gift | ナノ

お嬢様の可憐なる偵察

※エンディング後



「あら、カレン。何処かへお出かけ?」


カウンターからふと顔を上げたルイーダは、槍を携えたカレンを見て訊ねる。隣でリッカも目を瞬かせていたが、ハッと感づいたらしく胸の前で手を合わせる。


「あ、もしかして宝の地図ですか? 最近流行っていますよね」


宿の二階から降りてきたカレンは、武器を持つだけでなく、戦闘を意識した装備をしていた。女神の果実を探すため世界を回っていた頃はこの格好が通常だったが……旅が終わった今、服装はともかく武器を普段から引っ提げるなんてことはしない。
一目見ただけでそのことに気が付いたらしいリッカは、さすが宿屋のオーナーと言ったところか。細かいところまでしっかりと見ており、些細な変化にもすぐに気付く。
リッカの言うように、今冒険者達の間では宝の地図攻略が流行している。巷では「宝の地図100選」、「この宝の地図がすごい!」などと銘打たれて特集が組まれるほどの人気ぶりだ。


「ええ、これからリタとアルティナと行く約束をしていますの」


カレン達も例に漏れず、宝の地図に挑戦しようという冒険者一行であった。ただし、挑戦する理由はただ単に今流行しているから、だけではない。
星吹雪の夜――全てが終わった夜に、女神セレシアは人間となったリタに一つ頼みを告げた。地上の守り人となり、人間界を守ること――それが、リタの今の使命だ。
宝の地図の奥には、手強い魔物が潜んでいるという。最奥には、その地図の主とも言える、強い魔物――ボスが待ち構えているらしい。そのボスを倒すことで宝の地図を攻略したこととなり、その地図にはクリアした証として攻略者の名前を表示するのだとか。
世界のありとあらゆる地点に散らばる宝の地図を回り、その魔物達を倒すことは、地上を守ることに繋がる。
リタは最近、宝の地図集めに熱心だった。そして昨日、やっと一枚手に入れたのだ。何でも、知り合いの冒険者に偶然会った時に譲ってもらったらしい。その知り合いの冒険者というのは、女神の果実を求めてビタリ山を登っていた際に、道中で倒れていたヘルマーと言う人物であった。ヘルマーはあの時助けてくれたお礼だと言って宝の地図をくれたのだった。
ということで、これからカレン達は初めて宝の地図の洞窟に潜ろうとしている。地図の場所を特定するのは難しくなかった。何せ、セントシュタインのちょうど裏に洞窟が位置していたからだ。
それよりも、大切な問題が一つあることにルイーダは気が付いていた。酒場の女主人は意味深に微笑みを浮かべる。


「ふぅん……リタとアルティナも一緒なのね?」


「そう、あのリタとアルティナも一緒ですのよ」


同調するようにカレンが続いた。
リタとアルティナ。全てが終わり、晴れて結ばれた恋人達。つまり、最近付き合い始めたばかりの二人である。そんな二人の邪魔をしては悪いかとも
思ったが、宝の地図には回復役が必要だということで今回同行することになったカレンだった。
目的はもちろん、魔物討伐だ。しかし、カレンにはまた違う目的もあったりする。


「せっかくあの二人と行くんですもの。二人の仲がどこまで進んでいるのか、見極めて来てみせますわ……!」


拳を握りしめ、カレンは宿屋の面々の前で堂々と宣誓する。
行動を共にするまたとないこの機会、逃してなるものか。ずっと二人の恋仲を応援していた、いわばアルリタ応援隊長とも言えるカレンは決意に燃えていた。


「報告頼むわよカレン!」


カウンターからルイーダが晴れやかな笑顔でガッツポーズするのに対して、カレンもそれに「もちろんですわ!」と胸を張って応える。


「見事に偵察して来てみせますことよ。おまかせくださいませ!」


偵察とはそういう意味だっただろうか。
首を傾げたくなったリッカだが、あの二人に関して長い間やきもきさせられてきた者同士で意気投合するカレンとルイーダは、完全にノリノリである。やろうとしていることは野暮といえば野暮なのかもしれない。だが気になるものはどうしても気になってしまうのが人間である。
その隣で困ったように笑っていたリッカも、しかし実は少々気になっていたのだ。リタは、リッカにとって大切な友人であり、そして恩人でもある。そんなリタの恋模様に興味が湧かないわけがない。
恋と聞けば、しかもそれが身近にあるものだとするならば。誰だって気にせずにはいられないものなのかもしれなかった。








決意表明後、リタ達と合流したカレンは早速、宝の地図の洞窟があるというセントシュタインの西側の平原にやってきた。
そして早速、二人の仲も探り始める。


(とは言いましても……元々距離の近い二人ですのよね)


それゆえに、付き合う前から恋人同士だと誤解されることは少なくなかった。それが本当に恋仲になったところで、あまり変化は見られない。
宝の地図の洞窟の入口を見つけ、地下に潜ったところで何か変わった様子もなく、敵を倒しては階段を探す作業を繰り返していた。
地図にいる敵もそこまで強いわけではないため、下へ下へとサクサク進んでいた。


(このままでは収穫のないまま終わってしまいそうですわ)


二人はあくまでいつも通りだ。いや、リタとアルティナの“いつも通り”は充分に恋人同士に見えるのだが。
付き合うとはどういうことだろうか。二人の後ろについて行きながら悩んでいると、前方に青い箱が現れた。開ける度に入っているものが違うという、宝箱だ。地図の洞窟には時折このように青い宝箱が置かれていることがあった。宝の地図とも呼ばれる由縁だろうか。


「何が出るかな」


リタが何気なく宝箱をパコッと開ける。
ひとくい箱だった。


「わぁぁっ!! 波紋演舞、波紋演舞、波紋演舞ーーーっ!!」


ひとくい箱は魔物の中でも弱い方なため、とっさの波紋演舞乱れ撃ちで動かなくなった。が、波紋演舞は水系モンスターに大ダメージを与える技である。


「び、びっくりしたー……」


「最初からひとくい箱だなんて、ついていませんわね」


しかし、その後また宝箱を開けると、なぜだか再びひとくい箱が出た。連続でひとくい箱とは、これいかに。
アルティナはウンザリと呟いた。


「ここはひとくい箱の巣か何かか?」


「あ、あれ……? おかしいな」


さすがのリタも苦笑いである。
次に見つけた宝箱をおそるおそる開けるが、襲いかかってはこなかった。ひとくい箱ではない、と安心して中のものを取り出す。
てっかめんだった。


「被らねーぞ」


リタとカレンがほぼ同時に後ろを振り返った時、鎧嫌いの戦士は一言釘を刺した。


「つれないですわねぇ。せっかくリタが初めて手に入れたお宝ですのに」


「や、大丈夫だから売れば良いから!」


別に苦労して手に入れたものでもなし、アルティナにつけてもらおうとも思ったわけでもない。てっかめんは戦士が装備出来るなぁ、とアルティナを見ながら思い出していただけだ。
カレンの方も、リタの名前を出せばアルティナがぐらつくと知った上での一言である。


「無理してまで被る必要はないし、顔が見えないとちょっと困るし!」


「どの辺が困るんだ?」


そこまで突っ込んで聞かれるとは思っていなかったらしい。目をぱちくりと瞬かせたリタは考え込むように視線を漂わせる。


「え? えーっと、顔を覆うから安全で良いかもしれないけど……顔が見えないと不安にならない? 表情分からないし」


カレンとしては、アルティナは表情が表に出ることが少ないため被り物をして顔が見えようと見えなかろうが、大して変わらないように思えるのだが。


「試しに少し被ってみればよろしいのではなくて?」


アルティナの許可もなく、カレンは勝手に頭からてっかめんを被せる。リタの身長では少し無理があるけれど、カレンくらいの背があれば可能なことだ。「おい、」とくぐもった声で抗議されたが、お構い無しである。
てっかめんの正しい付け方は分からないが、今はお試しなので適当で良いだろう。


「どうでしょう」


「どうも何も、窮屈だわ暗いわ視界は狭いわで良いところなんかあるのか」


「それは実際にてっかめんを被っている方に聞いてみないと分かりませんわね……外します?」


セントシュタインのリッカの宿屋にも、てっかめんのような頭を完全に覆う装備をしている人はチラホラいた。鎧を嫌がるアルティナの場合、がっつり鎧を装備する戦士に話を聞くだけでも良い気がする。
それにしても、アルティナは普段被り物をしないせいか、てっかめんを装備すると何だか違和感を覚える。しかも、お城で静かに佇む甲冑を思い出してしまい、どうしても不気味さが付きまとう。
本人も嫌がっていることだし、取った方が良いだろう。そう思って動いたカレンよりも先に、てっかめんに手を伸ばしたのはリタだった。ただ、身長さのせいで上手く外れない。それに対して取りやすいようにアルティナが少し屈む。何だか微笑ましくなり、カレンは思わずその光景を見守ってしまった。
被っただけのてっかめんは、スッポリと抜けて、元の顔が現れる。
……どちらにせよやっぱり鉄面皮な気がしますわね、とカレンは上手いのか上手くないのか良く分からない感想を抱いたが、リタは違うようだ。


