天恵物語
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第五章 04

「あのっ……夜になったら、私の家に来てくれませんか? 浜の東の小さな家です。お聞きしたいことがあるんです……」





そうオリガに言われて、家の前まで来てみたわけだけれど。


「こんな時間に迷惑にならないかな……」


「相手が夜って言ったんだ。だったらいいだろ別に深夜でも」


アルティナの“深夜”という言葉にリタは、がくりと肩を落とした。
日付の変わりそうな時間帯である。
とはいえ日没後すぐに、リタ達はオリガの家に向かっていたのだ。それが今では村はすっかり静まり返っている。食事時も終わり、あとは寝るだけ。
そんな時間まで何をやっていたかというと……。


「お前さんは旅人さんかね? 珍しいの……死んだこのわしが見えるとは」


「はい、今日ここに来たばっかりで……。それにしてもおじいさん、こんなところでどうしたんですか?」


「よくぞ聞いてくれた。実はのぅ……」


浜辺にいた幽霊達の話を聞いていたのだ。
そんなことをしていたから、あっという間に時間が過ぎ去ってしまったわけであり。
未練がやたらありまくるらしい幽霊は、それはそれは多くのことを語ってくれた。


そして気になったことが一つ。


幽霊達と言っても数名ほどだったが……その数名は皆口を揃えてこう言ったのだ。


「あの“ぬしさま”と呼ばれているものは、断じて海の守り神などではない……!」


一様にそう言った浜辺の幽霊に、リタは困惑した。
初めて聞いた時は驚いたのだが、老人に聞いた時点で他に何人からも聞いていたので、そこまで動揺することは無くなっていた。


「じゃあ、あれは一体……?」


「それは分からぬ。かわいそうに……あの娘、オリガは得体の知れぬあの生き物にとりつかれているのじゃ。頼む旅人よ。あの子を守ってやってくれ。今に良くないことが起きる……」


そして、老人はふっと消えてしまった。成仏したわけではなさそうだったが……。


「やっぱり“ぬしさま”を何とかしないとダメなのかな……」


ふう、と息をつくと、こちらに近付いてくる足音に気付いた。くるりと振り向いた先には、リタ同様、幽霊に話を伺っていたアルティナがいた。


「奴ら、“ぬしさま”は海の守り神じゃないとしか言わないし、それ以上は分からない。そっちは」


「私も同じ。どういうことなんだろ」


首を傾げるも、“ぬしさま”が海の守り神でないだろうことは、リタも薄々感じ取っていた。それはアルティナもだったらしい。そして今回、浜辺の幽霊に聞いて確信した。

オリガが祈った直後に出てきた黒い影。あれは神というよりは……。


「もっとこう……神様っぽくないっていうかさ……かと言って魔物って感じではないんだけど」


「要するに、俗っぽいものってことだろ」


アルティナはバッサリと簡潔にまとめてくれた。……少々乱暴すぎる気もするが。


「……まぁ、そういうことだよね」


一人頷き、そしてとあることに気が付く。


「そういえばカレンは?」


「教会に行くとか言ってた」


「教会?」


どうして、と一瞬思ったが、僧侶なのだし何かやることがあるのだろう。そう結論付けて、カレンを呼びに行こうとした時、タイミング良く教会から誰かが出てきた。

言わずもがな、カレンである。

カレンは駆け足でリタ達の元へ向かった。何やら真剣な表情である。何かあったのだろうか。声を掛けかけたものの、少し息を切らせたカレンが口を開くのが先だった。


「リタっ、言いたいことがあるのですけれど、よろしいかしら」


「え、うん。どうしたの?」


「私、実は神様とか天使様は、おとぎ話の存在程度にしか思ってませんでしたのよ」


「……え、そうなの?」


僧侶のちょっとした爆弾発言にリタは目を丸くした。


「お前、よくそんなんで僧侶やってたな」


呆れ声のアルティナに、リタも頷き同意を示した。そんな二人にカレンはガクリと項垂れる。僧侶として後ろめたい気持ちはあるらしい。


「これに関しては、ちょっとした事情がありますのよ……。私の人生がかかっておりますの」


「じ、人生……?」


スケールのデカさに思わず言葉を反芻する。一体どんな事情があったのか気になったが、カレンはその話を嫌がるように、さっさと話題を切り替えてしまった。


「そんな私事はどうでもよろしいのですわ。それより……」


一息入れたカレンは、拳をぐっと握りしめた。


「私、先程お告げを聞きましたの。女の人の声でしたわ。そして、人間界に舞い降りた小さな天使に協力して欲しい、と……」


カレンが聞いたという女の人の声のことは分からないが、人間界に舞い降りた小さな天使……それは、もしかしなくても。


「私のこと?」


「“小さな”がついてる時点でお前だろ」


「……そだね」


凹むとまでは言わないが、なんだか複雑な気持ちになった。


(そういえば、アルと初対面の時、“チビ”呼ばわりだったからなぁ……)


何気に身長が低いことを気にしているリタだった。


「あの時の声の正体は分かりませんが……きっと、目には見えなくても存在するものがありますのね。だから私、あなたのこと信じてみることにしましたわ、天使様」


何かふっきれた笑顔を浮かべるカレンに、リタはすぐ顔を明るくさせた。


「ありがとう、カレン。これからもよろしくね!」


こうしてまた一人、天使を信じる者が増えた。










(そして、時間はどんどん過ぎてゆく)
04(終)




―――――
オリガ宅訪問が深夜になったのは、幽霊というよりもカレンのせいのような気がしてきたアルティナでしたとさ。(でも言わない←)


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