夏影
きゅうりを適当に切りきざみ、味の素やごま油や砂糖に醤油にすりごま、とにかくそういったものをいい加減にまぜあわせ、ちぎったものを捨てるように乱雑に盛りつけ、食卓に皿をコトリとおいてやると、よっつの澄んだ瞳がきらきらと輝いたので、龍也はみょうにむずがゆい気分におそわれた。

「・・・・・・んなたいしたもんじゃねーゾ・・・・・・」

真夏。
木造家屋のリビングに、よくきいた冷房。
趣味のいい和食器に盛り付けられた、控えめな和食。
龍也と葵とその双子の妹。
なぜだか、三人だけの食卓。

葵の品のいいくちもとに、行儀のいい箸づかいで、龍也がつくったきゅうりのあえものがはこばれてゆく。

「おいしいです!」

葵は、大きな瞳をひときわきらきら輝かせ、万感胸に迫ったようすで、龍也に歓喜の感想をのべた。

食卓のうえには、葵がつくったぶりの照り焼き。よく見れば葵に似ている双子の妹は切り干し大根の煮物をこさえ、龍也は、きゅうりをいいかげんにあえたものにくわえ、焼きなすのおひたしもつくってやった。安アパートでの自活にくわえ、実家でも、龍也は、相応の手伝いを重ねてきているものだから、この程度の食事の支度は造作もない。

ずいぶん行き届いたテーブルマナーで、龍也がつくった適当なメシを、葵は幸せそうに食べている。習慣としてテレビはつけないようで、さほど口数が多いわけではない三人であるものだから、ほうっておけば、食事を咀嚼する音しか聞こえなくなる

木目のテーブルの上には、それぞれがつくった食事のそばに、汗をかいたグラス。氷がカランと音をたてる。飲み物のかさが減ったグラスに、葵が麦茶をそそいでまわった。

龍也は、てれくささからくる仏頂面で、食事をもくもくと口に運び淡々と茶を口に含む。アルコールは禁止だと、きまじめな葵に忠告され、龍也はやむをえずそれを承諾している。喫煙量も、日頃の10分の1程度に減った。それも、今日が最後だ。

夕食の支度中、きれいにしつらえられたキッチンにたつ龍也のまわりを、多少遠慮がちに、そして好奇心たっぷりにうろうろとさまよっていた、龍也の彼女、葵。
葵はなぜだかせのびをしながら、龍也による、手際のいい食事の支度のようすをのぞきこんだ。

「あっちいってろ・・・・・・」
「龍也先輩、なすですか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・なすですか?」
「・・・・・・向こうで休んでろ・・・・・!」
「なすですか、夏ですもんね?」

向こうへいけともう一度厳しく伝えてやろうと思えば。
葵は子猫のようにマイペースにリビングにもどり、ちんまりとすわっている妹に、まな板のうえになすがあると報告していた。

この双子の母は、外国の音楽大学と日本の音楽大学で講師をつとめており、北米と日本の行き来を繰り返していることはずいぶん昔から龍也も承知している。上にも姉がいるが、あの人が夜な夜な遊興にふけっているうえ別宅といえるアパートをもっていることも、龍也はいやというほどよくしっている。この姉妹ふたりだけで一夜を過ごすことなどあたりまえで、龍也は以前から気がかりでしかたなかったのだ。もしもなにかあれば。葵は、心配しすぎだと伝えたけれど。
短いあいだではあるが、夏休みを迎えてすぐに、体があくものだから、しばらく葵のそばにいてやると切り出すと、葵は、ひととおり遠慮をしきったあと、くちびるをぎゅっとかみしめ、感極まりいまにも泣きだしそうなツラをしたあと、うるうるとした声で礼をのべた。

短期バイトの合間。族のメンバーも、おのおのがさほど忙しいわけでもないくせに、どうにもうまく頭数がそろわない。エアポケットのような期間をつかって、家ごと葵を守ってやるかと、龍也は、ほんのわずかな湘南暮らしをつづけている。

あいかわらず、少女ふたりだけで暮らしている夏休み。こうして龍也が葵の家で、まるでこの子たちの亡くなった父親がわりのように、いやそうではなく、葵の恋人として、葵の家で過ごしはじめて、五日目。案の定、一日目から水道工事と名乗る奇妙なニセ業者が訪問してきたり、うさんくさいセールス電話がかかってくるもので、かたっぱしから龍也が退治していると、三日目にはその一切が、消え失せた。実は怖かったし面倒なおもいもしていたと葵が打ち明けたので、どんなことでもさっさと相談しろと、龍也はきつく言いつけた。

昼間から習い事に出かけたあと、葵はいきせききって帰ってくる。
龍也も、日中時折極楽寺のこの家から気まぐれに単車で出かけることもあるわけで。
夕刻帰ってくると、ちんまりと家で待ち続けていたなぜだかとてもさみしそうな葵が、お昼はいいけど、夜はどこも行かないでくださいと、小さな声で龍也に懇願してきた。


龍也とてそう居座れるわけでもなく、明日一旦帰国する母親といれかわりで、龍也はひとまず、明日、横浜に帰る。

食事を終えた後、かたづけもやってやると言いつけると、よっつの澄んだ瞳が、さらにきらきらと輝いた。
じゃあお風呂いれます、じゃあお皿拭きますと、ちまちまとなにかしら仕事をみつけ動きたがる二人の少女の甲斐もあり、最後の一日も、無事に家事はあらかたすんだ。


「一緒に入っかよ」

そうからかってやると、顔を真っ赤にして、葵は、龍也を脱衣所に押し込む。
龍也は、葵のすべてをあらかたしりつくしているけれど、そういえば、風呂だけは一度も一緒に入ったことがない。

明日帰るわけであるから、着替えはもう洗濯機にほうりこめない。この家の風呂は、葵の母親の趣味なのか、脱衣所も洗い場もすべて質のいい木で造られていて、ミニマルなデザインが、ずいぶんと居心地がよい。古いアパートの狭い風呂、葵が時折龍也の部屋をおとずれたとき、葵は遠慮がちにつかってさっさとでてくるが、あの狭いユニットバスとはずいぶん違った、広いバスタブ。深夜の現場あけの滞在一日目、風呂につかったまま20分ほど寝入ってしまったら、あまりに深刻な声で龍也のなまえをよびつづける葵が、浴室の扉をどんどんとたたいていた。

風呂からあがれば、すぐに葵の部屋に直行する。のんびり入浴したあと濡れ髪ででてくる葵のことを、狭いベッドにどさりと寝ころがり、ぬるい夜風が流れ込んでくる窓をうっすらとあけて、たばこをすいながら待つ。窓からたばこの煙を逃がしながら、ぺたぺたと部屋にかえってくる葵の濡れた黒髪を丁寧にかわかしてやり、ちまちまと、そのツヤツヤの肌に何かをぬりつけるのをいまいましく待ったあと、葵を、ちいさく清潔なベッドに、ドサリと押し倒す。額をくっつければ、葵が顔にぬりつけた液体やらが、龍也の、消えないきずあとを抱えた顔にもぺたりとくっつく。その様をみた葵が、いたずらっぽい顔で笑うので、仕返しのように、小さな唇をおもいきりふさいだ。

幾度あじわっても、葵は、全身を紅潮させて、シトラスのかおりをたちのぼらせ、龍也にはずかしそうにすがりつく。
そういえば、己もこの五日間、葵と同じかおりをさせていた。

今日は、葵のちいさな部屋に直行することはやめた。

この家はどこもかしこも、あたたかい木目で拵えられている。木目の玄関の、靴箱の上におかれた電話で、耳を葵以上に赤く染めあげ、たどたどしく不器用な、そして微かでありながら甘い口調で、何者かと一生懸命電話しているミントグリーンの部屋着をまとった葵の双子の妹をちらりとみやった。律儀に目礼をおくってくるものだから、龍也は、静穏な目つきで気にするなと無言で伝える。あの子は、滞在中、毎日あの調子であった。あの電話の先が誰なのか、わかってはいるが、己が踏み込むことではない。
一度も会ったことのない男だ。


つーかよ、この家にいるとよ、いもーとのオトコとカチ合うことも、あんのか・・・・・・?


「龍也先輩は、きっとあの人と、仲良くなれると思う」
たったひとこと。それ以上いわなかった葵。
葵の倍以上おとなしいあの少女に、電話の向こうから毎日毎日、むりやり恥ずかしいことをいわせていた。
マネしてみっかよ。風呂で多少のぼせた頭に、ばかばかしい考えがうかぶ。


アルコールは禁止と言いつけられていたが。最後の日に、それをやぶる。勝手に長谷のコンビニまで買い求めにゆき、勝手に冷蔵庫にしまいこんだ缶ビール。
リビングのテーブルにおいたままのたばこをぐしゃりとつかみ上げ、龍也は、リビングの大きなガラスの引き戸をあけて、縁側に出た。ウッドデッキのつもりだそうだが、風情はどうみても縁側でしかない。真っ暗な庭にも、そのうち目が慣れてくる。庭の面倒は業者がやっているらしいが。悪くない家だが、維持には手間がかかるだろう。
晴れた日には、ここはずいぶんけっこうな眺め。相模湾を見渡すことができる。
夜9時をむかえるこの時間、ぽつぽつとともる釣り船や灯台のあかりは確認できれど、その眺望はのぞめない。

葵の兄のTシャツを拝借しているので、防虫剤のにおいがただよっている。そして、ぬるい夜風は、どこか夏のにおいに満ちている。縁側にあぐらをかき、ビールをあけて、ごくごくとのみほす。
頭上には、風鈴。ガラスでつくられたねこの意匠で、ぬるい風がふくたび、やや安っぽいガラスの音が、カツンカツンと鳴った。

熱気がこもる、鎌倉の谷津の奥。今日は、ぬるい夜風がちょうどいい。冷房をあびるより、しばらくこの風をあびていたかった。
ビールはあっさりと空になる。
たばこをひっぱりだして、ジッポで火をともした。

そうしていると、背後のガラス戸が、からからと音をたててひらいた。紫煙のゆくさきが、少し変わる。

「龍也せんぱい、ここにいらっしゃったんですか」

ほかほかと、お湯のかおりをさせながら。葵が縁側に出てくる。

「髪、かわいてんのか……?」
「かわかしましたよ!」

龍也のそばにちんまりとすわった葵の黒髪に手をさしこむと、表面こそさらさらとかわいているものの、内側はまだしっとりとぬれている。

「もってこい」
「え、な、なにを」
「ドライヤー」
「だ、だいじょうぶです、風で、かわく」
「風邪ひいちまうぞ・・・・・・」

葵が、部屋に、しぶしぶドライヤーをとりにゆく。重いドライヤーを抱え、とことこと戻ってきた葵。龍也は、それをとりあげ、ガラス扉のむこうがわのコンセントにコードをさしこんだ。

「後ろ向け」

じつによい子の返事をした葵が、龍也に、ほっそりとした背中をすなおに向けた。この髪の毛をおもいきりかきあげれば、真っ白のうなじがのぞく。クリーム色の生地を赤く縁取り、小花の模様がちらされた、涼しそうなナイトウェアをまとっていて。赤いショートパンツから、やわらかそうな白い足がのぞく。

あけはなったガラス戸のさかいめにぺたりとすわりこみ、葵は、龍也に、おとなしくすべてをあずけている。龍也の無骨な指が、葵の頭皮をがっしりとおさえ、ぐりぐりとつかむようにかわかす。その力強さが、どこか安心感にみちていて。葵は、きもちよさそうに目をとじたままでいる。

「これくれーで、いーかよ」
「ありがとうございます!」

あっさりとかわかしおえて、龍也がドライヤーの線をひっこぬいた。とたん、葵が立ち上がり、ドライヤーをかかえて引き戸の向こう側にぱたぱたときえた。

数分後、カランと氷の音を奏でる汗をかいたグラスをふたつたずさえ、葵がちょこちょこと戻ってきた。

「それ、もう飲んじゃったでしょ」
「・・・・・・」

灰皿がわりになっていた缶を龍也のほうへよせて、葵は、縁側に、グラスを直においた。

「龍也先輩、五日間ありがとうございました」
「居座ってただけだぞ・・・・・・」
「すごく楽しかったし、いっぱい助かったし、もう、幸せでした」

大げさなことばを、葵はあっさりと口にした。ほんのわずか、龍也からはなれて、ぺたりとすわりこみ。大きな瞳で龍也をみあげて。

「幸せかよ・・・・・・」

呆れに、ほんのすこしのやるせなさをにじませて、龍也は、葵が澄んだ声ではっきりと話したそのことばを、繰り返してみる。

「龍也先輩が、一緒にいてくれるだけで、うれしいのに、ずっと、そばにいてくれたので」
「昼間出かけただろーが……」
「夜どこにもいかないでってわがままゆったのに、きいてくれて・・・・・・」
「んなもんわがままとはいわねーぞ……」
「一日中、龍也先輩と、お家で、ゆっくりできたんですよ!こんなこと、しばらくないですよね」

汗をかいたグラスをもちあげて、葵は、真っ白なのどに、こくこくと麦茶を流し込む。

「あの、先輩、」
「・・・・・・んだよ」

片膝をたてて、ガラス戸にもたれかけた龍也が、けだるくたばこを吸ったあと、煙を大量に吐き出した。グラスを、縁側のかたすみにことりと置いた葵が、自信のない声で龍也にたずねる。

「もちょっと、近くに寄ってもいいですか?」
「・・・・・・今更聞くことか……」
さんざんやっといてよ。

や、やる!?と、しどろもどろに顔を赤らめ狼狽する葵の華奢な肩を、龍也は勢いよくひきよせた。
ちいさな悲鳴をあげた葵は、龍也の間近にひっぱりこまれたあと、たくましい腕を肩においたまま、いそいそと座り直す。
そして、龍也にぴとりとくっついた葵が、おそるおそる切り出した。

「鎌倉花火のとき、おいそがしいですか?」
「・・・・・・さーな・・・・・・いろいろあっからよ・・・・・・」
「そうですか・・・・・・、わかりました!!」

無理に笑顔をつくり、よいこのふりをしてそれ以上ふれない葵を、龍也がやや厳しい視線でとがめると、葵があからさまにしゅんとした。

「花火くれー、どこでもあんだろ……?またよ、連絡いれっからよ……」
「・・・・・・ありがとうございます」
「だからよ、オレとだけ、見ろ……」

肩を抱かれたままの、葵の正直な瞳が、何かを思い出したように幾度かまばたきをくりかえす。その変化を見逃さない龍也が、正面を向いている葵の顔を、ぐっとのぞきこんだ。

「・・・・・・」
「……ああ?返事ぁよ?」
「え、えっと、龍也せんぱいといっしょにいけないなら、鎌倉花火は、ここからすごくよくみえるから、家でみようかなって」

くわえたままのたばこがぽろりと口元から落ちそうになったので、空き缶につっこんだあと、2本目に火をつけ、龍也はけげんな目つきで葵の言葉に返事をする。

「・・・・・・?そーすりゃいーんじゃねーか……?」
「えっと、妹の、つきあってるひとも、たぶん、うちで・・・・・・」
ほ、ほかのおとこのひと・・・・・・

消え入りそうな声で葵がうちあけると、龍也の盛大な舌打ちがひびく。

「・・・・・・都合つけてやるからよ……」
「あ、あの、そーゆーつもりじゃなく……、でも、むり、しないで……」

葵を逃がさぬように、肩を抱いたまま。その指の力は、著しくみなぎり。
あらいざらしの黒髪にかくれそうになる、葵のばつのわるそうな顔を、鋭く、つめたく、真面目な眼で龍也はつらぬく。

あ、あの、

「・・・・・・」
「一緒に、いられたらうれしいです・・・・・・」

うつむきながらも、素直につたえた葵を、龍也の眼は、ようやくゆるした。

「龍也先輩と、一緒にやりたいことが、いっぱいありました」
「・・・・・・」
「そのうちのひとつが、一緒に花火みること」

こんな季節の何が楽しいのだか、龍也には皆目見当もつかないが。
指を折って数えながら、祭りだの海だの、幸せそうに龍也に語り明かす葵の澄んだ声を、ぬるい夜風をあびながら龍也はあきれた顔で聞いている。そのとき、以前から、やや気にかかっていたことを、龍也がきりだしはじめた。

「……いもーとのよ、オトコもよ、よく、ここによ、くんのかよ」

空き缶にたまるすいがらを見つめながら、まだ火のついていないたばこをガシガシと噛み、龍也が、こころなしか居丈高な口調で、葵にたずねる。

「あの人はですね、夜にいきなりくるみたいですね」
「……ああ?」

露骨に敵意を剥きだしにする龍也を、多少おびえつつ諫めながら、葵が続ける。

「・・・・・・お、怒らないで、ください・・・・・・わたし、寝てて気づかないんですよ。わたしが日曜日の朝とかに起きたら、トースト焼いてたり、新聞読んでたりしますね」
よぅ!って、ゆってくれます。

吸ってもいないたばこを、手癖のままに庭に放り捨ててしまいそうになったが、すんでのところで理性がそれをとめ、あきかんにつっこむ。

「気づいたら、妹つれて、どっか行ってます」

龍也の動揺に反して、葵は、あっけらかんと語り続ける。

「あんまりしゃべんないですよ、ほら、妹も、龍也先輩とそんなにしゃべんなかったでしょう?わたしも、おなじ」

あの内気な双子の妹とのつきあいはずいぶん長いというから、葵の寝起き姿を、へたすれば己よりも回数を多く見ているのではないか。

「あ、あの、それはともかく」

なにをはぐらかしているのか。
そのうえ、さきをこされた。
確かにこの家なら、あの内気な子をどんなトラブルにもまきこまず、ゆっくり花火を見ることができるであろう。

「まだ、夏休みはじまったばっかですね!先輩、お忙しいですよね、えっと」
「あぁ?何まとめにかかってやがんだ……?」
「そ、そんなつもりは、ないんですけど」

龍也が着ているTシャツのすそを、くいと引っ張って、葵が、涼しい声でたずねた。

「先輩、鎌倉も悪くないでしょ?」
前もゆったけど。

「龍也先輩とずっといられるのって、こんなに毎日、楽しいんですね」

まだたっぷりとのこっている、龍也のグラスが、ぽたりと汗をかいたあと、縁側に黒いしずくのあとをつくった。氷は音を奏でるまえに、すっかりとけている。

葵の、ふわふわの頬に、龍也は無骨な手を這わせる。少しうるんだ瞳を、真っすぐにつらぬきながら、ほっそりとしたあごをもちあげ、葵のちいさなくちびるを、たばこくさい口で包み込む。

幾度も角度を変えて。葵の細い背中を思い切り抱き寄せる。
龍也の胸元に抱かれながら、葵は、だんだん深く、激しくなるそれに、眉根をきゅっとよせ、龍也の胸元をぎゅっとつかみながら、懸命にこたえた。

「今日ぁよ・・・・・・、何もしねえよ・・・・・・」
「えっ、あ、あの」
「毎日じゃつれーだろ・・・・・・?」
「・・・・・・大丈夫、なんです、けど・・・・・・」
せ、せんぱいは・・・・・・

ごまかすように葵の額を指ではじくと、葵が賢そうな額をおさえておおげさに痛がった。

「寝るか・・・・・・、そろそろ冷えんだろ」
「はい!」

なまぬるい屋外から、なまあたたかいリビングへ。戸締りを確認して、カーテンをおろした。
たばこのソフトケースはいつのまにか空になっている。
引き戸をぴしゃりとしめて、すいがらをごみばこに捨てたあと、缶とグラスを流しにおいた。

龍也の背中にぴとりとくっついて、裸足の足でぺたぺたと音をならし、ちょこちょこくっついてくる葵の体を、龍也は不意に抱き上げる。

「り、龍也先輩!」

大昔に乗ったジェットコースターのように。突然体が空中にうき、たくましい腕で、お姫様のように抱き上げられ、葵は手足をばたばたさせて、龍也の名前を呼んだ。

「ふらふらしてんじゃねー・・・・・・。ここに腕まわせ。じゃねーと落ちんぞ」
「は、はい・・・・・・」

龍也の首に腕をまわし、葵はきゅっとしがみつく。

夢のような日々の、最後の夜。
龍也は葵を抱いたまま、リビングの扉を足で閉める。

龍也にぎゅっとしがみついたまま落ち着きのない瞳でおどおどと見つめてくる葵の、あたたかいかおりがただようやわらかい体の感触を楽しみながら、龍也は木目調の廊下をあるき、葵の部屋のとびらのすきまに、足のさきをさしこみ、こじあける。

葵を清潔なベッドにそっとおろしたあと、つけっぱなしであった照明のスイッチをおとす。

そして、うるんだ瞳で待っている葵の上に、龍也はどさりと覆いかぶさったのだった。
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