
 茜は歳不相応に舌をべえっと出して、ヒールを響かせ走り去ってしまう。茜が部屋を出て、ひらりと浮いた白衣の裾も見えなくなってしまうと、牙琉は悩ましげに溜息をつく。
「ナユタ検事と宝月刑事の恋愛の噂が出回ってるって、言った方がよかったかな?」
 彼のつぶやきに応えるものは、いなかった。「やれやれ」牙琉は席を立ち、開けっ放しの出入り口に近づく。「ドアぐらい閉めてってほしいよ」


4

 ナユタと共に検死に立ち会った茜は、ややげんなりしていた。日本と違って、クラインはまだまだ化学的な発展の乏しい国である。牧歌的というのか、時代遅れというのか。とにかく遺体の保存状態が悪くて、体調に支障をきたしてしまうほどだった。そして、立ち会ったわりには、特に収穫はなかった。凶器は見つかっているし、傷口とも一致するし、判ったことといえば、これはかなりありきたりな事件だということくらいだった。
「ホースケはまた苦しまされることでしょう」
 ナユタはどこか可笑しそうに言った。腕には先ほどの検死結果のファイルが大事に抱え込まれている。「ここまで明白な事件が他にありますか?」
 ナユタはなんだか、ご機嫌だった。他の人から見たらいつも通りかもしれないが、長らく接するうちに、起伏の少ない彼の感情が少し判るようになってしまったのだ。機嫌が良くなると、彼は少し饒舌になる。茜は彼のおしゃべりに適当に相槌を打って、斜め後ろをかつかつ歩いていた。ナユタはとても脚が長くて一歩が大きいのだ。付いて回るので精一杯だった。
「これから現場に戻るんですよね」
 茜は時計を見ながら言った。まだ日が暮れるまで時間がある。調べ尽くしてもいないし、もしかしたら、今の時間なら王泥喜がいるかもしれない、と茜は思った。この国に一人しかいない弁護士で、同郷の知り合いということで、茜はそのよしみで色々教えてあげられれば、と思ったのだ。もちろん、ナユタの目を盗んで、ということになるが。
 しかしナユタは「戻りませんよ」とにっこり笑って否定した。
「じゃあ、検事局まで戻りますか? 明日の裁判の打ち合わせと、証人の手配を?」
「それはもう、済んでいます」
 え、と茜は言った。いつもは、前までは、容赦無く晩まで働かされたというのに。今日は驚くほど、茜のやれる仕事が残されていないようだった。
「じゃ、じゃあ今日はもう上がっていいんでしょうか……?」
 茜は恐る恐る訊ねる。
「いいえ。これから、食事に連れて行って差し上げます」
「食事?」
「クラインの料理、ちゃんと食べていないでしょう?」
 ナユタはふっと目を細めて、とても綺麗に微笑んだ。その笑みは天女が空から舞い降りてくるような神々しさ、大仏のたたえるやさしい思慮深さを持ち得ているようだった。茜は、息を呑む。思わず、心がとかされるような気持ちになってしまう。
 何を固まっているんですか、とナユタに怪訝そうに訊かれるまで、茜は思考が停止していた。それからまた返事を返すのに数秒要し、ナユタが呼んだ車に乗るのにまた数秒かかった。「あなたは時に、とても要領が悪くなりますね」というナユタの歯に衣着せぬ発言を理解したのも、かなり後のことだった。


