龍也小説

ホワイトデー 龍也編

女がほしいものとは。
女がしてほしいこととは。
女とは。
これほど一人の女のことを真摯に按じ、頭を悩ませ、呻吟したことなど、龍也にとり、未曽有の経験だ。

この、ぽかんと暖かく、ともすれば暴走っていても眠くなるような季節に、取るに足らないイベントがあること如き、龍也も知っている。足かけ、相手にしたこともないイベントである。

自分の彼女の葵は、こんな行事を無視しても、すねたり怒ったりするような人柄ではないだろう。とはいえ、あの子にも、中学生の少女らしい一面はある。期待を過剰に顕わにしないにすぎないのではないか。この流れに乗じ、何かつまらぬものでもおくりつけてやれば、己の恋人の、こころからの極上の笑顔が見られることは確かである。
そのうえ、その日が、恩義を返す日として存在するのであれば。
恋人が勇気をだして贈ってきた、あの、甘ったるかったチョコレート二枚。それに相当するものは、あの子に返さなければならない。

まだその日には、数日早いのだが。
龍也にとって、生涯を終えるまで縁がなかっただろう場所に踏み入れ、その慣れぬ稚気と無邪気さに眩暈を我慢しながら、彼女のために用意したもの。持ち歩くには大げさすぎ、部屋に置いたままである。

夕刻、地味な制服の群れのなかにようやく見つけた葵を、龍也はなかば無理やり連れ去るようにバイクに乗せた。何の約束もとりつけず、何のまえぶれもなく、龍也は葵を連れ去った。
葵の目の前に、華美な族車とともに突如あらわれた龍也に、葵は心から驚愕した顔を見せた。いつもともに過ごしている親友とのんびり下校していた葵は、まさか龍也にいきなり声をかけられるとは思わなかったのであろう、たいそう戸惑っていた。そんな葵の腕を無理につかみ、強引に族車に乗せた。暴走族の構成員が、いたいけな女子中学生を白昼堂々拉致していると勘違いした一般人もいるはずだ。


「龍也先輩、あの……?」
いつもより強く龍也に掴まれた手。引っ張られるように部屋までつれてこられた葵が、龍也の部屋の扉のまえで、龍也に問いかける。

龍也が、部屋の前で立ち止まり、視線を泳がせ、言葉をさがしている。強く手をつかまれたまま、葵は、殊勝な態度で、龍也が接ごうとしている言葉を待った。

「葵、あのときよぉ」
「あのとき……?」

龍也の手の力が強くなる。繊細な指の骨を圧迫されるようで、葵が少し顔をゆがめると、龍也がその手をほどいた。これくらい強く掴まれても平気だという旨を慌てて訴えようとすると、龍也が、葵を捕えていた手で、郵便受けをゆびさした。

「俺ん家のここによ」
「……あっ!」

葵の頭に、あの日の恥ずかしい記憶がよみがえる。葵の顔が、一気に紅潮しはじめた。

「は、はい、あのときは本当に……」

あの日と同じように、龍也が鉄の扉を開いた。そして、あの日よりやさしい瞳で、龍也が葵を招き入れる。

「おじゃまします……」

2月から3月にかわるだけで、空気の色すら変化している気がする。龍也の部屋にさす、やや厳しい西日は、あの日とよく似ている。コートが必要ないほど春めいた日で、あの日に比べると葵は薄着だ。マフラーもない。葵は、すとんと腰をおろし、鞄を置いた。

「あの日、私はじめて龍也先輩のお部屋に、はいりました」
住所は知ってたんですけど。兄もよく行ってたし。

うきうきと回想をはじめ、頬を染めながらひとりにこにこしている葵をよそに、龍也は、ここから、ベッドのそばによけてある贈り物を、可愛い彼女にどうわたしたものか思案している。

「龍也先輩、あの、今日も先輩に会えてうれしいです」
ちょっとびっくりしたけど……。

部屋のなかに立ち尽くしたまま、眉間にしわをよせ、顔の上部に陰をつくり逡巡している龍也の顔を、葵がそっと見上げ、遠慮がちな笑顔で伝えた。

「今日は、どうされたんですか?わたしは、いつでも龍也先輩に会えたらうれしいんですけど」

少しだけ早いホワイトデーだということを、まだ葵は察していない。きょとんと見上げてくる葵を、じっと見つめ返すことが妙に照れくさく、龍也は思い切りそっぽをむいた。やけくそのように長ランをぬぎすてる。

龍也のその様に、ほんの僅か、悲しそうな表情を浮かべ、その後無理に笑顔をつくった葵が、やっぱり、聊か、こうべをたれてしまった。

龍也はいまだそっぽをむきながらも、葵の正面にすわりこみ、腰をおろしている葵の腕を強引にひっぱった。小さな悲鳴をあげて、葵が腕のなかにころがりこんできた。龍也の腕のなかに抱かれ、葵は、安心したような、ほっとしたような表情で、龍也に体をあずけた。
葵を抱き寄せ、髪の毛、額にキスをおくるが、どうにも、その愛しい顔が、照れくさくてみられない。

「龍也先輩?」

龍也の腕のなかで、己の名前を透明色の声でよびながら、葵がじっと見上げてくる。その大きな瞳がまぶしく、まぶたのうえにキスをおとすと、葵がぱちぱちとまばたきをした。

「……」

龍也が、長い腕をおもいきりのばし、ベッド脇にころがしてあった包みを、たぐりよせた。そのようすを目だけでおいかける葵は、あいかわらずきょとんとした表情のままだ。龍也と葵の体の間のわずかなすきまに、そのおおげさにラッピングされたモノをひきこみ、まるで突き出すように、葵にそれを差し渡した。

「えっ……と……」
「だからよ、葵が、あの日、あめーもんくれやがっただろーが。その、礼だよ礼」
「あっ、ホワイトデーですか!」

いささか不安の色もよぎっていた葵のおももちが、みるみるうちに、春をむかえた花が待ち構えていたように咲き誇る、明朗な笑顔にかわった。

「ええええ、あ、ありがとうございます!」

すみません、申し訳ありません、そういった卑屈な言葉はとびださない。葵にしてはめずらしく、弾けるような大きな声をあげて、何度もお礼をくりかえしている。龍也はこどものように顔をおもいきりそらし、その含羞により、何より見たかったかわいい彼女の笑顔を、直視することができない。

「ありがとう、ございます……。あけますね?」
「好きにしやがれ」

背後に手をつきふんぞりかえっている龍也のぶっきらぼうな返事を受け流し、葵は、包み紙をそっとほどきはじめた。
葵が、おそるおそる、つつみをほどく音が、室内に響く。
この間が、龍也には耐えられない。いよいよ眉間にしわがよりはじめる。

リボンがほどかれ、白い袋から、さらに遊び紙につつまれたプレゼントがでてくる。紙のむだだろーが。龍也は内心無意味な悪態をついてみる。

日頃の葵は、感情をそのまま解放し、気持ちのおもむくままに矯声をあげるような人間というわけではない。いつも極端に変化するわけではない表情。今日は、目を大きくひらき、ふるふるとふるわせながら、プレゼントをながめている。

「かわいいです……!ありがとうございます……」

小さな声で、噛み締めるように、葵は、龍也に何度も礼をつたえる。

やや大げさな包装にくるまれていたのは、2体のぬいぐるみと、シルバーのネックレスが入ったグレイの小さなバッグ。
葵の鞄に提げられているもの。以前葵が龍也の部屋に置いて帰った赤い縫いぐるみ。龍也が葵の部屋で目覚めたとき、腕に抱かされていたもの。葵の部屋にコロコロ転がっていた幾体ものぬいぐるみ。
龍也がえらんだのは、あれらのあたらしい仲間となるであろう、同じ種類のぬいぐるみと、そのキャラクターを模したネックレスである。

