夏影
七宝柄の、シンプルな浴衣。
淡くぼかしたような藍色の七宝模様は、派手さには欠けていてひかえめだけれど、葵はとても気に入っている。
帯は、からし色に縞麻。バイクの形の根付けを、こっそりとさげてみた。龍也に気づいてほしい。でも、気づかれてしまうと、なんだか恥ずかしい。そんな相反する気持ちを抱えながら、飾ってみたのだ。長谷で手作りの雑貨店を営んでいる人にオーダーメイドでつくってもらった、バイクの形の根付。説明がうまくいかなくて、カウルこそついているものの、龍也の乗っているバイクとは形状がなんだか違っているが、いつか龍也にあげようと思って、二つのうちの一つは、葵の部屋の引き出しにしまってある。

簡単なHRと終業式をおえて鎌倉の自宅に帰っていると、鎌倉へむかう横須賀線は、早くもごったがえしはじめていた。夏の鎌倉の混雑に慣れてはいるものの、平日のこの時間なら、容易にすわれると思っていたのに。

そういえば、去年の混雑もひどかったことを思い出す。
そして、今年は、龍也がそばにいてくれる予定だ。


家でごはんのしたくをしている妹の着付けを手伝ってあげた。彼氏は着ないの?とたずねると、絶対いやがるとおもうと笑っていた。習い事のおかげで、和装にはすっかり慣れている。自分の浴衣も、一番気に入っているものをえらんだ。家を出るとき、眼下の相模湾には、打ち上げ船がすでに行き来している様が見えた。
そして、極楽寺駅で江ノ電のなかから追い出される人々のかわりに、葵も江ノ電に乗り込む。すしづめと呼ぶほどではないものの、そろそろ混雑の頂点を迎えようとしている江ノ電。
浴衣や甚平すがたの多くの観光客とともに、葵も由比ヶ浜駅で降りた。海へむかう観光客を背に、葵は由比ヶ浜大通りを歩く。

御成小学校をこえて、市役所前の通りに出る。
夕方。西日こそ厳しいものの、今日はさほど湿度を感じない。この浴衣の風通しで、ちょうどいい。そして、そのまま左折。このあたりにくると、人が少なくなってくる。大好きな紅茶店や、くずきりのお店をとおりすぎて。

鎌倉の夕暮れ。
まだまだきつくさし続ける日差しを直に感じて、葵の額にはほんの少しだけ、玉のような汗が浮かんだ。しっかりとしめあげた帯のおかげか、それ以上の汗はかかない。

佐助稲荷の手前まであるき、そのまま銭洗弁天をめざす。
そうして、さらに7分ほど山をのぼって。

源氏山の頂上までのぼると、山々の向こう側には、やや遠く感じるものの由比ガ浜の海がしっかり見渡せる。

極楽寺の自宅から見る方がずっと近いし、迫力もたのしめるのだけれど。
今年は、双子の妹と妹が慕う人にゆずって。

夜店も僅かに出ている。周囲には、ここが穴場だと知った見物客もちらほらといる。
海が見えるベンチがあいていたので、そこにいそいそとかけよったあと、ちょこんと座り。浴衣の裾はよごれていないし、着付けもくずれていない。帯のかたちも、大丈夫だ。

腕時計を確認してみる。
鎌倉花火大会は、あと一時間半ほどで始まる。
空にはずいぶん、明瞭な光が残っている。まだまだ明るい。

そろそろ龍也もここをおとずれるはずだ。

鎌倉花火には、ほとんど無理を言って誘ってしまった。
その日はバイトが昼過ぎで終わると教えてくれて。

あの駅に、あの坂に、あの海辺に。
穴場はいくつか知っているけれど。
もっとも人が少ないと想定される、そして龍也からもっとも近いこの場所を提案したのは、葵だ。

水中花火は、やや見えにくいけれど、見えなくはないだろう。なにより、船の上から空高くあがる花火は、きっとここから、ゆっくりとたのしめる。

うっそうとした木々におおわれて、夕刻の厳しい日差しをさえぎることもできる。
夜になると、きっと適度なすずしさであろう。

まだ、空腹は訪れていない。
かごバッグのなかから、持参した水筒をとりだして、葵は、お茶をひとくちだけのんだ。

そして、もう一度腕時計を確認する。

龍也は、18時にはきてくれると言った。時計は、17時40分。
少しはやくおとずれすぎた。
バッグにしのばせていた文庫本を取り出す。
まだ手を着け始めたばかりの宿題を持ってきた方が、よかったかもしれない。



