暗闇の森から抜け出し、サヤはまだ陣形を保つ仲間が近くにいることを願って辺りを見回していた。
しかし、生憎周りには人の気配がなく、陣形が遠くに行ってしまっている確率が高い。

「とにかく、信煙弾を…」
「―――どうすればいいのよ…私…」

ぽつり。今までショックで放心状態だったノーラが呟いた。
突然の言葉に隣を見たサヤの目には、光を灯さない冷たい瞳が写る。

「もう何もないのよ…何も…」
「ノーラ…」
「私、言ったのに……あの人がいなきゃ、意味がない…。私が生きていたって…」

ノーラはサヤを見ることなく、まるで独り事のように言葉を繋ぐ。

「許せない…」
「っ」

その言葉に、サヤの肩が大きく揺れた。

「サヤ…私、どうしよう…許せない…。あなたがっ、あなたを庇って、彼は死んだあ…っ!あああぁあ…」

悲痛な嗚咽がサヤの頭を真っ白にさせる。ぼろぼろと溢れる涙を拭うことなく叫ぶその横顔を、ただ目を奪われたように見つめていた。

胸が、くるしい。

自分が間違っていた…?
もしあの時死んでいれば、こんな事にはならなかったのだろうか。こんなに彼女を苦しめることは無かったのだろうか。
考えても考えても、答えを知るには手遅れだ。だったら、どんな結果なら満足がいくのだろう。

「…ノーラ」

サヤは静かに信煙弾を握った。先程とは見違えるくらい落ち着いた表情で、黒の煙を空へと放つ。すると直ぐに緑の信煙弾が向こうの方から左に傾いて上った。
緑の信煙弾を同じように上げ、続いて無言で全ての信煙弾が入った箱のベルトを腰から取りノーラに巻きつける。
ノーラが訳が分からない顔でサヤを見た。

「いい?ノーラ、あなたはこの信煙弾の方向に向かって ひたすら走って」
「…っ?」
「私は後ろにいる巨人をここで倒す。…今は大分距離を取れてるけど、私達がこのまま陣形に加わればあの巨人を招き入れる事になるわ」

思考がついてこないノーラにそう告げて、彼女を乗せた愛馬を足で蹴る。命令を受けて物凄い早さで駆け出したそれをじっと見届けて、サヤは自分が乗るノーラの馬からストンと降りた。

「…あなたも主人が心配だよね」

どこか落ち着かない様子のそれを静かに撫でて、頭絡と銜を外す。これで少しは楽に走れるだろうか。
手を離すとすぐに、馬はノーラを追うように走り出した。
地に足を付けると振動がより鮮明に伝わってくる。ドスンと重量感のある足音が止まず鳴り続けた。…近い。もう目を凝らさずとも巨人の姿が見えるところまで来ている。

腰にある装置に手を伸ばす。刃がケースの中で音を立てた。…けれど、それから引き抜くことが出来ない。

(結局…わからなかった。)

なんの為に、私はこの世界に引き摺りこまれたのか。一体自分が何なのか。
心の何処かで何かしらの意味があると思っていた。そうでないと収まりがつかない。こんな残酷な世界に連れ込まれて、沢山苦しい目に遭ったのだ。けれど、辛いことばかりではなかった。美しいものも、美しい人とも沢山出会えてきた。だからこそ、知りたかったのだ。この世界に、記憶を持ってして生まれた意味を。

でも、もう。

サヤは静かに息を吐き出すと、ゆっくりと目を瞑った。

(ごめんなさい。お母様、お父様…エイデル……)

もうサヤには、こんなに残酷な世界で生きている価値が、見出だせる気がしなかった。約束を破ってでも、終わらせたかったのだ。

巨人の足音が間近に迫る。暗闇の中で解るのはそれだけ。しかしそれもサヤにとってはどうでもいい事だ。終わるのならば、何だっていい。

"生きなさい―――"

突然聞こえてきたその声に、思わす目を開けてしまった。

「ぁ…っ、」

目と鼻の先に巨人の大きな手がある。間に合わない。きっとこのまま、自分が望んだ通り死ぬのだろう。

――――刹那。

ズサァァア、という音と共に凄まじい風が吹いた。続けて刃が肉を突き刺す音が連続して聞こえたかと思うと、項を削ぎ落として剣が擦れる音がする。

しん、と辺りが静まり返った。
巨人は熱い蒸気を上げて原型を留めていない。

一体、何が―――。


「オイ…てめぇ……、なぜ剣を抜かねぇ」


蒸気に目を細めて見つめた先には、人類最強―――リヴァイその男の姿があった。



逆光線を焼き付けて

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