5

 その二週間の滞在は、茜にとってはまさに夢を見ているようだった。ナユタは毎晩茜にクラインの街を紹介して歩き、時に王宮へ招いてくれることもあった。茜は思わずかしこまってしまうが、ナユタはそんな彼女の心配を物ともせず、どこ吹く風の様子だった。
 以前までは何かにつけて有難い教えを叩き込んでくるナユタであったが、茜はここのところその教えを受けることは無くなってきていた。見違えるほどの、掌の返しようである。茜は、認められるほど自分の忍耐力が上がったとは思えなかった。そもそも、ナユタは今、僧侶なのだろうか。それすらも茜には判らない。王子様って、僧侶になれるものなの?
「茜さんすごい! またクラインへ行ってきたんですか?」
 希月心音弁護士が目を輝かせて言った。「海外出張なんて、すっごいエリートですね!」
 彼女は、今回の事件の担当弁護士のようである。成歩堂の事務所にいる、王泥喜の後輩でもある女の子だ。茜は若くて明るい彼女に解剖記録を渡し、事件のあらましを説明する。運の悪いことに、茜はふたたび牙琉とタッグを組まされてしまった。帰国したばかりの刑事と組ませるなんて、ああ見えて意外と人気ないんじゃないの、と茜は忌憚のある非難を心の中で彼に浴びせる。
「茜さんって、ほんと親切」心音は茜の情報提供を大変喜んだ。
「じゃらじゃら検事の方針なの。相手にも情報を与えなさいって」
「きゃあ、素敵ですね! そういえば牙琉さん、そんな感じの人でしたね」
「まあ、ね。心音ちゃんなら、どんな検事が上司でも目を盗んで色々教えてあげたいけどね」
 茜が笑うと、心音も嬉しそうにした。

 牙琉は後から現場にやってきた。いろんな場所にあちこち目配せしながら、ふらりと茜のそばに寄る。まるで散歩中の猫のようだった。
「有用な証拠品はなかった?」
「現場付近に壊れた腕時計が落ちていましたけど」
 茜はメモ帳にペンを走らせながら素っ気なく答えた。
「それで終わり?」
「はい。それで終わりです」
 本当にそれだけだった。道路の端で起きた事件のため、それほど大きな証拠が残っていなかった。
「茜くん、この後は暇?」
「あいにく忙しいです」茜は口から出まかせを言う。
「仕事の話をしたいんだ。なにせ、また茜くんを僕の部下に戻すそうじゃないか」
「なんですって?」
 茜はそこでやっと顔を上げた。牙琉とばちっと目線がぶつかる。まるで映画のワンシーンのようだ。
「戻すって、誰が決めたんですか?」
「局長だよ」
 茜は言葉を喉に詰まらせる。局長の命令とあっては、逆らえない。なにしろ、茜はその人物に色々と世話を焼いてもらったということもあり、尊敬しているのだ。
 かといって、この男の元に戻すなんてとても悪戯だと思った。思ったところで覆らない事実なのだが、思わずにはいられなかった。
「でも、わたし、二週間後にはまたクラインへ行きますよ」
「そう? 局長は、それはなしになったって言っていたけど」
 そんなこと、聞いていない。茜は牙琉に訊き直す。しかし、彼は困ったように笑って、「しっかりこの耳で訊いたんだけどなあ」と言うのみであった。
 そんなことを急に、しかも牙琉に言われて信じられるだろうか? でも、茜は胸の奥が雑にまさぐられた気がした。心の中に森があるとすれば、いまごろ曇り空に覆われ冷たい風が吹いていることだろう。茜の中には、一つの疑惑が渦巻いていた。
 いったい、どちらが?
 どちらから、断ち切ってしまったのだろう。
 茜は考えはじめてしまう。
「茜くん?」
 牙琉は何度か彼女の名前を呼んだ。茜くん、茜くん。刑事くん。四回目くらいで、彼女はやっと返事らしい返事をした。見たことがないくらい、弱々しい笑顔だった。そして、その目は、牙琉を一ミリだって映していなかった。


6

 茜の刑事としての経験、化学捜査官としての心意気を初めて買ってくれた上司は、ナユタが初めてだった、と茜は思う。人手の足りない警察署で思うような仕事はやっていかれず、目の前にあるものをとにかく片付けていく日々だった。化学捜査官になってからも、茜は刑事を降りることができなかった。なまじ経験があるので、それなりに使えると判断されたのだろう。
 茜はふてくされながらもずっと、前を向いてきた。一生懸命走っても、夢や愛は両手に舞い降りてはこなかった。あるいは、すでに手の中にあるのだけれど、それは茜を少しも癒さなかった。時間は無情にただ過ぎて、彼女は二十七歳になった。
 あのあと局長に直接訊いてみた。クラインにはもう行かなくていいのか、と。局長は表情ひとつ変えずに肯いた。「うむ。もう充分だと、今朝方連絡があった。今まで、ご苦労だった」
 あれからナユタには、連絡を取っていなかった。取ったところで、何かを伝えたいわけでも、訊きたいわけでもなかった。茜は何度もディスプレイのナユタの電話番号を見つめては、発信ボタンだけ押せないままでいた。押さなくてもいい。押す必要は、どこにもないのだから。

 茜は仕事を終えて、ほとんど上の空のうちにアパートの一室に戻ってくる。牙琉が晩御飯を奢ると言ったが、断って真っ直ぐ帰路へついた。家に着いて上着とスカートを脱いでしまうと、シャツ一枚でベッドへ倒れこむ。自分の匂いがした。可愛くも美しくもない、どうしようもない自分の匂い。
 目を瞑って、クラインの景色を思い出そうとする。香草のかおりがよく似合う街だった。クラインの人はなにかしらハーブのようなかおりを纏っていた。爽やかな異国のかおりだった。
 次に、ナユタの檸檬のかおりを思い出そうとしてみる。それは簡単なようで、難しかった。捕らえたと思ったのに、するっと逃げていってしまうのだ。甘くてきゅっとした、檸檬のかおり。急ごしらえで纏ったかおりではない。それは彼の一部として、パズルのピースがぴったりはまるように存在しているものだった。
 茜はふたたび息を大きく吸い込んだ。自分の匂いが胸いっぱいに広がって沈んでしまう。マリア・リゲルのオーデコロンで飾った自身の一部は、でき損ないの花飾りみたいだった。
 その晩、茜は夢を見る。出張中、一日休みをもらった日のことだった。ナユタは茜のホテルのフロントまでやってきて、連れていきたいところがある、と言った。そうして連れて行かれた場所は、車で一時間行ったところの、郊外の高原だった。
 夏なのにそこは涼しい風が吹いていた。標高が高いのだろう。街並みも一望できるような高い場所だった。
「ここはガイドブックには載っていません」ナユタはよく通る声で呟く。「とても入り組んでいて、プライベートな場所なのです。外部の者を入れたくないのでしょう」
「そんな場所に、わたしが入っていいんですか」
 茜は、ごく当たり前の疑問を呈した。
「いいんですよ。クラインの人が連れて来たいと思った人なら、誰でもね」
 よもや茜はそんなことを言われると思わず、彼から顔を背けてしまう。いったいそこにはどんな意味が含まれているのか、あまり真面目に考えないほうがいいと思われた。
「昔、ここでホースケと一緒に遊びました。原っぱでごろごろ転がりっこをして、草まみれになって、大笑いをして。ホースケは昔から声が大きくて、大人しかった拙僧の背中をいつも押してくれていました。彼がいたら何でもできるような気がしたものです。でも、それは人生の中でも最も短い出来事でした。拙僧は、長くて暗い道のりを、殆ど一人で歩まなくてはならなかった」
 ナユタはそこまで語ると一息ついた。茜は彼の様子を、言葉を、全神経を集中させて訊いていた。そうしようとしてそうなったのではなく、ナユタがそうさせたのである。
「宝月刑事には、なにかしら似た雰囲気を感じるのです。失礼な邪推でしたら、謝ります」
「いいえ、そんなに遠くはありません」茜は昔を思い出しながら言った。「ナユタ検事ほど、大変な思いはしていませんが」
「そうですか」ナユタは微笑んだ。
「人の辛さは、比べることのできない痛みです。あなたの経験した痛みと、拙僧の経験した痛みは、同じ重さを持っているといえます」
 茜は、自分の身体の中が泉の水で満たされるような気持ちを得た。ナユタは茜の手を取って、優しく繋いだ。
「お互い、よくここまで歩いてきたものです」
 ふたりはしばらく眼下を眺めていた。可愛らしいミニチュアのような家々を眺めていると、まるでここは天国で、自分たちはそこに遣わす天使にでもなった気分だった。空から見つめるには、人間はあまりにも小さかった。神様や天使の気まぐれで人間を弄ぶなんていうのは、人間の考えた滑稽な作り話に過ぎなかった。結局ここの箱庭で起きていることのすべては個の人間の個の思惑によるものであり、それは自発的に発生し、連鎖して、消滅していくもののように思えた。時に心を奪われるような激しい情に苛まれることもあるのかもしれない。あるいは、修行を重ねて、そういうものを限りなくゼロに近づける者もいる。どちらでもない人もいる。どちらにもなりたくない、わたしがいる。

「ねえ」ナユタが言う。「転がりっこをしませんか」
 わたしは、彼の顔を見つめた。その表情は、以前少しだけ見ることのできた彼の昔のポートレイトと同じものだった。
 わたしは静かに俯いた。ナユタは苦笑いをして、「いえ、いいんです、今のは忘れてください」と言う。「わたしたちはもう、おとなになってしまったのですから……」
 わたしは、またじっとナユタの顔を見た。ナユタも情の混ざり切った表情で、わたしを見た。
「転がりっこは諦めます。最後に、指切りだけしていただけませんか」
「指切り?」
「何も心配することはありません。約束も要りません。指切りだけでいいのです」
 わたしはナユタの小指に、自分の小指をそっと絡ませた。細く見えていた彼の指は、わたしの指とほとんど同じサイズだった。小さく優しく、ゆっくりと、手を上下に振る。そうして、ナユタの小指は離れていった。
「ありがとう」

 茜は、そこで目を醒ます。


7

 茜は、翌月の頭に溜まりに溜まった有給を消化したいと申請した。刑事部の部長は、今抱えている仕事を終わらせられれば取っても構わないと言った。茜は承諾して、現場へ向かう。昨日の裁判を受け、再捜査が必要となったのである。
 牙琉はすでに現場に居た。茜が顔を出すと、「あ、きたきた」という顔をして手招きする。
「待っていたよ刑事くん。新しく出てきたこの革手袋の指紋を採ってくれないか?」
 茜は自身も手袋をして、その証拠品を預かった。道具セットの中から粉とアルミを取り出す。粉を塗し、息を吹きかける。浮き出た指紋を採取する。慣れた手つきで作業に没頭した。
 牙琉はしばらくどこかへ行ってしまっていたが、ビニル袋の音を立てながら戻ってくると、茜の側にチルドのコーヒー飲料をそっと置いた。茜は思わず顔を上げる。彼は気障にウインクしながら「元気はでたかい?」と訊いた。
「正直、あまり元気ではありませんけど」
「うん」
「わたし、来月お休みをいただいて、クラインに行こうと思います」
「お、いいね」
「不在が続いてご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
 牙琉はブラックコーヒーの小さな缶を開けると、くっと傾けて口にした。
「ちゃんと戻って来てくれたら、僕は歓迎するよ」
 茜は黙った。おそらく、日本に戻ってくるとは思うのだが、クラインに行ってどうするべきなのか、未だに自分の中でも判断がついていないのだ。
「まあ、君は優秀だからね。海外でも器用にやっていけるさ」
「よ、余計なお世話です」
「ははは。刑事くんはそうでなくっちゃ」
 笑いながら牙琉は遠くへ行ってしまう。そして、ビニル袋にまだ入っていた飲料を、捜査に当たっている他の女性捜査官に配り歩く。女性たちはきゃあきゃあ騒ぎ、牙琉を囲ってしまう。餌に群がる鳩みたいだなと思ってしまう。
 茜は、何か憑き物が落ちたような心持ちになった。捻れた紐が真っ直ぐになって適正な長さを得たような、そういう寂しさを含んだものだった。感情を抜きにすれば、絶対的に正しい物差しだった。
 茜は証拠品をきちんとしまい、手袋を外すと、チルドのコーヒーを飲む。結露した水滴が膝の上へ垂れた。今日ももうじき、蝉がわんわん鳴き始めるだろう。なにせ夏の真っ只中で、蜃気楼が出そうなほど暑いのだから。