腕時計は、18時をまわった。
ぼんやりとした夕暮れのあかりをたよりに読んでいた文庫本。読めた分量は、全体の二割ほど。
少しだけ遅れることなんて、よくあることだ。
そう言い聞かせた葵は、どことなく集中力を欠いてしまい、文庫本をしまいこんだあと、陽がおちてゆく海を、しずかにながめた。


10分おきに腕時計を眺めているからだろうか。
秒針の動きが、妙ににぶくかんじる。

頭の中で、龍也と電話でかわした約束の会話を反芻する。
たしかにこの公園を指定したし、入り口まではバイクでこられることを話したし、時間も間違いないはずだ。

すこしだけ空腹を感じていたけれど、いつしかその感触は、体の中のどこか知らない場所へ消えてしまった。
浮かない気分であるときは、こうして、食欲がどこかへ逃げてしまう。
カップルや家族連れの、幸せそうな歓声。
こうばしいソースやしょうゆのかおり。
そういった、真夏の象徴のようなものが葵をとりまいたあと、源氏山の空へ霧散してゆくようだ。

かごバッグをひざのうえに抱えて、抱きしめるように。
思っていたより見物客が多いから、物騒な雰囲気はない。

そうこうしていると、笛をふくような音と同時に、重低音がひびいたあと、あまりにうつくしい大輪の花火がうちあがった。
空はまだ明るい。紫色がゆるく残り、漆黒の夜をむかえないまま、花火はとうとう始まってしまった。

公園の中から歓声がきこえる。

ほっそりした糸が空中ではじけてゆくように。
七色なんてものではない。かぞえきれないほどの極彩色が、夜空にほどかれてゆく。なんて大きくて、なんて勇敢な花火だろうか。


龍也先輩とみたかったな。


心のなかにあるのは、そんなシンプルな気持ちひとつで。
葵は、ひとりぼっちで、軽く拍手をした。

腕時計は、19時35分をさしている。

「無理して、誘ったしなあ・・・・・・」

そもそも、鎌倉へのルートは、見物客の車でずいぶん渋滞しているだろう。
どうして、そんなことも気を配れなかったのか。
そもそも、忙しい龍也をむりして誘った自分が悪いのだ。

とまらない惨めな自責と自己憐憫。
葵は、こみあげる涙をこらえて、花火をじっとながめる。紅色の花火は空中ですこしゆがんで咲いた。

ひとりぼっちで特等席を占領している葵をじっとりと見まわして去ってゆくカップルや家族連れ。

ばつがわるくなって、うつむきたくなるけれど、やっぱり、龍也と見たかった花火から、目が離せなかった。船から投げ込まれた水中花火が、きっと水面で鮮やかに咲いているのだろう。
水中花火と同時にうちあげられた花火は、なんだかくらげみたいな形をしている。

何かを食べる気も飲む気も起らなくて。提灯がはりめぐらされて、その明かりがぼんやりと手元をてらしてくれるので、暗くはないのだ。
さみしさにまけたくなくて、きりりと前をみすえていると、急にだれかが、葵のとなりにどさりとすわった。
龍也せんぱ、と叫びそうになったが、となりにすわったのは、しらない男の人。生え際が黒い金髪に、短パン。
ひとりでみているのかだのおれがいっしょにいてやるだのいわれたけれど、ことわったまま、じっとうつむいていると、つまらなさそうな顔をして、どこかへ行った。
きまじめな制服と髪色のせいか、葵はそもそもナンパなんて、めったにされることはない。少しだけ怖かったけれど、勝手にあきらめてくれてほっとした。

いい加減、ひとりぼっちでこんなにすてきな席を占拠していることがうしろめたく思えて。

葵は力なくたちあがり、籠バックをかかえたまま、公園の詰め所まであるく。
振り向いてみると、先ほどまで葵がいたベンチは、すでにカップルが座っていた。
夜空には、風車のような花火が打ち上げられたけれど、葵はそれに気づかない。

源氏山公園の入り口。
車止めに腰をかけて、葵はふたたび、花火をながめている。ここからでも海がかすかに見えて、花火はじゅうぶんたのしめる。小花が空に散らされるような花火が夜空にきらめき、葵はかすかな歓声をあげた。
龍也はきっと、めんどうくさそうな顔をして、だけれど葵のそばにそっと寄り添ってくれて、単純な歓声をあげつづける葵を呆れた顔で見てくれて、ときどき、髪の毛も撫でてくれる。
今や、それは、ただの想像。口をきゅっとむすびながら、葵は、すっかり漆黒にそまった夜空に咲く色彩の花を、涙をこらえてみつめつづける。

19時45分。あっというまに時間がたった。

公園の入り口はここだけだから。
やってきた龍也に、すぐにあえるかもしれない。そう期待していても、龍也はきてくれない。

この公園に訪れる乗り物は、ほとんどが車で。ときおりバイクの音が聞こえるたとおもえば、かろやかなパンツスタイルの女の子が、恋人のバイクからおりてくる。羨望のおもいをこめて、瞳で追いかけてしまった。そんな自分自身のあさましさを自覚した葵は、はなをすこしすすりあげる。

そこに、もう一台のバイクがとまった。
この音は、これまでこの公園できき続けた、いたってノーマルなバイクの音と、まったくちがっていた。

思わず立ち上がり、きょろきょろとさがしてしまった、そこには。

随分大きなバイクだ。
そして、かわいらしいイエローのタンク。
中性的な洋服。
金髪が、あどけない美形になじんでいる。
エクステンションがひらりとゆれた。
形のいい瞳が、葵の丸い瞳とぶつかりあう。

その幼い少年が葵をちらりと見遣ったあと、そっけない気配だけ残して公園内へ消えた。

車止めに腰掛けなおした葵。
知らない子だった。草履をはいた足をゆらゆらさせながら、流れ星のような花火がうちあがる様を鑑賞していれば、すっかりその子とその音のことなんてわすれて。
ときどき、うつむいて。
ときどき、花火をみあげて。
そんなことをくりかえしていると、葵のそばには、あの少年。公園と入り口の行き来を、マイペースにくりかえしている。

そして、徘徊に飽きた少年は、なぜだかたまらぬ風情で、葵に、まるで吐き捨てるように話しかけた。

「なあ、オマエ、さっきからこんなとこで何してんの」
「・・・・・・人を、待ってます」

服装も雰囲気も地味であることは自覚しているから、日頃、声をかけられることなんてめったにない。唐突に、やや攻撃的な口調で話しかけられて、戸惑いながら、葵は慎重に返事をする。
少年は、妙にこなれた所作でたばこに火をつけた。

「オマエ、ここたまり場にもなるとこだぜ?」
「今、人も多いし・・・・・・もうすぐ、くるとおもいます」
「ふーん、オトコ?」

特徴あるたばこのかおり。そのけむりが遠慮なく葵にぶつかった。本当は、こうした煙には弱くて。龍也はいつも、葵をよけてたばこを吸う。
軽くせき込んでしまう葵のことも、その少年は気にしない。

「オトコかよ」
「・・・・・・」

その少年から離れるため、葵は、すわっていた車止めから、ひとつ移動した。
少年は、別段それを気にしたようすもない。

少年が、入り口からはなれる。
さきほどナンパしてきた男のように、自分から興味を失ってくれたか。
ほっとしていると、少年は、紙コップにそそがれたドリンクをもって戻ってきた。
そして、不躾に葵に忠告する。

「なあ、帰れよ、オマエ」
「ま、待つの」

短くなったたばこを吸った後、紙コップの飲み物をじゅるりと音をたててすいあげながら。
ずいぶん整った顔をした幼い少年の目が、ぐにゃりとゆがんだ。

「待つしかしらねーのかよ」
「・・・・・・約束、守ってくれるひとだから」

そうして、金髪の少年が弾いたたばこが、葵の草履のさきにころがる。

「忘れてんじゃねーの?みんな約束約束つってよ、口だけだぜ」

どうしてそんなことを言われなければならないのか。

そして、どうしてそんなことを吐き出すのか。

マイペースに車止めに腰掛けて、不愉快そうな顔で、ストローで飲み物をすすりあげる、きれいな顔の少年。

葵は、自分の意見をのべてみる。

「・・・・・・みんながみんな、そうじゃないよ」
「あっそ。そりゃアンタが運がよかっただけだよ」
「・・・・・・そうかもしれないけど、その人は、違うよ」
「ああ、オレもそー思ったとき、あったぜ?」

