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MYSTIC VISION


pkmnRS / ダイゴ
SS寄り短編


translucent you(きみを透明にする魔法)
 ダイゴさんはいつも服を駄目にして帰ってくる。品よく仕立てられた上級な生地のスーツも、皺の入りにくいやっぱり高級なシャツも、ダイゴさんにかかればびりびりのぼろぼろになってしまう。なぜって、何も顧みずに草むらやら森やら洞窟やらに入っていってしまうからである。
「このあいだ、綺麗な鍾乳洞に迷い込んでね」
 磨いていた石を化粧箱にそっと仕舞うと、ダイゴさんは瞳を輝かせながら話し始めた。明るいオークルで、___の肌の色みたいだった。そう言うと今度は、自身の指に嵌っていた指輪を外して、丁寧に磨き始めた。
 わたしは太陽光が入る窓辺で体育座りをしながら、例によって引きちぎれたボタンを縫い付けていた。見たことの無い、とても綺麗なボタン。それはプラスチックでできているけれど、さながら宝石のようで、太陽の光を吸って美しい色を吐き出していた。わたしは眩く思いながら、スーツと同色の深いグレーの刺繍糸で、それを元の位置に戻そうとしていた。手触りのいい生地の、ほんの少し綻んでいるところをもう一度針で拾って。ダイゴさんの持っているスーツは、似たような色でも少しずつニュアンスがちがう。だからダイゴさんがボタンを取ってしまう度に、わたしの裁縫箱には新しい刺繍糸が加わった。べつに糸なんかなんでもいいよって言われても、大事な商談などにも着ていく服らしいから、そういうわけにはいかないと思った。
「終わりました」
 ボタンのきらきらに完全に参ってしまう前に、わたしはボタンをつけ終えた。ダイゴさんは「早いね。いつもありがとう」と言って、磨いていた指輪を指に戻す。そして、出来上がったボタンに軽く触れる。
 ちょっとやそっとじゃ取れないように頑丈につけてみたけれど、ちょっとやそっとで外してくるのがダイゴさんである。ダイゴさんが触れて角度を変える度にあちこちに眩さを振りまくボタンは、とうとうわたしを駄目にした。いっそう白い光が目を掠めたときに、ダイゴさんはわたしの唇に口付けを落としていた。 
 
hot spring hues(やわらかな春の泉)
 たとえば、という言葉をダイゴさんはよく使う。食事をしにリバーサイドのレストランへ行った時も、川が夜空を映して星を浮かべている時も、食事の帰りに寄った花屋でラナンキュラスを選んだ時も、わたしの腕をひっぱって大きなベッドの上に倒れ込んだ、今この瞬間でも。たとえば、とダイゴさんは口火を切る。
「たとえばきみのマシェードが恋をしたとして、その胞子の成分は変わると思うかい?」
 鋏を机に置いた後で、よかった。でなければベッドに倒れ込んだ瞬間にダイゴさんに事故で刺さっていたか、もしくは故意でダイゴさんを刺していたかもしれない。「もう、突然、やめてください」わたしは起き上がり、ダイゴさんの腕の中をするりと抜けた。そして、さきほど鋏を置いた机のもとへ戻る。水切りしたばかりのラナンキュラスは、ダイゴさんのせいで、鋏といっしょに机に放り出されていた。水がないと、すぐだめになっちゃうのに、ダイゴさんは石以外のこととなるとひどく疎い。花を拾い上げ、フラワーベースに迎え入れてやり、窓際に飾った。
「戻っておいでよ」
 一部始終を見ていた男はベッドの上でわたしを手招きしている。わたしは辟易した様子を隠さないでシーツの上に身体を滑らせた。春のやわらかい風が舞い込む。シーツはほどよい冷たさで、火照ったわたしの腿に触れた。
「で?」
「で。ってなんですか」
「きみのマシェードだよ」
「わたしのマシェード、が恋をしたら、でしたっけ」
「そうそう」
 ダイゴさんはたのしそうに笑いわたしの頬を指で撫でる。ダイゴさんの香水が魅惑的に香り、おだやかな空気と複雑に混ざり合った。「変わる。って、言ってあげます。だってダイゴさんは、本当のところやわたしがどう思ってるかなんてどうだってよくて、変わるって信じたいだけでしょう」にこりともせず、淡々とわたしが述べると、「今日のきみはいつもより辛辣だ」とダイゴさんは肩を竦め、「でも、そうでなくっちゃ、そそられないからね」と、わたしの首元で殆ど囁くように言った。ちく、ちく。ダイゴさんの唇が触れると、わたしはだんだんと綻んでいってしまう。身を捩ったときにはもう心地のよい泉の中にいて、押し寄せる波に流されないよう、ダイゴさんに捕まっているのが精一杯だった。
「そばに置いても、いいかもしれないな」
 月明かりしかない寝室で、銀色の髪をほのかに輝かせながら、ダイゴさんが言った。何を、と問う前に、あのラナンキュラスのそばに、ぼくのお気に入りのサファイアの原石を、と、ダイゴさんは独り言みたいに答えたのだった。夢だったかもしれない。サファイアの原石がそばに置かれることは、結局一度もなかったから。

mystic vision(神秘的なゆくすえ)
 次の日、ダイゴさんは突然砂漠に行くと言い出した。
「百十一番道路ですか?」
 わたしは、咄嗟にホウエンの砂漠を挙げた。すぐに行って帰って来れる砂漠なんて、そこしか思い浮かばない。しかしダイゴさんは、わたしの知らない地名を口にした。
「ハイナ砂漠って?」
「アローラにある砂漠なんだ。探している石が、そこにしかなくて」
 アローラのことはさすがに知っていた。あこがれの旅行地として、一般的にも有名な場所だ。行くには、お金も時間もかかる場所。恋焦がれるだけで、足を踏み入れることもなく生涯を終えてしまうかもしれない場所。
「遠、そう」
 わたしは率直な感想を述べた。すこし、言葉が詰まった。わたしはそこが具体的にどのくらいの距離のところにあるのか、何日かけて行くところなのか、知らない。そこに行くためにどのくらいの旅費が必要で、どんな準備をしたらいいのかも、知らない。だからこそ、実際の距離よりもずっと遠く感じた。それはもう、遥かに深い海の底のように。ダイゴさんは、これから海の底へ沈んでしまうのだと。
 しかしダイゴさんは相変わらず、何処吹く風である。ノートパソコンを手早く操作し始め、「これ、見て。これを、探しているんだ」と、見なくてもわかる、お目当ての石の画像を披露しようと、目を輝かせていた。
 わたしが覗き込むと、そこには肌色のざらざらとした石があった。予想していたものと、違った。いわゆる、宝石的な、煌びやかなものを勝手に想像していたのだけど、これは本当に、石、という感じだ。しかしよく見ると、花の形をしている? ……「デザート・ローズっていうんだ、石膏や重晶石でできていて、まるで薔薇の花みたいだからデザート・ローズって名前がつけられたんだよ」ダイゴさんが朗々と補足をした。難しいことはよくわからない、けれど、ぐうぜん花の形に成った石をダイゴさんは探しているのだ、ということはわかった。
「きっと、アローラで仕事もしてくるんでしょう?」
 もし、ダイゴさんが趣味だけで動く人だったら。わたしは、一緒につれていってとお願いしたかもしれない。でも、ダイゴさんは大抵いつでも仕事を抱えていて、わりにちゃんと真面目なのだ。スーツのままで採掘に行ってしまうにせよ、それは商談の後なのだ。きっと、このスーツも砂まみれになって帰ってくるのだろう。わたしはそれを綺麗に払いながら、ダイゴさんが見てきた景色を想像するだけだ。
「うん、頑張ってくる、祈っていて」
 そうして、ダイゴさんはふかふかのベッドに膝をたて、少し弾みながらわたしの頬に口付けをした。映画の中で見るような、甘い甘い朝だった。

 それから彼は、一週間ほど留守を貫いた。砂漠の彼を毎晩夢見ながら、ひとりきりの春の夜は穏やかに更けていった。ある朝、広いベッドの端に座るダイゴさんを見つけて、わたしは眩しさに目を細めた。ダイゴさんは、いつも突然帰ってくる。
「おかえりなさい」
 声をかけると、ベッドが揺れた。ダイゴさんが振り返ったのだ。帰ってきて、おそらくすでにシャワーを浴びたのだろう、白地のナイトガウンを着ていた。いつ戻られたんですか、とわたしが声をかける前に、ダイゴさんは口に人差し指をあて、しー、と言った。
「そっと、手を出して」
言われるがまま、両の掌を差し出す。すると、ダイゴさんはそこにころんと何かを置いた。「指輪は、今度の休みにきみが選んだらいいと思って」目を逸らしながら、気恥しそうにダイゴさんが言う。「ぼくと婚約してくれないか」今度は、しっかりわたしの目を見抜いて。
 掌には、砂を纏った薔薇の花があった。アローラの陽射しを浴びたそれは、写真で見るより綺麗だった。この石をわたしのために選びとったダイゴさんの、まっすぐな審美眼がうつくしかった。はい、という返事を、わたしはしっかり音に出来ていただろうか。わたしの目に映るダイゴさんは、とてもいとおしそうに笑っていた。

xrieサーバーで運営していた時代に載せていたもの

2023/07/05
創作メモ