「これ、買えなかったんです!」
無表情がやけにむかつく、しれっとしたうさぎが、黄色い服をまとい、額に青いバンダナを巻いている。オメーの耳はそこじゃねーだろーがと突っ込んでやりたいピアスは、ぬいぐるみの側面につけられている。

「これ、ほしかったんです!」
もう一つは、手足と体を厳重に防寒具で装備し、青いコート、あまつさえマフラーまで巻きやがった、ぬいぐるみの分際で何が寒いのかと突っ込んでやりたくなるしろものである。
淡々と対応する店員まかせに、適当に選択したので、これらを選んだ理由は、龍也にはとくに存在しない。

「これは……?」
そして、葵が、グレイの小さなバッグにつつまれたものをとりあげた。まだそれがネックレスだということには、気づいていない。
ちいさなリボンをそっとほどき、中からすべりだしてきたチェーンを繊細な指にひっかけて、葵はそっととりだす。

手のひらにからめ、葵の瞳の高さまでもちあげ、西日に照らして、小さな歓声をあげながら、シルバーのネックレスを葵は眺めた。そして、それと龍也を、何度もみくらべて、きらきらと煌めく笑顔はますます紅潮する。
どうしようもない龍也は、ふんぞりかえったまま舌打ちをし、葵のほうが見られない。

「つけてもかまいませんか?」
「葵のモンだろ、勝手にしろ」

ネックレスの繊細なチェーンを、葵が手に取る。肩までの黒髪をまとめて前方に持ってくると、白い首元があらわになる。龍也がつけたいくつもの痕。まだ消えずに残っているものも、幾つか点在している。

「うちの学校、アクセサリー大丈夫だから、いつもつけます」
ネックレスの引き輪を、うなじあたりで、うまくチェーンにからませることができず、もたついている葵の背後に龍也がまわった。

「しょーがねーな」
「あ、ありがとうございます……」

真っ白なうなじに、龍也が残した赤い印。その痕をさらに濃くしてやりたい欲望を、いまはひとまずおさえながら、龍也は、葵の細い首に、ネックレスを装着させた。

「かわいいです……ありがとうございます……」

うさぎの形をしたペンダントトップをそっと手に取り、泣きそうな声で、葵がつぶやいた。

「生首じゃねーかよ」

龍也が、至極どうでもよさそうな顔で、たばこをひっぱりだし、ジッポで火をともした。

「生首!ほんとですね!」
ずっとつけときます。

目を伏せ、いつまでもそれをながめたまま、葵が、しみじみとささやいた。

葵のひざのうえには、2体のぬいぐるみが鎮座している。そのぬいぐるみを、葵が、テーブルの上に丁寧にすわらせた。やおら葵がたちあがり、おもいきり背伸びしクローゼットのうえから勝手にとりだしてくるのは、以前葵が、龍也の城を得体の知れないぬいぐるみのすみかと勝手にさだめ、置いて帰った、赤いうさぎのだるま。その赤いだるまと、寒くもないだろうになぜかコートとマフラーをきこんだうさぎ、青いターバンと真珠の耳飾りのうさぎをならべて、うれしそうににこにこわらう。

まさかこの赤いだるまにダチを増やそうと考えているのでは。龍也の背中に悪寒が走る。

「置いて帰りやがったら……」
「……?」

泣かすだの、ましてや殴るだの、そんなラフな言語、この小さな恋人には、とてもではないがぶつけられない。

「持って帰りますよ?」
ひざのうえに、重装備のうさぎのぬいぐるみを抱きながら、葵が笑う。

「龍也先輩ん家に棲むのはひとりだけ」
この子とこの子は、うちの子。

「こんなにいただいちゃっていいんですか?わたしなんて、チョコ2こだけだったんですよ……。しかも先輩がにがてな、あまいの」
「俺がいーっつったんだから、もらっとけ」
「ありがとうございます……。わたし、チョコレート以外、龍也先輩におくりものしたこと、ないですよね。お返し、しなきゃ」