それはあまりにもゆがんだ音で。少年は地面に唾をはきすてたあと、まだ飲み物が残っている紙コップを、遠くのゴミ箱になげすてた。
ゴミ箱の手前にぶつかり、べしゃりところがったそれは、みるみるうちに、地面に黒い液体を吐き出してゆく。

頭上には花火。遅れて鳴る、大砲のような音。
葵は、ころがってしまった紙コップの方を、ぼんやりとながめながら。

「・・・・・・次に会う人は、そういう人じゃないかもしれないよ」

なぜだかそんなことを口走っていて。
葵のそんな意見を、金髪の男の子は、しごくつまらなさそうに幾度かうなずいたあと、たばこにもう一度火をつけたまま、立ち上がった。

「・・・・・・よけいなこと言ったよね、ごめんなさい」
「べーつに?ま、普段ここたまってんやつらもよー、あっちいってんみてーだからよー、こねーんじゃねー?」
「あ、ありがとう。まだ待つから」
「はっ、せーぜーつったってろよ」
「たってないよ、座ってるよ・・・・・・」

葵の返事をきいてか、きかぬか。
葵のほうを振り向きもせず、片手をあげて、力なく手をふった少年は、ラッキーストライクを地面におとして。
大きなバイクにとびのって、峠をまたたくまに走り去った。

彼がすてた、まだ火のついたたばこ。
そこへかけより、きれいな草履のかかとで、葵はていねいにふみけした。

時刻は、19時55分。

葵はふたたび車止めの上で、足をふらふら前後させて。
あと20分で、花火も終わってしまう。

なんだか知らない男の子とよくわからない話をしてしまったし。
龍也はこないし。
本音をいうと、山をのぼるとき、足が痛かったし。
食欲はわかないし。
ひとりぼっちであるし。

考えれば考えるほど、ネガティブになってゆく。

そのとき、あまりにも大きな音にあわせて、あまりにもおどろおどろしいデビル管の音が響いた。

まるで公園に突っ込んでくるようなスピードをだして、車止めの寸前にとまったそのバイク。

なんて派手なファイヤーパターンとヒョウ柄だろう。

だって、こんな夜にも、すぐに気がつくのだから。

「葵」
「龍也せんぱい!!!!」

草履がぬげそうになるのもいとわず。
車止めからとびおりて。

真っ黒のTシャツは、一部分、色がかわっている。

愛する人のなまえを呼びながら、かごバッグを地面におとして、葵は、そのたくましいからだに、人目も厭わず、思い切り抱きついた。

「龍也先輩ーーーー!」
「葵。待たせちまった」
「がんばってまっててよかったーーー」

うわぁぁんと、おもいっきり叫んでみたつもりだけれど、それは言葉にならなくて。
汗をたっぷりかいた龍也の胸元に顔をおしつけて、葵は、うーだのあーだの、不可思議な声をあげながら。

ただただ、さみしかったのだ。
葵は、しゃくりあげる声がとまらない。
軽く施したメイクも、この瞬間、はがれおちてしまうだろう。
あんまりさみしかったから。
そして、みじめで。
龍也を信じて待つだけのことなのに。
それだけのことが、こんなに寂しかった。

肩をふるわせて、こどものようにしゃくりあげて、しくしく泣きだした葵のことを、こわばった顔の龍也がそっと抱きしめる。

二人の背後で、ひときわおおきな花火があがった。

「葵、悪かった」
「いいんです、いいの、龍也先輩きてくれた」
「大丈夫だったかよ?何もされなかったか……?」
「もー忘れました」
もーいーの、龍也先輩がきてくれたら、それでいーの!

何かはあったんかよ・・・・・・。
あまりにかわいらしく結い上げられたお団子がくずれることもいとわずに。
龍也は、しくしく泣き出したままとまらない葵の頭を、己の胸元に思い切りうめてしまうように、抱きすくめる。

「龍也先輩、ごめんなさい」
「・・・・・・待たせたのオレだろ、いーかげんにしろ・・・・・・」
「だって、わたし、無理に、その、わがままゆって、今日こさせちゃった」

怒りもしない、すねもしない、なじりもしない。
そのかわり、寂しさをからだいっぱいにためて、肩をふるわせて、しくしくと泣き続け、葵は訴え続けるだけ。
そんな葵の涙をとめてやろうと、龍也が、葵の体を少しだけはなし、地面にひざをつく。
そうして、その小さな頬を撫でながら。
涙で、目元も前髪も乱れている。

「葵。さみしかっただろ。すまなかったな」
「さみしかったです・・・・・・」
せんぱい、いそがしいのに、ごめんなさい・・・・・・。

あふれてきた涙でぼろぼろの顔。
涙のせいでざらついた頬に、龍也は、そっとくちびるをよせた。
葵は、大きな瞳をとじて、龍也に与えられるキスをしずかにあびつづける。

己は幾度、こうして葵を泣かせたか。
ふたりをよそに、あがりつづける花火。
はなをスンスンとならし、涙をいっぱいにためた葵の瞳を、龍也が指でぬぐっていると。

「んだ、これ」

葵の瞳よりも、やや下あたりにかがみこんだ龍也が、恋人のまとう浴衣の、帯あたりでゆれている何かに気づく。

「あっ、こ、これは、」
「・・・・・・こんなモンあんのか」

帯にさげていた、バイクのかたちの根付け。

「あ、あの、鎌倉の職人さんに、つくってもらったんです。うちに帰ったらね、龍也先輩のぶんも、あるの」

帯のなかに、いそいそとしまいこみながら。
浴衣の袖で涙をぬぐって、葵は、瞳をぱちぱちと瞬かせながら笑った。

「いつあげようかなっておもってたけど、今度、もってきますね」

龍也が礼をつたえようとした瞬間、ひときわおおきな光が降った。みあげると、まるで、夜にあがる太陽のような花火。

「すごい・・・・・・」
「ああ」
「龍也先輩、バイトが長くなったんですか?」
「ああ、それとよ、混みすぎだ・・・・・・」
「そうでしたか……。バイト、お疲れさまでした……」

立ち上がった龍也が、葵にそっと寄り添う。
しゅんとうつむき、こんなところにさそってごめんなさい、と、龍也の指をぎゅっとつかみながら葵がうなだれる。

苦笑を湛えた龍也が、葵の背中をやさしく抱いた。

「葵、メシくったか」
「まだ・・・・・・やっとおなかすいてきた・・・・・・。屋台、のこってますかね?」
「いくぞ?」

かろうじて売れ残っていたたこ焼きと、コーラを買い求めて。
公園のかたすみで、鎌倉花火大会終盤、やけくそのようにうちあげられる花火をながめながら、ようやく、ふたりしてごはんをほおばる。

「おいしーですね!」
「……さめてんぞ……」
「龍也先輩と一緒だったら、どんなものもおいしーんですよ」

ほら!すごい!ハートがたです!

たこやきをのみこむように食べつくした葵が指さした夜空。
形がどことなくおかしなハートがうちあげられる。

龍也も、簡単な食事をソフトドリンクで流し込み。
その色彩の花を見上げる葵の横顔に、龍也は、優しいキスをおくった。




「・・・・・・単車、乗れねーな」

何も考えていなかった葵が、己の姿を茫然とかえりみた。
当たり前であるが、浴衣でバイクをまたいで乗ることなど、言語道断だ。

「だ、大丈夫です、歩いて帰るし、人いっぱいいるから、危なくないの」
「似合ってんナ、それ……」

龍也の精悍な腕が、葵のことをふわりと抱き上げる。
そのまま、派手な族車の三段シートに載せられる。

「ゆ、ゆかたで?」
「横向いて乗れ」
「ど、どこ通るの?すっごいですよ」
「葵のアニキに昔聞いてよ、抜け道はしってんだよ」
「そっかー……でも、混んでても、ずっと龍也先輩と一緒にいられるから」
「その浴衣はキツイだろーよ……、さっさとおくんぞ」
「はい!行きましょう!」

龍也にぎゅっとしがみついて。汗のにおいが、やっぱり申し訳なくて、でも愛おしくて。
いつだって葵のそばにいてくれるその背中に頭をあずけていると、龍也が急に振り向いた。

そして、すっかりみだれてしまった葵のお団子頭を、龍也が乱暴につかんで。
バイクにまたがったまま、龍也と葵のくちびるが重なる。
乱暴にぶつかった、龍也の唇は、葵をやさしくあじわったと、撫でるようになぞったあと、いとおしくはなれてゆく。

「コーラのあじ……」
「……くだらねーこといってねーでよ、つかまってろ」
ワインディングだぞ。

体重移動すればいいですか!
聞きかじった用語を得意げに語る葵の、上品な浴衣越しの温もりを感じながら。
龍也は葵に慈愛をにじませた悪態をついたあと、己の豪胆な単車を、一気に発進させた。
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