第三章 12-2
コンコン。
ノックしてみたが、返事は返ってこない。
ため息をつき、入る、と一応声をかけてドアに手をかける。
抗議の声は返ってこなかったし、大丈夫だろう。
そう決めつけて扉を開ける。夜で辺りは真っ暗なはずなのに、部屋に電気を付けてはいなかった。
その理由はすぐに分かった。
少女はベッドに腰掛け、窓から見える天体を眺めていた。
……布団を頭から被って。
何やってるんだオメーは、という意味を込めて布団を剥ぎ取ると、相手は心底驚いたような顔でこちらを見た。ノックの音に気付かなかった上、人が入って来たのにも気付かなかったと見える。
おばさんからの差し入れ(異様にデカい握りめし)の乗った盆をズイと差し出し、無理矢理リタに持たせた。
「宿屋のばーさんにも心配されたぞ、俺が。いつも元気有り余ってるくせに、何だその湿っぽい顔は」
言いたい放題言ってくれるアルティナは、心配してるんだか文句つけてるんだか、よく分からない。
「とりあえず今、食欲が無いんだけど……」
「うるせー、貰えるもんは貰っとけ」
「な、何その理屈……」
それには答えず、アルティナは窓の横の壁に寄り掛かった。窓からは、時折涼しい風が吹き込んだ。
「何で窓全開なんだよ。風邪引くぞ」
「そうしないと、星がよく見えないから。ていうか、私が風邪引く前にアルが風邪引くような気がする……」
「…………」
否定出来ないところが悲しい。
以外と饒舌なリタであった。
もう少し口数少ないかと思っていたのだが。
しかし言葉には覇気が無いので、別に立ち直ったわけでは無いということは分かる。
沈黙が漂った後、リタは静かに切り出した。
「もし……もしもさ、私達があともう少し早くこの町に来てたら、エリザさんは生きてたのかな……」
悲しげに微笑む顔が仄かな月の光に照らされ、より一層哀愁を漂わせた。発言と、いつもより大人びて見える顔に、思わず目を見張る。
「みんな悲しまずに済んだのかなって、考えちゃうんだよね」
「過去に“もしも”なんか考えるな。虚しいだけだ」
リタは「そうだね、」と相槌を打って立ち上がった。
「でも……天使はね、人を幸せにするのが仕事なんだよ」
窓辺に盆を乗せ、肘をつく。
「なのに目の前にいた人は助けられないし、町は悲しみに包まれてたまま――。私、天使失格だ」
空は曇っていて、月しか見えない。星は全く見えなかった。
それがまるで、自分が天使失格だということを表しているようで、より悲しさが増した。
「私も……お師匠みたいな、立派な天使になりたいのに」
涙が一筋、頬を伝った。
エリザを助けられなかった自分、何も出来ない自分が悔しくて、情けなくて。
更に溢れそうになる涙を必死に堪えていると、頭に大きくて温かい手が乗っかった。それは、アルティナが置いたものだ。
「アル?」
……かと思ったら、ぐしゃぐしゃと乱暴に掻き乱された。
「アホかお前は!」
「ぅえぇぇっ?!」
目を白黒させていると、髪を掻き回す手は止めてくれたが、手は頭に置いたままアルティナはリタの目線に合わせて顔を近付けた。
「そんなことごちゃごちゃ考えるな面倒臭い! つか、お前に誰でも救えて幸せにすることが出来たら、神サマなんかいらねんだよ! そこんところ分かってんのかお前は?」
「う……それは、」
尻すぼみの言葉と共に、目をふせた。
「神は、人が死ぬのはどうすることも出来ない。空の上からこの世界を見てるだけだしな。でも、お前は違う」
はっとして、アルティナの目を真っ直ぐに見つめる。澄んだ蒼い瞳とかち合った。
「この町をなんとかするのくらい、まだ間に合うだろ」
行くぞ、と戸惑うリタの手を引っ張って、部屋を出る。
「え? ちょ……アル?!」
宿屋の受付にいたおばさんも目に止めず、扉を開けて外へ駆け出した。
(行き先は――)12(終)
―――――
なんか、アルティナがまともに喋ったのって初めてな気がするよ←
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