第一章 02
「ニードさんはな……最近リッカがアンタにベッタリだから、つまらなく思っていらっしゃるんだぞ!」
「おいっ、バカなこと言うな!!」
ニードに敬語を使う子分のような青年は、ニードがリタにつっかかる理由を暴露した。おっちょこちょいなのか確信犯なのか……ニードが慌てて後ろの青年を黙らせた。が、聞こえてしまった以上、その事実が消えるわけでも無かったことになるわけでもない。
どうやらニードは、リッカがリタを気にかけることがお気に召さないらしい。その理由は単純にして明快――ニードがリッカに好意を持っているからだ。リタがそのことを知ったのは、天使で人に見えなかった頃に子分の独り言を聞いてしまったからであるが、別に盗み聞きしたわけでなく、聞きたくて聞いたわけでもない。人間には天使の姿が見えないため、どうしても聞こえてくるものが多くなってしまう。
しかしまぁ、何を言われなくともニードがリッカに惚れているのは一目瞭然であった。おそらく、村のほとんどの人が知っているのではないだろうか。ただ、当の本人・リッカは全く気付いてなさそうであるが……。行く先は暗そうだ、とは子分が以前こぼしていた独り言中の評価である。
(リッカは皆に優しいからなぁ……)
リッカとは、この村で宿屋を営む少女のことだ。元は父と二人で宿を経営していたそうだが、すでに両親とも他界してしまったらしく、現在は祖父と二人暮らし。大地震と共にやってきたリタを気味悪がらず、親切に接してくれた数少ない村人の一人だった。
そして……噂をすれば何とやら。そのリタの唯一の救世主がやってきた。
「ちょっと二人共、うちのリタに何か用なの?!」
「げっ……リッカ!」
オレンジ色のバンダナを被ったエプロン姿の少女は、ニードの想い人その人である。リッカの怒った顔を見て、ニードはたじたじである。
「よ、よぉリッカ。別に……こいつにこの村のルールを教えてただけだ。おい、行くぞっ」
リッカの登場に狼狽えたニードは、子分とともにそそくさと逃げ去って行った。
ほっと一息ついたリタは、その場を救ってくれたリッカにお礼を言う。
「リッカ、ありがとう。お陰で助かっちゃった」
「ふふ、どういたしまして。でもリタ、あなたももう少し言い返してもいいと思うわ。ニードも、昔はもうちょっと素直だったんだけどね……」
どうしちゃったのかしら、と首を傾げるリッカがニードの好意に気付く気配は全くない。このままでは子分の言う通り、行く先は暗そうだ。
「さぁリタ、そろそろ家に入りましょう? 傷に障ったらいけないわ、安静にしてなきゃ」
リッカの言う通り、天使界からウォルロ村に落ちてきたリタはケガを負っていた。とはいえ、落ちたのは水の上だったので、ケガはそこまでひどいものではなかったのだが。
今はリッカの介抱のお陰でやっと元気になって、今では走り回れるほどだ。
「リッカ……わたし、ケガはもう大丈夫だよ!」
天使は人間より傷の治りが早い。よって、落ちた際の傷はすっかり癒えてしまったのだが。
「駄目よ、まだ治ったばかりじゃない! 今日は大事を取って休んでなきゃダメ!!」
「リッカ〜〜」
リッカは、強引にリタを自分の家へと強制連行した。
(本当に大丈夫なんだけどなー……)
リッカは基本的に優しいが、病人に対してはかなり手厳しかった。
リッカの家で療養して早一週間。リタは、まだ一度もこのウォルロ村から出ることが出来ずにいた。案外、何の行動も起こせないのはリッカの手厚い看病のせいかもしれない。いや、ほとんど得体の知れないリタを拾ってケガの手当てをしてくれたのは感謝してもしきれないくらいで、文句を言う気などサラサラないのだけれど。
(皆、元気かな……)
目覚めてから、ずっと心配していたこと。自分の故郷、天使界はあの後どうなったのだろうか。
天使の念願――女神の果実が宿ったと言うのに……自分は地上に落とされ、果実は地上にバラバラになって散らばってしまった。
(長老様、イザヤールお師匠……)
落ちる間際に見た二人の天使――長老・オムイと師匠であるイザヤールの顔を思い浮かべる。
(……わたしは、大丈夫。とにかく今は何をすべきか考えないと)
決意を秘め、リタは自分に出来ることを考えた。
そして、そこには意外な展開が待ち受けていたのだ。
(私に出来ることって、何だろう?)02(終)
[ back ]