 翌月というものは、案外すぐにやってきた。仕事は思っていたよりもあっさりと片付き、茜は無事航空券をにぎりしめている。かつて無表情な彼に嫌な顔をさせたあのトランクケースに、夢とか希望とか愛とかはよそに、服と化粧品と化学捜査道具とサニタリーを詰め込んで勢いよく蓋を閉める。出張に行くのと何一つ変わらなかった。こき使われていたあのころと同じように、クラインに向かうだけなのだ。
 それは本当に通い慣れた道だった。茜は大して意識を集中させなくても、簡単に市街まで辿り着くことができた。一か月振りのクラインは、さらに暑さを増していた。でも、東京ほど嫌な暑さではない。ドライで、来るもの拒まず去る者追わず、といった空気があった。
 茜はまず王泥喜のもとを訪ねることにした。検事局に内通者もいないし、茜はクラインの言葉も判らない。限られた選択肢の中で、言語の通う知人を訪ねるのは自然なことだった。
 王泥喜はちょうど事務所にいて、茜は奇跡的に会うことができた。彼は猫の手も借りたいと言わんばかりに多忙のようで、事務所はとにかく散らかっていた。
「茜さん! 茜さん……!」
 王泥喜は、運命の再会とでも言いだしそうなほどに、茜の来訪に感激していた。悪い気はしなかったものの、茜は一応「どうしたの」と訊く。
「いえ、もうクラインには来ないと思っていたので……」
「どうしてそう思ったの?」
「ナユタが……あ、いえ、今のは忘れてください」
 王泥喜は「しまった」という顔をしながら口を噤む。しかしもう遅かった。彼の名前が出た時点で、それを忘れ去ってしまうことなどできない。
「わたし、ナユタ検事に会いに来たのよ。急に仕事を断られちゃったの。もう充分だって、そう訊いてるわ。ねえ、彼のことでわたしに関係あることがあったら教えてほしいの。お願い! ……。でも……彼がわたしを拒んでいるのだったら……、わたしはもう全部諦めて、日本に帰ることにする」
「茜さん……」
「駄目かしら……?」
 声が震えそうになるのを、茜はむりやり息の量を増やすことによって防いだ。でも、そんな抵抗も王泥喜に見抜かれてしまっている。彼は大きな深呼吸をすると、「いずれ判ってしまうことだから……」と口火を切った。
「ナユタは、検事の仕事からも、僧侶としての立場からも、退こうとしています。王族として認められつつあるんです。公務が積もるほどあると訊いています。きっと王子としての責務に追われているんだと思います。俺も、暫く会っていません」
 茜は絶句した。そうだ、その可能性を全く考えていなかった。ナユタ検事は、もはや検事では居られなくなってしまったのだ。王族の血を引く彼は、長年の隠れ蓑から脱し、元の鞘に収まった。だから刑事とも仕事をしない。たったそれだけのことだった。
 そうなってくると、ここまで来てしまったのがなんだか莫迦らしく思えてきてしまう。個人的な思い上がりに過ぎなかったのだ。茜は、屈折した想いの末に断ち切られてしまったのだとばかり思っていた。でも、実際はかなり物理的な話だった。どちらにせよ、あの頃にはもう戻れないのだ。これは宿命である。
「でも」王泥喜は口を開く。「ナユタは、茜さんのこと、好きだったと思いますよ」
 茜はぱっと顔を上げる。その頬には一筋涙が流れていた。王泥喜は大慌てでハンカチを取り出し、茜に差し出した。茜も茜で、自分が泣いていることさえ気づいていなかったので、今目の前で起きている出来事を飲み込むのに少し時間がかかった。
「その、恋愛的な意味なのか、友情的な意味なのかは、判りませんけど。だって、口止めされたんですから。茜さんには絶対言うなって。茜さんには夢があるから、自分が邪魔をしてはいけないんだって」
 茜はそれを訊いて、ばらばらだった事象が繋がって一つの真実になったという確信を持った。王泥喜は茜が具体的に言う前に電話を手に取る。彼にも何かしら真実が見えたようだった。
「ここの住所の店に、俺の名前で席を予約してあります。ナユタは十八時に来ます。俺との食事だと思い込んでやって来ます。後は、二人にお任せします」
 茜は王泥喜に深く深く礼を言った。言っても言っても言い切れないくらいだったが、「和解の場を設けるのも弁護士の仕事のうちですから」と笑ってくれた。
 茜は確かな足取りで王泥喜法律事務所を去った。


8

 茜はわざと待ち合わせの時間より遅めに店に向かった。自分の姿を見るなり、相手が逃げるのではないかと思ったのである。その思惑は、結構当たっていたかもしれない。ナユタは歩み寄ってきた茜を見て、「ポルッ……!」と驚嘆の母国語を口走っていた。
「お久しぶりですね、ナユタさん」
「宝月……刑事」
「彼の名前で騙してごめんなさい」
 茜が向かいの席に座るのを、ナユタは言葉を失くし見ていた。茜は、何を言おうか迷った。言いたいことは山ほどあるようで、実はそんなにないような気もした。
「拙僧に、何の御用です」
 早くも平静を取り戻したナユタが言う。茜は取り繕うこともせず答えた。
「デートしたいと思うのは、いけませんか?」
「デート、ですって」
「ナユタさんのせいですよ、わたしが今ここにいるのは」
 ウェイターが空気を読まずオーダーを取りに来た。茜はフルーツドリンクのようなものとシュリンプ・サラダ、ヤクの煮物を頼み、ナユタは炭酸水と春巻きと魚の香草焼きを頼んだ。
「そのご様子だと、ホースケから色々お聞きになりましたね」
「聞きました。検事の仕事を少なくしているとか」
「国際検事の立場を過去のものにしようと決めたのです。拙僧が動くたびSPも使用人も大勢ついて回り、おまけに国の仕事も溜まります。ですから、勇退したのです」
「クラインの観光案内をしてくれたのは、そのせいですか?」
 ナユタは、何も言わない。
「おかしいと思ったんです。急に優しく接してきて、毎晩一緒にご飯を食べて、いろんな景色を見て、いろんなことを喋って、たまに笑って、高原にも連れて行ってもらって……」茜はだんだん涙声になる。「手をつないで、今までよく頑張りましたねって微笑んで、指切りを……しましたよね。あなたは、それに何を願ったんですか? わたしがそれを知らないまま、日本で化学捜査官として元気にやってるって思ってました?」
 ナユタの表情は、少しずつ悲愴を帯びてきた。慣れた人でないと判らないくらいの変化だ。
「あなたには、夢がある」
「でも、愛がないわ」
 再びの沈黙が二人の間に流れる。またも空気を読まず、飲み物と料理が運ばれてきた。その料理たちはこの気まずい空気なんて知らないという顔で、整然と盛り付けられている。焦りや動揺のようなものが一切ない、素晴らしい盛り付けだった。
「アカネ」ナユタは初々しく名前を呼ぶ。茜は続きの言葉を待った。
「わたしはきっと、あなたに背負わせ過ぎる。国も、責任も、そして気持ちも」
「なら、もう充分背負わされています。後に引けないくらいに」
 張り詰めていた空気が少しずつ緩んでいく。茜は小指を差し出した。ナユタはきょとんとそれを見る。
「あのとき何を願ったんですか?」
「あなたが幸せになりますように、と願いました」
「じゃあ」茜ははにかむ。「今度は一緒に幸せになりましょう、ですね」
 それを聞いてナユタは、小指をすっと絡め、
「いいえ、幸せにします。幸せにすると、誓います」と美しく微笑んだ。

 彼が笑うと、檸檬のかおりがした。それはすぐにどこかへいってしまうように思われたが、灯台下暗しという言葉があるように、少しずつ茜の一部になっているというだけのことだった。
 時間は駆け足で過ぎていってしまう。色んな思惑を巻き込んで走っていってしまう。わたしは懸命に追いかけて、愛を両手いっぱい抱え込んだ。時間は、それを優しく見守っているだけである。