IN THE SUMMER
魔女のみぞ知る/witch only knows

ダブル主人公夢です。
名前変換は千冬主人公のみ。
八尋主人公は「彼女」と表記されます。平気な方のみどうぞ・・・


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「いたい?大丈夫?」
「大丈夫、です!」
「いたかったら言ってね」



箱根など、そんな話はいまだ遠いままで。


高校生の夏休みは、あとわずか。

大学生の夏休みは、あともうすこし。

そんな枠から時放たれていきるものたちにとっても、夏は、そろそろ終わりをむかえる。




自分の直毛とは違った、ふわふわとやわらかいロングヘアが、あすかの手の甲におさめられている。

漆黒かと思いきや、地毛は意外に薄い色だ。あすかのしっかりとした髪質と違って、ふわふわとやわらかな髪の毛の束。
繊細なロングヘアをそっととりあげて、あすかは、八尋の大切な女の子の髪の毛を、丁寧に結い上げている。

日本舞踊を習っていると聞いた。お稽古のときもまとめあげるが、しっかりかためないとすぐに落ちてきてしまうと語る。
瓶漬け油やワックスを使用しなくとも、ピンを器用に使えばまとめることはできる。
あすかが結ってあげようか?と尋ねると、年下のおとなしい女の子は、素直にうなずいてくれた。

真っ白のうなじ。
八尋と千冬に連れられて、あすかの店に初めて遊びにきた女の子のこのうなじは、八尋も触れたことがあるのだろうか。

同性でも落ち着かないこの白さ。ロングヘアだけれど、重たさはない、柔らかい髪の毛を手際よく結い上げたあすかは、少女の細い肩にそっと手をおいた。


「できた。かわいいー」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
「いいなあ、あたしこの髪型似合わないの」

テーブルの上においてあったちいさな鏡では、全貌はわからない。
ほんのりと赤く染まった首筋には、これ以上ふれられない。
彼女は、繊細なレースのワンピース。あすかは自由に動きやすい、クロップドパンツにTシャツだ。
いすをひいて、ソファにちんまりと腰をおろしている彼女の前にまわったあすかが、最後に前髪を整えた。

「すごく手先、器用なんですね・・・・・・」
「ぜんぜん器用じゃないんだよ、センスもないし、メイクも下手なの。でも髪の毛いじるのだけ得意なの」

そういったあすかの髪の毛は、飾り気のないストレート。
千冬の髪の毛も、ラフにおろされたままだ。

「千冬さんはね、やってあげてもね、すぐほどくの」
「バイクですと、風強いですしね・・・・・・」
「そうそう、そうなの」
なんか重いの、ヤなんだって。


そのくせやってくれとねだる。

困ったように微笑みながら、千冬のことを語るあすか。

うなじを通る冷風に慣れない少女は、そんな優しい表情を、穏やかな瞳で見つめている。




高校生の夏休みの終わりの、しずかな午後。
客はほとんど訪れない。
あすかの店の前には一台の大きな車。そのそばに、ハーレーが寄り添っている。

事務室は、キレイに片づいている。
清潔なそのさまをみまわした彼女に、あすかが告げた。


「いつもはもっと散らかってるの。八尋さんがね、運送屋の人たち仕切って、完璧に片づけちゃったんだよ」
バイト代もらってくれないんだよー。


八尋は、人の使い方がうまかった。
その人使いといえば、人を人とも思わぬあしらいと、人の心をあおりたてる、境目の絶妙さだ。

自分の手は汚さず、かといって他人の手もけして汚してはいないのだ。

見事な人身掌握術。経営学の基本をすでに体にたたきこまれている。いや、体で学んだのだろう。あの青年は、夜のこの海で、夜のこの街で、体一つでめきめきと、強く賢い青年に自力で育ったのだ。