「やっぱり、アルはそのままの方が良いよ」


アルティナの顔を覗きこみ、てっかめんを抱きながら屈託なく笑う。屈んだアルティナとの顔が近い。などと思っていれば、呆気なくその距離は埋まってしまった。リタは一瞬何をされたのか分からないように目を瞬かせるだけで、カレンも目をそらす間もなく目撃した。
アルティナがリタの額に口付ける、その動作はあまりにも自然すぎて。
アルティナはすぐに顔を離したが、リタは遅れて顔を真っ赤に染め上げた。


「なっ、な……?!」


動揺しているせいか言葉を詰まらせ、それからカレンの方を振り返る。慌てて持っている地図を覗きこんでいるように装ったが、その瞬間を見てしまったのはさすがにバレバレだったようだ。


「ちょっとアル?! な、なん……っ?!」


リタはもう一度アルティナの方を見るが、言葉になっていない。言わんとするところは、いきなりなぜ額にキスしたのかであろう。それに対するアルティナの答えは至極簡潔であった。


「顔を近付けたお前が悪い」


「私のせい?!」


「何なら口にしても良かったんだが?」


慌てふためくリタとは対称的に、憎らしいほど飄々としている。そんなアルティナをムッとしながら見上げるリタだが、顔は真っ赤で言葉もつっかえているせいであまり効果はない。むしろ初々しくてかわいくてからかいがいがある、とカレンは思う。アルティナも同じようなことを思っているに違いない。


「カレンもいるのに、そういうことは……っ!」


「あら、私のことはお構いなく。そこらへんのさまようよろいか何かと思っていただいてよろしくてよ」


「え、ええぇ……?」


むしろもっとやれば良いのに、とはさすがに言わないでおく。二人の恋をずっと応援してきた者としては歓迎するところだ。頬が緩みかけるのを必死で我慢しながら努めて冷静に対応する。なぜさまようよろいなのかというと、リタの持つてっかめんを見て思い出しただけだ。このフロアにもいた気がする。
しどろもどろになりかけるリタに、ふぅん、とアルティナは意味ありげに笑みを浮かべる。


「カレンがいなければ良いわけか」


「ちがっ……そういうことでもなくて!!」


何かもう、アルティナが止まらない。
付き合う前には抑圧されていた部分が表に現れてきたらしい。以前にも増して言動に遠慮がなかった。
恋愛に慣れないリタは、アルティナの直球すぎる愛情表現に真っ赤な顔で振り回されるばかりだ。


(まぁ、どちらも相手を想うがゆえ……ですわよね?)


この二人も変わり始めた、ということだろう。
前言撤回。やはり、付き合い始めたことで二人の距離は確実に近付いているらしかった。









「そういえばカレンさん。今回の宝の地図、どうでした?」


宿屋に戻りくつろいでいたカレンに、仕事が一段落したらしいリッカが話しかけた。
早くも一日が終わろうとしていた。冒険者達で賑わっていた宿屋も、この時間になると静かである。


「無事攻略出来ましたわ。二人の仲も順調のようですし、言うことなしですわね」


満足そうに頷くカレンを見て、ルイーダは「なるほどねぇ、」と不敵に笑う。


「付き合うまでに時間のかかった二人だから気になっていたのだけれど、カレンがそう言うなら心配無用みたいね」


肩を竦めるルイーダにカレンも同意した。
あの二人は付き合ってまだ日が浅く、しかも付き合うまでにはかなりの時間を要した。また気の遠くなるような時間を費やすのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
しかしよくよく考えてみれば、とある障害を乗り越えて結ばれた二人である。今やその障害は取り除かれてなくなったわけで、もう思い悩んだり立ち止まったりする必要はないのだ。二人の仲が順調なのも頷ける。


(私にも、そんな相手が出来たりしますのかしら……?)


リタとアルティナのように、強く想い合えるような、そんな相手が自分にも果たして見つかるだろうかと。
自分のことだというのに――いや、だからこそか――全然想像がつかない。あの二人を見ていると、そんな考えがふと浮かぶことがあるのだ。そして同時に、他人事のようにしか捉えられない内はきっと無理なのだろうとも思った。恋すらまともにしたことがないのに、そんな相手を探そうとして見つかるわけないのだ。カレンは早々に匙を投げる。
これまで仲間達の恋をずっと見守ってきた。そしてこれからも見守り続けるつもりだった。

彼女自身の恋が始まるは、まだまだ先のことである。



お嬢様の可憐なる偵察(終)



―――――
乳酸菌飲料真巳衣様へ捧げます。リクエストありがとうございました! 思いの外時間がかかってしまいましたすみません!
アルリタの話をカレン嬢視点で、とのことでしたので、とりあえず三人で宝の地図潜ってもらいました。みなさんご存じのあの地図ですね。アルリタも頑張ってみましたが、こんな感じかなと。お気に召してしただければ……あ、気に入らなかったらちゃぶ台ひっくり返してください。片付けに行きます←
真巳衣さんのみ、よろしければお持ち帰りください!

prev / next
[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -