今年の終わりで僕等は終わり
「かわいいです!!」
上質なカシミアのストールをぎゅっとだきしめたあすかを見守るキヨシは、内心胸をなでおろしている。
心の優しいこの子は、何を与えても不平不満はつたえてこないだろう。
それでも、春から今日まで数ヶ月をともにすごしてきて、あすかがキヨシにかける言葉が気配りからくるやさしさか、心からの賞賛か、そんな機微は、鈍いキヨシすら理解がかなうようになった。
ずいぶんよろこんだ調子のあすかは、何度もストールを羽織ったり、こぎれいにたたんでみせたり、やっぱりがまんできなくて一気にひろげたり、電気ストーブとぼろぼろのこたつだけが供えられたキヨシの部屋で、さきほどからそれを繰り返している。
「キヨシさん、趣味がいいです!!すごくかわいい」
「いいのはオマエの趣味だろーが?あすかが好きそーなモンえらんだだけだべ…」
キヨシは、時間をかけてあたたまりつつあるこたつに足をつっこんで、あすかが買ってきたフライドチキンをがつがつとつまみながら、ボヤく。
シャンメリーは2本あけてしまった。
アルコールはダメだ。ぴしゃりといってのけたあすかが、父親にもたされたものだそうだ。まだ4本残っている。
あすかがたいそう愛でているストールは、本日、クリスマスイブ。
キヨシがあすかに、クリスマスのプレゼントとして贈ったものだ。
いつか、あすかと一緒におとずれた元町の雑貨屋。
雷神ドカジャンはさすがに脱いで小脇に抱えたが、足下は地下足袋。入店した瞬間、どろが板張りの店を汚した。
多くの客は目をひそめたが、店長らしき女性はキヨシの存在を顔色一つ変えず、受けいれた。
そしてヒロシがつかんだストールを、あすかが好みそうなかわいらしい包装でしあげてくれた。
とはいえ、もう二度と一人で出向くことはないだろう。
次、あすかになにかをおくるのは誕生日か。そのときは、別のもので祝うか。
それは、ミルクティーのような色の布地に、品のいいチェック。
コートを脱ぎ、キヨシのドカジャンのそばのハンガーにつるして上品なタートルネックのセーター一枚となったあすかが、細い体のうえにそれを羽織った瞬間、この買い物は正解だった。キヨシに、そんな自負が芽生えた。
あすかがキヨシに贈ったものは、つい先日、天羽に助けられたときにおとずれた店で買った、こまごまとした防寒用品や着替え、この過酷な季節に過酷な現場で働くキヨシの健康を維持するためのグッズであった。
たしかにこの時期、ドカジャン一枚の下はたいした薄着のままやせ我慢をつづけ、キヨシはヒロシのリアシートに陣取るが、ヒロシともども、体調をくずしてしまうことは少なくない。鼻からかぜをひくヒロシに、まずノドをやられるキヨシ。
着替えやあたたかそうな肌着、消耗品にくわえ、栄養ドリンクに、のどあめもつめられていた。
そういえば、すこしのどがいたむ。
そうぼやいてしまうと、缶のなかからとりだしたあめを、あすかにつっこまれてしまった。
それは、このフライドチキンやケーキやピザやらに手をつけるまえに、あっというまにガリガリかみ砕き腹の中におさまった。のどに効果があったのかどうだか、キヨシにはわからない。
がつがつとはやめのメシを食べているキヨシをよそに、ストールを細い肩に羽織って、あすかは相変わらずあれこれ具合をたしかめている。
「あすかもくえよ、冷めるぞ。オマエん分はくっちまわねーからよ」
「キヨシさん食べてていいですよ。これ、あったかいですね。家の暖房もいらないかも」
古ぼけた畳にぺたりとすわりこんだあすかのスカートは、タイツにつつまれた太股を遠慮なくさらすほど短い。ひごろあすかが選びがちな、ひざ丈の上品なスカート丈は物足りなかったが、なぜ今日に限って短いのか。
こんな夜に限って。
「外でもつかえるし、部屋でもつかえて、こんなにかわいくて」
あすかが、かおりをおもいきり吸い込むように、ストールに顔をうめた。
「学校は、校則違反になるかも……取り上げられたらかえしてもらえないから、家で大事に使います」
口をはさもうとするキヨシをよそに、あすかがあらためてたずねる。
華奢な体をストールでつつみ、キヨシを見つめた。
「この色似合ってますか?」
「……ああ」
「ありがとうございます!わたしもこれ、大好きです」
ストールの端をつかみ、えりもとをぎゅっとひきよせて、あすかはいとおしそうに目をとじた。
べたついた指を、あすかがもちこんだウェットティッシュで拭う。
ペットボトルのお茶で、キヨシは一気にのどをうるおした。
「あ、キヨシさん結構すすんでますね」
「さっきくっちまうぞっつっただろ?さめんべ?」
「これ、ありがとうございます」
「んな何遍もいわなくてもよ、一回でわかんよ?」
「何回言っても足らない。これ、キヨシさんそのものです。あったかいとこがキヨシさんににてますよ」
あと、かわいいとこも……。
こんなとき。
この部屋に、薄くてかたくてかびくさい布団ではなく、ベッドがあればよかったとおもう。
ようやくぬくもってきた、古ぼけたこたつ。
テーブルのうえの、いろとりどりのたべもの。
灯油をつかうストーブは、大家の意向で禁止されている。足元や手をあたためるときに役立つ電気ストーブが、部屋のかたすみにそなえつけてある。寝相に問題のあるキヨシは、はずみで蹴倒したこともあるが、自動的に電源が切れる安全なシロモノだ。
狭い部屋のなか。
食欲より優先すべきものを決めたキヨシ。
おもむろにあすかにむきなおったキヨシが、あすかの肩からストールをはぎとった。
「あっ」
そして、大きなストールを畳のうえに、ばさりとひろげた。
狭い部屋を一気に支配してしまうそれをきょとんと見つめたあすかが、恋人の名前を呼ぶ。
「キヨシさん?」
「わりーな、鶏くせーかもしれねえ……」
「とり!」
ウーロン茶でうるおした口の中はやはりあぶらぎっているだろう。申し訳程度の詫びで、あすかの清潔なくちびるを犯すのは気がひけど、スイッチが入ってしまったのだから、しかたがない。
こんなに軽々と引き寄せて、抱けてしまうあすかの身体。
あの日以降、スキンシップというのか、あすかのやわらかな体はキヨシの間近にあることが増えた。
黒いタートルネック越しのあすかの腕は、相変わらず折れてしまいそうなほど華奢だ。
キヨシの分厚い胸板にあっさり倒れ込んできたあすかの体。
しっかりととらえながら、後頭部をつかみ、引き寄せた。
お茶で軽く洗われたキヨシのたらこくちびるが、あすかのくちびるに不器用に重なった。
「んっ」
あすかの満足ゆくものを与えられているのだろうか。そんな心配がちらちらと去来すれど、キヨシは、自身の欲のまま、あすかのくちびるを味わうことに終始するのだ。
そして、キヨシが敷いたストールの上。
かびくさい畳にその細い背中をたたきつけてしまうことを懸念するキヨシは、片腕一本であすかのことを守りながら、ストールのうえにあすかを寝かせるように、押し倒した。
どちらともなく、くちびるが離れる。
くちびるがてらてらとひかってしまったあすかが、キヨシを澄んだ瞳で見上げる。
その瞳には怯えもない。恐怖もない。
しかし、あたたかいといっても、薄手のストール一枚。
畳の感触を直に感じ、あすかは不快に思っているかもしれない。
キヨシのそんな懸念など跳ね除けてしまうあすかは、キヨシをみあげて いとおしくわらった。
「今年の終わりで、わたしたちはいったん終わりなんですね」
「……終わり?」
「ここからまた、新しいことがはじまる」
あすかの手のひらに、キヨシの無骨な手がおかれる。
傷つくことをしらない無垢な指と、労働者の太く傷ついた指が、ぎゅっとからみあった。
「キヨシさん、わたし大丈夫です」
キヨシの手に、ちからいっぱい指をからめたあすかが、宣言する。
「キヨシさんがいてくれたら、怖くない」
タートルネックのセーター。
キヨシの不器用な指ではじけるボタンは見あたらない。
このままたくしあげて、頭から引き抜いてしまえばいいのか
そしてミニスカートの構造は、ちらりとみやったところ、不可思議だ。
なにやらくるくる巻かれたあと、腰あたりで、ボタンを使ってとめてあるのか。
倒したはずみでスカートはめくれあがり、分厚いタイツに覆われたあすかのふとももはますますあらわになっている。
黒髪からのぞく、あすかの耳元。
そこにくちびるをよせ、鶏肉の油が指先を浸すキヨシの手が、タートルネックが目立たせるあすかの胸のうえに無骨に置かれたとき。
すこし頬を紅潮させたあすかが、真顔でつぶやいた。
「あ、でも避妊は……」
わたし保健の授業でもらったのがひとつだけポーチに……。
意外にしっかりとした腹筋をつかってあすかがひょこっと起きあがろうとするので、キヨシがあらためてくみしく。
「か、かてー女子校だろ?んなもん配んのか……?」
「かたいから、そこはちゃんと教育するんですよ」
真顔で訥々と語ってみせるあすかは、こんなときすらマイペースだ。
ただし、あすかが見せる心配は、キヨシには無用のことなのである。
「こ、こ、ここによ……」
キヨシが、ズボンのポケットを指さす。
このなかに、すでにしのばせてあったのだ。
これは、そういえば、時貞におしつけられたものだ。
ヒロシに時貞、ふたりからおしつけられたコイツが、この部屋にはあと20はあるだろうか。
「あぶら、ついっちまうな……」
「んー?大丈夫ですよ?」
何をいまさら。
そんなふうにわらってみせたあすかのすべすべの頬を、キヨシの大きな手がそっと覆った。
いつも、素直に甘えるように澄んだ笑顔でわらってくれるあすかが、愛らしい口を真一文字にむすんで、かしこまった表情でキヨシを見上げている。
何をやるにも、独特のアプローチをみせる子だ。
キヨシの心の奥をいまだ巣食い続けるひとつの懸念。
それをたずねてみる。
「なぁ」
「はい、なんでしょう」
「あれから、何もねーかよ?」
「ないです!ないと、おもいます。声もかけられないし、一度もそういうことありません」
「怖いことあったらよ、すぐTELしてこい」
「はい」
「オマエがどこにいてもよ、おれがぜってー助けにいく」
おおげさに瞳をうるませたあすかが、キヨシの首根っこにおもいきりしがみついた。
ぐらりとバランスをくずしかけたキヨシが、あすかにしがみつかれたまま、情けない抵抗をみせる。
「み、みえねーよ」
「みえない?」
キヨシの、猛獣の如き首ねっこにかぶりつくようにしがみついたあすかが、すこし離れてキヨシのことをのぞきこむ。
「オマエのツラ」
「寝ちゃうと、あんまかわいくないのがもっとかわいくなくなるんですよ」
鼻息をあらくあさせたキヨシが、かわいらしくぼやいたあすかのくちびるにふたたびかみつく。
ストール越しに、キヨシのたぐいまれな腕力でごりごりと押さえつけられる痩せた体、細い首、ちいさな頭。
本当は、あすかの身体のあちこちに、さきほどから少しだけ痛みが走っている。
でも、こんな違和感、懸命にあすかのことを愛してくれようとするキヨシのために、耐えてみせたい。
あすかのけなげな決意はつゆしらず、キヨシは、タートルネックのすそから、あすかのなかに無骨な手をしのばせる。
セーターに、インナーのキャミソール。
あっさりとたどりついたあすかのやわな腹。
この感触は二度目だ。
あすかの真っ白な首筋に、キヨシは低い鼻先をうめる。
鼻とくちびるで、べたべたとあすかの首筋をたどってみせると、キヨシの広い背中にぎゅっとしがみついたあすかが、耐えるような声をもらした。
インナーごとセーターがたくしあげられる。
あすかの、オフホワイトの下着につつまれた胸元が、片側だけあらわになった。
荒い呼吸をくりかえしながら、キヨシのくちびるは、あすかのからだをざらざらとたどりつづける。
そして到着したのは、かわいらしい下着と胸元の境目。
くちびるをよせて、赤いあとをつけようと吸い付いて見せる。
グローブのようにぶあつい手は、あすかの胸元をかるがると包めてしまう。
この勢いのままあすかのスカートをあらあらしくむしろうとするものの、あすかの痩せた腰に頑強にからみついているスカートは、とれやしない。
なぶりつづけていたあすかの胸元から一度顔を起こしてみせる。
「こ、コイツ、どやって……」
潤んだ瞳のまま、あすかが体をすこし起こした。
「あ、あの、あ、これはね、ここを、こうすれば……」
巻きスカートというしろものらしい。腰でとめられていたボタン。そしてさしこまれていたベルトのようなものをそっとほどけば、あすかの下腹部を覆うウールのスカートが、みるみるうちにほどけてゆく。
「……ちょ、ちょっとはずかしい、です……」
スカートがほどけ、まだタイツに包まれているあすかの下半身があらわになってゆく。
そのとき。
キヨシの古ぼけた部屋が、激しい振動につつまれはじめた。
誰かが、キヨシの部屋の薄いドアを勢いよく蹴とばし始めたのだ。
いつか、この部屋を襲撃されたとき、あすかを抱きしめてキヨシはただじっと耐えていた。
それを思い出したのか、すなおにキヨシに前身をまかせていたあすかの瞳が、とたん恐怖にゆれる。
あすかのすべてにむいていたベクトルを叩き折られたキヨシは、おびえるあすかを抱き締めて、深いためいきを吐き、その息に怒気をにじませる。
「あすか、デージョブだ」
「キ、キヨシさん……」
あすかのセーターのすそを腰まで下ろした。顕わになっていた胸、キヨシの唾液にまみれた胸元は、もとどおりとなる。
いまだつづく音。こぶしで殴り続けているのであろう、古い扉がたわんでいる。
キヨシに体をあずけたまま震え続けているあすかをストールごときつくだきしめ、そのか細い背中を何度もなでる。
「あすか、いいか、そこ隠れてろ」
「そこって……?」
そのとき、薄い扉の向こうから、えらく聞きなれた声が響いてきた。
「おい!!クマ!!いねーのかよ!!!」
この声は。
このあだなは。
「キーーヨーーシーーちゃーーーーん!!」
キヨシのことを、くだらない呼び名で呼びつけたかと思えば、まるで小学生のようなわざとらしい猫なで声。
ヒロシだ。
「……」
「……あ、あけてあげたら……?」
あかりを消しておけばよかった。
キヨシの腕のなかでヒロシを案じるあすかの髪の毛を何度も撫でながら、キヨシは眉間に深い皺を刻み続ける。
「そのうちよー、あきらめっちまってよ、どっかいっちまうべ!」
「……そんなこと言って、キヨシさんがヒロシさんのこと一番気になってますよね……?寒いですし……」
キヨシが残した大きな舌打ち。
あすかは、心底心配そうにキヨシを見上げる。
「あすか、大丈夫か?背中こすれてねーかよ……」
「ん?うん、大丈夫。ちょっと待って」
やや乱れた黒髪。
かすれた声、すこしくだけた語尾がいとおしい。
ヒロシが剥いでしまったスカートをまきなおして、さっきおくったばかりのストールを羽織る。
キヨシがおくってくれたストールを羽織り、長い髪の毛を手櫛で整え直した瞬間、キヨシ宅の扉にあたえる狼藉にガマンしきれなくなったキヨシが、ドスドスと畳をよこぎり、ガチャリと鍵をまわし、扉を思い切り内側にひいた。
「うるせえ!!」
「ああ?かてーことゆーなよクマのくせによーー」
「んだと、またんなもん5個も6個もさげてよ、ゾウかてめーぁ!!」
とたん、お気楽な調子でヒロシがころがりこんでくる。
なじみのドカジャン。とびらの向こうにちらりと見えた単車。
両手には弁当の山と白いハコ。
そして、ヒロシが、キヨシの狭い部屋にぺたりとすわりこむ女の子のすがたに目をとめた。
「!!!あすかちゃん?」
「こんばんは」
「オマエマジであすかいねーと思ってきたんかよ?」
「あすかちゃんち、かてー家だべ?いいの?こんな時間」
地下足袋を放り捨てたヒロシは、あすかともすっかり友達だ。
キヨシにかける言葉とは違ったやさしい語尾で、あすかのことを案じた。
「かたくないですよー、キヨシさん、うちのお父さんとお母さんにこのまえ会いましたもん。ね?」
んだと、きーてねーぞ!
荷物をどさどさと置き、キヨシの広い肩を思い切り叩いたヒロシ。
そんな光景を見守りながら、あすかがこたつの布団をゆびさす。
なかば壊れてしまってはいるが、根気よく電源を入れ続けていたおかげで、それなりにあたたまっている。
「ヒロシさん、入ってください。寒かったでしょ」
「ああ、わりーなあ」
お茶でもとつぶやき立ち上がろうとするあすかを笑って止めたキヨシが、すぐそばの流しに向かった。こたつの上にはさめきった食べ物。ヒロシはいまだ、さきほどまで行われていたことを悟ろうとしない。
「オマエ、マジで何も考えねーできたんか?」
オレぁてっきりわざと……。
ずれたサングラスを人差し指でもとにもどしたヒロシが、荷物を引き寄せた。
「ちげーぞ、おら、コイツみてみろ」
やまのような弁当にくわえて、目立つのは白いハコ。
それをこたつの上においたヒロシが、がさがさとハコを解体してみせる。
中から現れたのは、コンビニのクリスマスケーキ。あすかが持ってきたいちごのケーキとは違って、ブラウンのコーティングが食欲をそそる、チョコレートケーキだ。ヒロシの彼女がバイトしているコンビニで、彼女のために気前よく予約した分のひとつであるという。
「ケーキですね、キヨシさんまだおなかいっぱいになってないから」
「んなことねえぞ?」
「やさしいからおなかいっぱいっていってくれるんですけどー、ぜんぜんなんですよ。ゴハン途中だったしこれも、いただいたら?」
「ZUできちまってんからよ……ひっくりかえってねーか?」
「あ、大丈夫みたいですよ。ちょっとだけ端にくっついてるけど、平気」
「クマおめーこんくれーくえんべ」
「ヒロシさんは……クリスマス、えっと、彼女さん……」
「ああ、アイツぁよー、今日もバイトでよ……」
こたつのゆるやかな電熱でひえた手をあたためたヒロシが、サングラスの奥でへらっとわらった。
あすかの首筋にかすかにのこった痕。
それをみつけたヒロシが、ころがっていた空き缶をキヨシの背中になげつけた。
律儀に茶を準備していたキヨシが、何しやがんだ!!とどなりちらす。
「そうですか、遅くまでバイト……みんなが遊んでる時に、立派ですよね……」
「終わるまでだかんよ、もちっとしたらよ、出てくべ」
「そもそもくんじゃねえ」
盆も茶たくも使わず、素手で湯飲みを運んできたキヨシが、ヒロシの前に乱暴にお茶を置く。キヨシさん!そう叱ったあすかに、キヨシはすなおにあやまった。
何かが終わること。
何かが始まること。
それは結局、いまだ未知のこととしてふたりのすぐそばに置いておかれたままとなる。
クリスマスイブ。
思い通りにゆかぬまま、それでも、この狭い部屋には、確かなぬくもりと、ずっと守りたい優しさだけがある。
ほんのわずかな前進と後退。服の下のかすかな変化だけのこして、3人だけのクリスマスパーティーが始まる。
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