人を使うのがヘタなあすかには、学ぶところが多いといえば多いけれど、とてもまねはできなかった。


「渉先輩のご実家も、そういうお仕事ですしね・・・・・・」
「そっかー、じゃ、将来はすごい大勢の人たばねるんだね」


まぁ、それはね今もだよね・・・・・・。

そんな所感は、心の奥にしまっておく。

少し会話が途切れたところで、彼女が、グラスをとりあげた。

あすかの母親が彼女のためにいれた、何種類もの柑橘を使ったのみもの。
品よくグラスをとりあげる仕草を見守ったあすかが、話を続けた。


「千冬さんはねー、店すっごいキレイにならべてくれるんだよ」
「は、はい、あの、すごくかわいいし、きれいで、お店、雑貨屋さんみたいです」
「私じゃないの、千冬さんがやってくれたの」
かわいいでしょ。


ほっそりとした体躯の女の子が、瞳をかがやかせてうなずく。


色をそろえろ、
量をおきすぎるな、
適度にスペースをとれ、
高低を意識しろ、
みせたいものをハッキリさせろ。

千冬がてきぱきと指示して飾りなおした棚は、あすかがつくった棚よりも、動きがずいぶん活発になった。
これもまた、バイト代はとってくれない。

そのかわり、この夏休み、千冬に好き勝手につれ回される時間が増えるのだが、それはあすかがよけい幸せになるだけだ。結局あすかが得をしただけである気がするけれど。


「あたしはね、どっちも中途半端なんだよー。センスもないしね」

こうぼやいてみたところで現状は何も変わらないだろう。
それならそれで、学び、感じ取り、前を向くしかない。

彼女が一生懸命フォローの言葉を考える時間を、あすかは、さわやかな声でたちきった。


「おいしい?」
「は、はい」
「はっきり言ってくれていいよ」
「苦さもありますね、でも、はい、えっと・・・・・・」
「やっぱり?」
苦いよねえー。

お母さん、苦いって。


女の子に向けたノンアルコールの試作品だと蔵元は語っていた。試飲用においてかえったドリンク。きっと上質なものに慣れているであろう子の舌で確かめた正直な感想は、参考になる。


店から戻ってきたあすかの母親が、彼女のグラスに、レモン風味がスッキリと味わえる炭酸水をそそいだ。
そして、八尋はあの昭和の名画にでてきた俳優の息子に似ていると思うがどうかと伺いをたてているようすだけれど、まだ高校生の彼女に、ぴんときたようすはない。きょとんとした顔で首をかしげてしまっった。


事務室の窓が、かすかに開いている。冷房の風が逃げてゆくかわりに、ほんの少し開いた窓から、たばこのにおいがしのびよる。
たばこ大丈夫?そう気遣ってあげたいけれど、この子は、八尋のそば、八尋のかおり、八尋のものに触れているときは、安心しきっているようすだから。


あすかは、さほど聡い性分でもない。
的確に空気を読める性格ではない。自分のことで、精一杯だ。
千冬のように、人の表情ひとつですべてをよめてしまうような賢さや豊かな対人経験はない。
それでも、わかることがある。


八尋と千冬が、この子のことを、ふたりで守っていること。
二人の力で、おとなしい少女を、外界から慎重に守り、ラフな仕草のなかで最大限の配慮をしていること。

こうして守らなければならない何かがあったのだろう。
では、あすかが、彼女のためにできることは。

あすかが知らない事実をムリに暴くことでは、けしてないだろう。

もしかしたら彼女が語りたいことを。語りたいけれど、あきらめているかもしれないことを。
そんないたいけな気持ちに寄り添ってあげることかもしれない。


「何やってたんだよ」

一服しながら、彼らの世界について話し合うことに飽きたのか。
蒸し暑い外から、よく冷房の効いた一室に戻ってきたふたり。
背の高い八尋と千冬が戻ってくると、狭い事務室はいっぱいになる。


「えー女子同士の話だよ。ねー」
「そ、そうです・・・・・・な、内緒です・・・・・・」
「ねー、内緒なの」

あすかにみちびかれて、彼女がこうして茶目っ気のある会話をできることに、八尋と千冬は二人して思いがけない心持ちとなる。

そして、八尋が、彼女の見慣れない髪型に目をとめても、それ以上たずねない。
そのかわり、彼女のそばをあすかから奪い、ブルーのソファに、精悍な体をしずめた。
繊細な首筋をますます朱にそめた彼女がうつむいた。
八尋は、ほっそりとした肩を抱くように、ソファの背に手をかける。


千冬は、そんなふたりには関心がなさそうに店内へ向かった。
あすかの店の冷蔵庫にひやしておいた自分用の炭酸水をマイペースにとりだして、がぶがぶとあおっている。あすかとも、あすかの母親とも、お決まりのお約束。そのかわり千冬は、自分の母親に小さなお土産を欠かさない。

気づけば、彼女のうなじに、ひとふさの後れ毛がはらりとこぼれていた。


「なおしていい?」
「あ、ありがとうございます」
「いいよなオンナぁよ」
「女子同士でも、ちゃんと言ってからさわるんだよ」

真っ白な首筋が、ほんのりとピンクにそまっている。
そんな頼りなくはかないさまは、同性のあすかすら、そわそわとした気持ちになる。


この女の子は、八尋にとって、特別な名前のつく関係なのだろうか。
まだ、あすかは知らないけれど、この空気のまま、まるごとそっとしておきたい。


とにかく、八尋がこの女の子を大切にしているということは、ありありとわかるからだ。


飲みきれなかった炭酸水をそのままにした千冬に、もらっていい?とたずねると軽くうなずいてくれた。
彼女のそばを陣取りながら、八尋は、千冬といつしか単車の話にふけっている。

苦みのつよい水を味わいながら、ソファに背中をあずけたあすかは、彼女の頭にささるピンをもう一度とめなおしながら、おどけた口調で語りかける。彼らの会話のじゃまにならぬような、落としたトーンで。


「むずかしいお話してるねー」

あすかを見上げた彼女が、小さな声で返した。

「わかりますか?バイクのお話・・・・・・」
「ぜんぜんわかんない。雑誌とか買ってみたけどねー」
「私も買いました!」
「どこから何調べていいかわかんないよね?」
「わからないです・・・・・・」


あっ、でもね、これはおもしろかったよ・・・・・・。


ソファのそばにあるマガジンラック。酒関係の雑誌やムック、あすかの趣味の音楽雑誌がおさめられているそこから、あすかが一冊のムックをとりだした。
有名なイラストレーターの絵が表紙をかざる、バイクのムック。若者にバイクに興味をもってもらうため、バイク業界の現状を直視するため、若いライダーや愛好家たちの本音を取材した本だった。掲載されている記事には、上の世代に向けた厳しい意見も踊っている。登場するのは、いずれも自分のスタイルに自信をもった、八尋や千冬のような青年や女性たち。
しかし、当の千冬は、もっと詳細な情報や海の向こうのバイクに関する情報がほしかったようで、まったく物足りなかったようだ。八尋も同様。すでに自分のスタイルを確立しているふたりには、必要のなかった本だったようだ。しかし、すべてが未知の世界であるあすかにとって、面白い本だった。彼女も、過激だけれどロックともいえる本音に目を白黒させながら、興味深く楽しんでいる。

そんな彼女を見守りながら、あすかは彼女に尋ねてみる。ここなら聞いてもかまわないかと思ったのだ。

「ね、八尋さんと千冬さんとは、小学生のときに知り合ったんだよね?」
「!!そ、そうです、渉先輩と、千冬さんが、中一で、私はまだ・・・小学生・・・・・・」
「最初からふたりともこんなにかっこよかったの?」

えらくずけずけとした質問だと自分でも思うけれど。
あすかが気になることの一つであった。

そんな会話に気づいた千冬が、ことの次第を見守る。
八尋も、彼女が余計な事実を話してしまうことはないだろうと思ったのだ。

「え、えっと・・・・・・かっこいいんですけど・・・・・・覚えてるのは、渉先輩と、千冬さんが   じ、自転車で・・・・・・れ、れーすを・・・・・・」
「自転車で!?」
「し、してねーぞ」
「や、八尋さんが、ごまかしてる・・・・・・!!」
すごい!!

八尋のばつのわるそうな表情など、思い返したところ、あすかが目の当たりにするのは初めてであるはず。この少女だけが暴くことのできる、八尋の意外な表情なのだろう。

千冬は、ああ!と叫んで、懐かしいことを思い出したようで、平気な顔でケラケラと笑い飛ばした。



少女は、あの頃のことを、糸をたぐりよせるように思い返している。
茅ヶ崎の実家に帰れば、そのころこまめに記したグラフが残っているだろう。

八尋と千冬と彼女がともにすごした、短いけれど、濃密な時間。

「八尋さんと千冬さん、どっちが速かったの?」
「五分五分なんですけど・・・・・・最後のほうは、速いとかじゃなくて、もうめちゃくちゃで・・・・・・」
と、とっくみあい・・・・・・。

「50メートルはよ、渉よかオレのがはぇーんだよ」
「速いっていってもさ、すごいレベル高い争いなんじゃないの?」
「6秒中盤か後半かっつー差だよ。今となったらどーでもいーけどよ」

たばこをクセのように取り出した八尋が、もう一度ジーンズのポケットにしまいこんだ。

「あん頃ぁよ、必死だったな」


それにしても、中1でそんな遊びは、やや幼くないだろうか。
ずいぶん大人びている二人だ。
千冬は、年相応の素直な姿を見せてくれるけれど、八尋のコドモっぽい様子など一度も見たことはない。
きっとこの女の子は、八尋が大人になっていくすがたを見つめてきたのだろう。
どんな時間を歩んできたのか。
どんなふうに、そばにいられるようになったのか。

一体何がこの女の子を傷つけて、
そして、ふたりは何からこの子を守っているのか。
この子はどうやって、淡くやさしい強さを手にしたのか。

ずっと四人で過ごしていれば、いつかあすかにもわかる日がくるだろう。



「そういえばさ、」

あすかが、テーブルのかたすみに閉じられていた古文のワークを指さした。
彼女がもってきたものだ。

「教えるとこ、なかったよ」
優秀だね。

話に耳を傾けていた彼女が、耳を染めてうつむいた。そして、ありがとうございました・・・と言い訳のように小さくつぶやいた。



今日、あすかの店にくることは、少女のほうから八尋に願ったのだ。
夏休みの宿題でわからないところがあるから、この前会ったお姉さんと千冬に、また四人で会いたい。

素直なのぞみを、八尋はまたたくまに叶えてやった。


実のところ、夏休みの宿題はほとんど終わっていた。生真面目な彼女は、夏休みの宿題は7月中に終わらせてしまう。

古文の宿題の最後のページだけわざとのこしていたのは、四人で会いたかったから。
会う口実がほしかったから。
それは、彼女のみぞ知る、ちいさな嘘だった。

一人でがんばらないといけないときも、こんな時間のことを思い出せば、乗り越えていける気がしたからだ。


そして、秋に近づき、太陽がおちる時間はずいぶんはやくなった。
彼女を守るように立ち上がらせた八尋のそばで、ぺこぺこと頭を何度もさげている。

「またきてね、鎌女からだと、歩いて10分くらいだよね・・・・・・あ!あたしが、車で」
「歩きで迎えにいってやってくれっか、あすかちゃん・・・・・・」
「大学の夏休みぁなんでなげーんだ?」
「教授の研究とかがあるからじゃないの?」
「オマエ達は一緒にメシくうんかよ」
「あすかん店終わったらよ、駅前出るぜ」
「J.Sバーガーズおいしかったよー」
「じゃ、今度四人で行こうぜ」
な。

八尋が、少女の頭を撫でながら、次の約束をとりつける。
ハンバーガーは、だいすきな食べ物。バッグをぎゅっと抱えた彼女は、幸せそうにうなずいた。

夏が終わって、鎌倉に落ち着いた季節がやってくる。木々が染まり上がって、祭り囃子も鳴り響き、海は穏やかになる。

何度季節が巡っても、大切なひとと、大切な時間を守るために。

ともにすごした宝物のような時間を守る力を、養うために。

夏の終わり。
四人は、かすかな名残を惜しんだあと、それぞれの人生に、帰ってゆく。

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