葵から、どれだけのものをもらっているか。
そんな羞恥の極みといえる言葉、とてもではないが、龍也は吐けはしない。

龍也は、クローゼットの隠れ家からおりてきた赤いうさぎだるまをつかんで、ベッドのうえにころりところがした。

「あー、どっかいっちゃう」
ころがる赤いうさぎに手をのばし、ベッドによじのぼり、這いつくばる姿勢となった葵の上に、龍也が覆い被さった。

葵の肩がふるえ、振り返って龍也をみあげた。
あおむけになり、葵は、龍也と向かい合う。大きな目のふちが揺れ、途端、葵は、しっとりと濡れたような風情を浮かべる。

「あん時よ、俺んちで寝やがったな」
無防備によ。

葵の上に覆いかぶさった龍也が、親指で葵の目元をそっとなでたので、葵はかたく目をとじたあと、おそるおそる開いた。

「あの、も、もう、わすれてくれませんか……」
「今日も寝てくかよ」
「……え、あ、あの、遅くなる……」

龍也のいいたいことを、わかってか、わからずか。葵が、戸惑いながら、言葉の意味を二重にも三重にも考えながらも、ひとまず常識に沿ったこたえを返す。

葵をベッドに倒し、その上に多いかぶさり、至近距離で葵の頭をなでながら、龍也は、葵の顔をじっとみつめた。
龍也の体の真下で、葵は、かすれた声でつぶやく。

「あのときは、龍也先輩に、こうしてもらえるなんて、思ってませんでした」
「あん時、してやってもよかったんだぜ」
俺の気もしらず寝やがってよ。

葵の耳元で荒い息を吐きながら囁くと、葵が体をぎゅっと縮め、顔をそむけた。

「襲われたかったんかよ」
「ち、ちがいます……」
龍也が贈ったネックレスがさっそくしたためられている葵の鎖骨。うさぎのネックレスごと、そこにかみつこうとしたが、ひとまずやめておく。そのまま龍也が、葵の首もとに顔をうめ、吸い上げ、軽いあとをのこすと、葵ののどから、甘ったるい短い声がすべりだしてきた。
葵が、甘ったるい吐息の余韻をのこしたまま、語り始める。

「……私はずっと、龍也先輩だけが、好きだったんですけど」

葵の周りを覆っていた龍也の腕が、葵の体にまわる。
龍也が葵を強く抱きよせた。
葵を抱えたまま、龍也の体がベッドに横たわった。葵は、そのまま、龍也の胸に顔を埋めて、語り続ける。

「龍也先輩は、いつ、私のことを、好きになってくれたの」
「葵より前からかもしれねーな」
「そ、それはないです!私の方が、先」
私、龍也先輩に、初めて会ったときから、ずっと好きだったんです。

龍也の胸に頭を埋めているから、葵の声はくぐもっている。

龍也の腕が、葵の脚にのびた。長い腕は、葵のやわらかな膝、かくれている太股を、ゆっくりとたどる。龍也の指が、葵のスカートを一気に擦りあげ、真っ白の内ももを、さわさわと撫であげた。

龍也の体にまわった葵の腕が、ぴくりとふるえる。少しだけわきあがった恐怖から、龍也の体にぎゅっとしがみつきなおす葵に、かくせない不安がにじむ。

スカートから這いだした龍也の手は、葵の体をたどった。華奢にくびれた腰をなぞり、服の上から、胸の上をゆるやかにたどる。両胸をやわらかにつかみ、それは淡い刺激にかわった。荒い息は、吐息と変わり、眉をよせて葵がその刺激に耐える。

龍也のくちびるが、葵のくちびるをふさぐ。何度も繰り返し与えられる軽いキスは、ゆるやかに深くなってゆく。角度を変えて落とされるキスに、たばこの苦味が降りてくる。葵が耐えきれないほど深くなり、口元から、唾液がこぼれた。

