ニューイヤー
「大掃除?」
「そう。もうすぐ一年が終わるでしょ?だからリッカの所の手伝いに行きたいの」
とある宿屋での朝、ルウがそんなことを言った。
人間界では一年の終わりに掃除をするのか、とリオはまたひとつ人間について学んだ。
天使界では世界樹の雫を皆で飲んでいたことを思い出す。
あの頃はまだ世界樹の近くに行くことができなかったから、その神聖なものがもたらす恵みをこの躯に取り込むことが出来るのがとても光栄に思えたな、とも思い、結局世界樹の傍で年を越えることはなかったな、と少し後悔もした。
「俺も手伝うよ。リッカには世話になったし、人手はあった方が良いだろ」
◆ ◆ ◆
セントシュタイン。
ルウの生まれ育ったその町は、新年を気持ち良く迎える為に早くも忙しさを見せていた。
「レナ、金庫は後で男の人を連れてくるから2階を手伝ってくれない?あっ、ルイーダ、帳簿は一カ所にまとめて置いてくれないかな」
リッカの宿屋も例外ではない。
リオとルウが扉を開けると、テーブルが寄せられて広くなった飲食スペースと、せわしなく動く従業員、飛び交うリッカの指示を出す声が出迎えてくれた。
「リオ!ルウ!お帰りなさい」
「ただいま。大掃除、手伝いに来たよ」
「本当?ちょうど良かった!」
リッカは手を叩いて喜んだ。
「リオはこれからレナを呼ぶから、一緒に金庫の整理をお願い。ルウはあまり使ってないお部屋のベッドカバーを全部剥がして外の井戸に持っていってね」
リッカはすぐにまた自分の仕事に戻っていった。
「…大変だな、宿屋人は」
「でも、リッカは忙しく動いてる方がリッカらしいよ」
「そうだな」
リオは丁寧に且つ豪快にモップをかけるリッカを見てふ、と笑った。
「…じゃ、私は行くね」
ぷいっ、とルウは方向転換し、階段を駆け上がっていった。
「……?…」
◆ ◆ ◆
「リオ…?」
掃除も一段落し、皆の年越しの準備も終盤に入った頃。ルウはリオが何処にも居ないことに気がついた。
「せっかく皆でおめでとうしようね、って言ったのに」
ルウが面白くなさそうな顔をしていると、ルイーダが声をかけて来た。
「リオを捜してるんでしょ?」
「うん」
「いつもの部屋よ。人が沢山いるのは苦手みたい」
ルイーダは呆れたように短く息を吐いた。
「どうもあの子は、自分がちゃんと受け入れられることに抵抗があるみたい」
ルウはくす、と笑った。
――きっと、自分は完全な人間じゃないから、とかそういうこと言うのかな。
「今年、さ。私、ちょっと早めに抜けるね」
◆ ◆ ◆
開け放たれた窓枠に、持ち手は高いが容量は浅いグラスを置いた。
随分前から用意していた透明な液体――世界樹の若葉を浸けている、言わずもがな世界樹の雫だ――をゆっくり注ぐ。
外の澄んだ空気を吸い込んで、ほっ、と落ち着きリオは椅子を引き寄せて窓際に座った。
「リオ…?」
急に扉が開いた。
「…っ!?」
リオは驚いて、椅子から立ち上がった。その拍子に、世界樹の雫の入ったグラスが落ちて割れた。
「あ…ごめんなさい。あの、下、行かないなら、私も此処にいて、良いかな」
リオの表情は変わらなかった。
「俺といるより、皆と騒いでる方がお前らしいよ」
「むっ…良いでしょ。たまには自分らしくないことしたって」
ルウはまた、面白くなさそうな顔をして言い返した。
「それより、その飲み物、ごめんなさい」
「ん、別にまだ残ってるから」
とりあえず、二人は割れたグラスを片付けた。
そしてルウがやっと、窓が開いていることに気づく。
「…あ!忘れる所だった」
「……どうした?」
「教会!教会に行こう!」
「……は?」
「ほら、急いで!間に合わなくなっちゃう!!」
ルウはあろうことか洗ったばかりのシーツを縛ってカーテンと繋ぎ、器用に外へ出て着地した。
「…っ、はあ!?」
「早く早く!!時間が無いの!!」
リオはルウと同じようにするすると地面に降り、教会まで走って行った。
「おっ、ルウちゃんが脱出ってぇこたぁ、そろそろだな」
「今年は相方が一緒かい?あの娘も大きくなったわねぇ」
入口の扉から、ルイーダをはじめとする、幼い頃からルウを見守ってきた従業員、常連客達が走っていく二人を覗いていた。
◆ ◆ ◆
「はっ、はっ、…、教会で何をするつもりなんだ?」
全速力で走らされたリオの息は、とうに切れていた。
「私ね、新年に鳴る鐘を毎年、抜け出して独りで聞いてたの」
リオとは違い呼吸の落ち着いているルウが、ぽつぽつと話しだした。
「今年も、独りのつもり、だったけど、ね。リオと一緒に聞きたかったんだ」
リオは黙って、教会を見上げるルウを見つめた。
そしておもむろにルウの手を引き、中に入る。
「ん」
「…?」
リオが、手の平サイズの小瓶を手渡した。
「世界樹の雫。俺はいつも独りで飲んでたが、今年はお前と一緒だ」
ルウの頬に赤みがさした。
「ありがとう!」
…………カチッ、
「鐘が……」
深夜零時を伝える、今年初めての鐘が、教会に、セントシュタインの町に、響いた。
「あけまして、」
「、おめでとう」
リオとルウは、同時に、手に持った雫を飲み干した。
「…苦い」
「躯に良いものは、そんなモンだ」
二人は鐘の音に包まれながら、肩を寄り添わせていた。
A HAPPY NEW YEAR !!
―――――
Homonymの瑜数羅様から頂きました! お正月のお話でございます。二人の距離感にニヤけてしまいますねエヘヘヘ←
私の勝手で文の方を先に飾らせていただきました。リンクは2月に貼るって決めてたんだ変な執着すみません……!
※このページには瑜数羅さんのサイトへのリンク付いてます。
瑜数羅さん、どうもありがとうございました……!!
prev / next
[ back ]