「だ、そうだ。残念だったなぁ〜。同情するぜ」
佐曽利は全く言葉を発さない煌の様子を愉しげに笑いながら、オレの首に口付けをしてくる。
「そろそろ放してくれ。オレはあんたのもんでもない。オレは男とどうこうなる気はねえ」
もう遊びは終了したんだ。これ以上佐曽利にこうして触られるのを鳥肌を擦りながら我慢する必要はなくなった。
「ほんと、お前は性悪だな。まあいいだろう。今はまず、この前のお礼をしないといけないしなぁ〜。なぁ〜崎守ぃ」
オレを名残惜しげに放しながら佐曽利は煌の方へと視線を移す。
だが、煌は佐曽利には全く目にくれず、一点だけを瞬き一つもせずに見続けていた。
オレだけしか見ていない……。
その視線は簡単にオレと視線が合う。合ってしまうとまるで視線すら反らさせないとばかりのキツイ眼光を送ってくる。
「大地。お前がどう逃げようが、何をしようが、俺はお前を手放さない。前にそれをきっちりと示したはずだが……。足らなかったようだな」
言われた瞬間。オレの体は大きく震えた。それは寒気でも怖気でもない。表現しがたい電撃のような痺れである。
前というのが体を繋げたあの日の事を表わしているのは明確だ。体の至る所に所有印を残され、二度と誰にも触らせないと決めていた禁忌の華を散らされた嵐のような一夜。たった一晩で、オレが雌として極上の雄に組み敷かれる事をこれでもかと教え込まれた。
「知らねえよ。ストーカーの戯言など相手にしてられねえよ」
それでもオレは男としての矜持から、わざと乱暴な口調で煌の言葉を切り捨てる。
「それよりもとっとと逃げたらどうだ?これはオレが仕組んだ罠だって解っただろ?このまんまだと、佐曽利さんにぶっ潰されるだけだぜ」
その熱い視線から逃れたい。でも、自分から外す事は屈するような気がしてできない。だから、オレは煌を視界から離れさせるための言葉を選んだ。
「負けねえよ、そんな木偶の坊に。一気に片を付けてやる」
煌は両手で頭を鷲掴みにするように髪を整えてから、ゆっくりとオレの方……いや、オレの隣にいる佐曽利の方へ向かって歩き始めた。
「木偶の坊はどっちか教えてやるぜぇ〜。さきもりぃ〜〜」
それを受けて佐曽利も指に着けている馬鹿でかい指輪を撫でた。その目は興奮で血走っており、恐ろしいまでに歪んだ笑みを浮かべている。
そして、煌とやり合うために前に出た。
蠍と獅子との乱闘。それは壮絶そのものだった……だろう。
オレはその結末を知らない。
何故なら先ほど佐曽利のポケットから奪っていた鍵を使い手錠を外して、とっととその場から立ち去ったからだ。
帰りにオレは花屋による。そして、白く甘い匂いをする花を購入した。
その名称は『チューベローズ』
花言葉は『危険な遊び』
その香ばしい匂いを楽しみながらオレは何もなかったように、学校の寮へと帰っていく。
だからオレは知らない。
いつの間にか煌が佐曽利の部下を飼い慣らし、もともと全て把握していた事も。
佐曽利をその族から追放させた事も。
そして族自体を木端微塵に解体させていた事も。
それは寮に戻ってきた煌がそのままオレの部屋に侵入し、組み敷かれて初めて教えられることとなる。