いまだ服のうえを這いまわる龍也の手に、こらえきれぬ熱さを感じ、これから起こることを覚悟して、葵は、龍也にさらにしがみついた。

その拍子、龍也の手はとまり、胸から離れたあと、葵のからだをそっとつつむ。唇が解放されると、すぐに、龍也が葵をいたわった。

「心配すんじゃねー。今日はここまでだ」

葵が龍也をみあげた。その瞳には確かな安堵がある。恐怖から救われたような、すがりつくような安心に満ちており、龍也はやや複雑な心持ちのまま、眉を寄せた。そのまま、間近に抱いている葵に、しずかに問いかける。

「怖ぇか」

怖くない。龍也のことは怖くない。
日頃なら、そう、即座に、葵は、凛とつたえてくる。いつもあたりまえのようにかえってくる否定の言葉が、今日はでてこない。

「……ちょっとだけ怖いです」
「葵がこえーっつってんのによ、無理やりイジメる道理があっかよ」
俺も鬼じゃねーぞ

わりと結構無理やりイジメられたことは幾度かあった気はするが、葵は言葉に出さない。それに、本当に苦しいというシグナルをだせば、龍也は必ずそれに気づいてくれた。はっきり伝えたらよいものを、龍也が察してくれることに甘えている。いやならいやと最初から伝えればいいものを、そうして、ぎりぎりまで拒めないことにより龍也をも追い込むことが、泣きたいほど恥ずかしい。情けないことに、毎回抱かれるのは、葵の体と心が龍也についてゆかないのだ。龍也の気持ちに常にこたえられるような女になりたいのに、葵の底には、まだまだわずかな恐怖も巣食っている。

「わがままでごめんなさい……」

眉間に悲愴なしわが寄り、心から申し訳なさそうな顔で詫びる葵の上から離れ、隣によこたわり、龍也は葵の髪の毛をひとふさとったあと、何度も小さな頭を撫で始める。

「これも怖ェかよ?」
「怖くないです……」

龍也のそばによりそったまま、目を伏せて、かすかな声でささやく葵の体を、どうしても我慢できず龍也はふたたび抱き寄せた。

「がんばって大人になるので……」
あ、でも、これがかわいいうちは、大人じゃないですかね……

枕元に、ころりころがる赤い縫いぐるみをみやり、葵はつぶやいた。

「でもかわいいものはかわいい!先輩、ほんとにありがとうございます」
わたしなんか、チョコレート二枚だけなのに……。

横たわると、さらりと音をたてて葵の肌にふれるネックレス。葵はそれをきゅっとにぎりしめ、いとおしそうに微笑んだ。

「宝物です」
これがあったら、先輩とずっと一緒にいる気分になる。

とてつもなく居づらい場所であったものだから、龍也は、あまりにもぞんざいな態度で高速で買い物をすませ高速でその場を去った。彼女への想いより羞恥がかったといえるわけで、そこまでかみしめられると、ややズレがある気もするのだが。

「ほんと先輩に、もらってばっかりで。わたしからもなにかしなきゃですね!」
「もー十分もらってんぞ」

この、煩忙であった一月たらずで、どれほどのものをこの少女からもらったか。そのなかには、奪い取ったものもある。

「宝物っつったな」
「はい」
「俺の宝物は、葵だ」

「……」

しばらく黙りこくった挙句、頭突き"チョーパン"をかますかのごとく、改めて龍也の胸元につっこみ、そのままじっと黙って胸元にしがみついてしまった葵に、龍也がややうろたえた。

「んだよ、そりゃおれの十八番だぞ」

龍也の胸に埋まったまま、葵が首をよこにふるふるとふり続ける。

「わたしの宝物も、龍也先輩です」
「そーかよ。ありがてーこった」

己の胸元からなかなか顔をあげない葵の頭を撫でながら、龍也は、穏やかな笑みを口元にうかべている。

奇妙なぬいぐるみ共は、包み紙からとびだしたまま、ふたりのことをとりかこんでいる。

龍也は、やさしい腕で、あらためて葵を覆う。宝物は丁重に。そして己だけのものとして扱う権利がある。
まだしばらく時間はある。今日は、腕のなかのこの子に、これ以上なにもしない。それだけ誓い、龍也は、かわいい恋人の名前を、もう一度呼んだ。

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