天恵物語
bookmark


第十一章 18-1

あまり眠れぬ夜を明かして、朝がやってきた。
リタは寝不足気味の頭で、昨夜アルティナの言っていたことをボンヤリと考えていた。
正直、自分がこれからどうすれば良いのかなんて全く分からない。でも、「“これ”をやらなければ」ということなら分かる。それはきっと、天使の役目を果たす為に必要なことで、守護天使であるリタにしてみれば考えるべくもなく果たさなければならない使命だ。
だが、アルティナが聞きたいのはそういうことではないらしい。


(……だめだ、さっぱり分からないや)


このまま考えていてもらちがあかない。
リタはベッドから起き上がる。一回外に出てみれば、モヤモヤする頭も幾分ハッキリするだろう。体のケガはすっかり良くなっている。これも天使の驚異的な回復力のおかげだろう。
寝間着から着替えて、家の外へと飛び出した。リタの心の中とは裏腹に外は清々しいほどに晴れやかで、今はそれが救いだった。


(……そろそろ、村長さんの家も出ないと)


ケガが治れば、いつまでもお世話になっているわけにはいかない。よそ者が冷たくあしらわれるこの村において、家に少しの間でも置いてもらえるなんて最大限の待遇をしてもらえたと考えて良いだろう。そして、この村の滞在を許されていたのは、他でもないティルのおかげだった。


(ティルさんのおかげで私は助かったんだ。ティルさんがいなかったらどうなってたか……)


ティルは命の恩人だ。だから、ティルの為にも、この村の脅威である黒いドラゴンを何とかしたい――この気持ちは嘘偽りのないものだ。


「だめだなぁ、このままじゃ……」


溜め息をつきながら一人呟く。気分が沈むと胸の奥に鉛でも溜まっていくような心地がした。深く息をつけば、この重たい気持ちも少しは吐き出せるかと思ったが、そうでもないらしい。


(これ以上、みんなに迷惑かけるわけには……)



それは、ナザム村で目覚めてから幾度となく思っていたことだ。
心配をかけてしまっていることは分かっている。分かっているのに――。


「……リタ! 良かった、ここにいたんだ」


「えっ、あ……レッセ、どうしたの?」


自分を呼ぶ声に振り返ると、村長の家の方からレッセが走ってくるのが見えた。リタが部屋にいないことに気付いて探しにきてくれたのかもしれない。息を弾ませてやって来た彼に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「部屋にいなかったから、少し気になって……ケガはもう大分良くなったみたいだね」


「うん、体動かしても全然痛くならないし、魔物とも戦えるくらい回復したんじゃないかな」


「それは……カレンが心配するからやめておいてね」


今回のことでただでさえ過保護に拍車が掛かっているのだ。リタが魔物倒しに行ったなどと聞いた日にはカレンが卒倒しかねない。
さすがにまだ戦ったりはしないよ、と苦笑するリタだったが、いざという時は自分の身を顧みずに危険へと飛び込んでしまうことは簡単に予想される。リタのこの手の言葉は信用してはいけないと、レッセはすでに身に染みて実感していた。


「……ごめんね、レッセ。私のこと心配してここまで来てくれたんでしょ?」


リタがまだ本調子でないことは明らかだった。どこかしょんぼりとした微笑みを浮かべるリタに、レッセは「いや、」とか「それは、その……」とか、曖昧に答えを濁す。
実際、心配はしていた。だけど、リタが欲しいのは“心配してもらう”ことではない気がして、言葉に詰まってしまったのだ。


「私、全然ダメだね。ちょっと悪いことが重なって……もう、頭の中がごちゃごちゃしちゃって」


自嘲気味に言葉を紡ぐ。今の状況は、複雑に絡まってしまった糸のようだ。ほどくことは難しく、そしてほどき方すら分からず、途方に暮れているようなそんな現状。


「……もっとしっかりしないといけないのに」


そして、どんどん暗い方向へと向かう思考に気付いて歯止めをかける。どうにかしなければと藻掻きながら、もっと強くならなければと弱い心を押し込める。その繰り返しだ。
痛みをこらえるような表情で目を伏せる。リタのこんな表情は今まで見たことがない。レッセは堪らず、口を開いた。


「リタ、自分を苦しめるのはもうやめて!」


思ったより大きな声が出てしまったことに自分でも少し驚いてしまったのだから、リタは尚更だろう。驚いたように目を見張ってレッセの方を振り向いた。
口にしてしまったからには後に引けない。レッセは辺りに視線を彷徨わせつつ、次の言葉を探す。


「ええと、今のリタは昔の僕に似てるというか……ううん、置かれてる状況が似てるんだ。これは誰にも言ってなかったことなんだけど……」


今まで誰にも話したことはない自分の過去。意を決して口にする。



「僕は、貴族の隠し子なんだ」


prev | menu | next
[ 329 ]


[ back ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -