チューベローズ(危険な遊び) | ナノ
「大地」

 街で小さく呼ばれてオレは足を止めた。
 近いうちにこの声で呼ばれる事をオレは予期していた。だから、驚きはない。

「その面をこっちに見せろよ、大地」
「オレはまだ、あんたに名前で呼ばせてやると言った覚えはないがな、佐曽利さん」

 唾を一つ飲み込んでからオレは声の主のほうを振り向く。
 そこには予想通りの人物が立っていた。
 その名前通り、蠍のような容姿をした男だ。

「相変わらず、つれないな。お前は」

 剣呑な雰囲気を少し和らげて、笑い掛けてくる男。だが、オレは分かる。
 彼の目の輝きは全く和らいでいないし、笑っていない。

「あんたはまだ入院中だと聞いたが?」

 背中に伝う冷や汗を無視して、オレは表情を変えずに問う。
 入院するほどの重症を負ったはずなのに、外見上はほとんど傷らしいモノはない。驚異的な回復力のせいだろう。

「あんなまずい飯ばっか食ってられるか」

 道に反吐を飛ばしながらそう言った後、その顔から笑顔が消えた。

「それに……。お礼しないといけない奴がいるからな」

口元は吊り上がり弧を描いている。だが、それでも笑顔とは言えないほど邪悪な表情は彼の怒りを表している。

「その為にオレに会いに?」

 ばれないように小さく唾を飲んでからオレは問う。すると彼…佐曽利は表情を一転させて先ほどと同じ笑みを浮かべてきた。

「ああ?んな無粋なワケでもねえよ。口説いている奴に会うのに理由がいるか?それとも……。何か、心当たりでも?」

 笑みの後ろに見える、地を這うほどの機嫌の悪さ。それは他でなくオレに向けられていることぐらい分かる。

「……いい加減茶番は寄せ。分かっているんだろ?全部」

 オレは見逃そうとしている佐曽利に対して挑発する。
 サソリの猛毒を持つハサミがオレに振り落されると分かっていながら……。

「クックック。お前がとんでもねえ棘を持っていることぐれえ分かっていたぜ。大地ぃ」

 掠れた低い声で名を呼ばれて、俺の背中にぞくっと悪寒が走る。
 今まで、この獰猛な人物には丁寧ではなく素っ気ないが、最低ラインは超えないように程々に表面上の付き合いを保っていた。
 オレに執着する彼に対しての憎悪など見せたりはしていない。
 にも拘らず当然とばかりに指摘されて、改めて目の前の人物の底知れない洞察力に気付かされる。

「なら、もう口説く気も無くなっただろ。放置する気がねえならとっととやれよ」

 結局のところ、罠に嵌めたオレを赦す気などないのだろう。オレはどうやら無事では済まないようだ。
 だが、その方が余程いい。男に口説かれるより殴られ続けるほうがいい。
 オレは覚悟を決めた。

 しかし……。

「おいおい。早とちりするな、大地ぃ。あいにく、俺の心はお前にあるぜ。と、言うよりその性悪なトコロごと、俺のもんにしたくてたまんねぇよ。あんな野郎誑しやがって……。まじで閉じ込めっぞ」

「この悪趣味野郎がっ……」

 今まで以上にドロドロとした執着を感じて思わず本音が零れる。

「いいねぇ、お前の本音が聞けるのは……。俺を貶す言葉でも、サイコーだぜ」

「……」

 Mなのか???そのナリでMは詐欺だろ。

 続いて毒を吐きたくなるが、オレはこれ以上相手を喜ばすつもりはないので口を噤む。

「さ〜て。大地ぃ。ひと〜つ、質問に答えてもらおうか?あの男はお前の何なんだ?」

 逃がさないようにオレの腕をギュッと握りしめて問う佐曽利の目は、混沌と濁った色をしている。

「分かっているだろぉうが、返答次第でマジで実行に移すぞ」

 その目を一目見るだけでその言葉の本気度が分かる。
 オレは乾いている唇を一舐めしてからその目としっかりと視線を合わせた。
 そして、言葉を選びながら口を割る。

「……ただのストーカー野郎だ」

 真実であり、真実でない回答。
 それを視線を一切外す事無く言い切る。

「しつこいからあんたなら潰してくれるだろうなとぶつけたんだが、当てが外れたもんだ。まさか、あんたが倒されるとはな」

「耳に痛い事言ってくれるな。油断しただけだ。次こそはあの面を血で染めてやる」

 苦笑いを浮かべる彼に、オレは無表情で応援する。

「……。ああ、期待しているぜ。佐曽利さん」

「なら、協力しろやぁ、大地ぃ。それで俺を罠に嵌めた事は水に流してやるよ」

 やはり、そういうつもりだったようだ。お礼をする相手……煌をオレを使って嵌める気だろう。
 本当に彼氏で大切な人であれば、ここでオレはわずかでも心を乱すだろう。
 だが、オレの心は逆に高揚してやまない。

「オレを楽しませてくれるってなら、乗ってやるぜ」

「ああ、任せとけ。あいつを倒した後は、約束を守ってもらうぞ」

 以前交わした約束だ。煌だけでなくこの目の前の猛毒を持つ生き物のような男にしても、思っている以上にオレに執着しているのが分かり、オレの心は激しく波打つと同時に、そこは墨汁を垂らしたように黒く濁っていく。
 それでも、オレは彼に返せる返答はただひとつ。

「分かっている。佐曽利さんの家で料理を作ってやるよ」

 佐曽利の目的は料理などではない。ただ家に連れ込みたいのだ。行ったが最後、下手するとヤツの脅し文句のように閉じ込められる危険は十分ある。だからこそこの再三の誘いを断っているのだ。

 それでも、オレはこいつからも煌からも逃げ切ってみせるよ。

 佐曽利に悪役っぽい笑みを見せながら、オレは握りしめた掌に爪を食い込ませる。

 こうして、オレは危険な遊びを自ら考え、楽しむ事にした。




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