天恵物語
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第十一章 16

ぴりぴりとした空気が教会を包んでいる。教会内へと入った瞬間、リタは突き刺すような視線を一斉に浴びた。こんなに居心地の悪い思いをしたのは初めてかもしれない。何もしてはいないのだが――いや、怪我を治すため村長の家に厄介になってはいるが、この無数に感じる視線が責めているのは、そんなことではない。


「おぬしに聞きたいことというのは他でもない……黒いドラゴンのことだ」


黒いドラゴン――仮面をつけた男が乗っていた、あの魔物のことだ。ドラゴンは箱舟とは違い、人間にも見える。リタは天の箱舟から落ちたのだが、ドラゴンから落ちてきたようにも見えることだろう。


「黒いドラゴンが現れ、そしておぬしがこのナザムに落ちてきた。これがどういうことか……。さあ答えてもらおう! おぬしとあの黒いドラゴンには何か関係があるのではないのか?」


関係は……あるとも言えるし、ないとも言える。リタは黒いドラゴンのことなど何も知らない。見たこともない。師匠と仮面の男に女神の果実を奪われ、ドラゴンに襲われて箱舟から落ちただけ。ただ、それだけだ。


「リタ……」


サンディが心配そうにこちらを見上げていた。大丈夫だと言うように、リタは前を見据える。天使だということを隠してはいるが、後ろめたいことなど何一つないのだ。


「私は……ただの旅人です。ドラゴンのことは何一つ知りません。私は、旅の途中で襲われて、川に落ちてしまって……」


「ほう。そして、この村に流れついたと……そういうわけか」


村長が確認するように言い、それに対してリタはこくりと頷く。その瞬間、それまで黙っていた周りの人々が一気に騒々しくなった。


「そんなこと、信じらんねえ! ドラゴンにやられて生きてるなんざ、有り得ねえべよっ」


「だいだい、よそ者の言うことだよ? ウソをついてるに決まってるさっ」


「おぬしがあの黒いドラゴンの仲間であるという可能性もわしらは考えねばならんのだよ!」


若者から年寄りまで、その場にいる皆がリタを責め立てる。誰もよそ者の言うことなど信じようとはしない。


「何ヨ、聞きたいとか言って最初っから聞く気なんてないんじゃん! てゆーか、ドラゴンのことなんてこっちが知りたいくらいだっつーの!」


村人達のあんまりな態度にサンディは怒りを露にする。しかし、当然ながら怒った姿はリタにしか見えていないため、村人達に相手にされることはない。
リタはというと、信じてもらえないことに怒りや失望を覚える前に、途方に暮れてしまった。


(どうしよう、何て言えば……)


皆が満足するような答えをよそ者であるリタは持っていない。
何も知らないと言っても嘘だと思われる。ドラゴンの仲間ではないかと疑われる。決して村に害をなすつもりなどないのだと、証明するには――。


「ちょっとちょっと、待ってよ!」


そこに、非難とは別の声が割り込んできた。この声の主は知っている。ティルだ。てっきり寄り合いには大人しか来ていないものと思っていたが、リタを心配して来てくれたのだろう。ティルが前に出たことで、非難する声は一旦の収まりを見せた。


「リタさんの言うことを何で皆信じてあげないのさ!」


「……よそ者だからだ」


「よそ者、よそ者って、そればかり! もういいっ、もういいよっ!!」


何を言っても無駄だと悟ったティルは、おもむろにリタの手を引いた。


「ティルさん?!」


「行こう、リタさん。みんなの言うことなんか気にしなくて良いから!」


リタが戸惑いの声を上げるが、ティルは力強く言い切ると、そのまま教会の出口へと駆け出した。


「待つのだ、ティル!」


村長の制止を聞かず、ティルはリタを強引に連れて教会を出ていった。
リタは戸惑いながらもティルについていく。
教会の扉を開けば、外で待っていたカレンがすぐそばに待ち構えていた。


「リタ! 寄り合いは終わりましたの……?」


「え、えっと……」


寄り合いは終わっていない。途中で抜けてきたのだが……カレンに事情を話そうにも、ティルが手を引き、どこかへと向かっているため、これといった抵抗をしないリタはそのままズルズルと連れて行かれる。


「あの、ティルさんっ?」


頭に血がのぼったのか、周りの音が聞こえなくなっているようだ。リタが何度も名前を呼んで、やっと足を止めてくれた。ティルはハッとして後ろを振り返り、申し訳なさそうな顔をする。


「あっ、リタさん……ごめんね、いきなり教会を飛び出したりして」


「いえ……私、もうどうすれば良いか分からなかったから……助かりました」


村人達の徹底的な拒絶は、リタが次の言葉を発するのを躊躇うほどだった。何を言っても信じてもらえる気がしない。
ごめんね、とティルはリタを気を遣うように見つめる。


「ナザムの人はよそ者キライなんだ。ずっと昔、村の女の人がよそ者を連れ込んで酷い目にあったから」


ボクもよそ者なんだよ、とティルは自身がナザム村の出身ではないことを打ち明ける。


「遠い町から親戚のおじさんに引き取られたの……」


「そう、だったんですか……」


親戚のおじさん、というのがナザム村の村長なのだろう。ティルもまだ幼いのに随分と苦労しているようだ。現在は村の一員として認められているようだが、村に来たばかりの頃は今のリタのように風当たりが強かったのではないだろうか。
よそ者の気持ちが分かるからこそ、自分がリタ達を庇ってあげなければ、とティルは思っているのかもしれない。


「ティルさん、私、黒いドラゴンを追います」


「えっ?!」


このままでは、よそ者を庇うティルまで白い目で見られてしまうかもしれない。
ナザム村は、よそ者の男を村の女の人が連れ込み、酷い目にあったと言われている。よそ者であるリタが村にやってきた今、村に何かあれば――それがリタのせいであろうとなかろうと――ティルが責められかねない。ティルはリタを助けてくれた恩人だ。恩を仇で返すような真似はしたくない。
村が黒いドラゴンを恐れるというのなら、自分がその行方を追おう。元々、あのドラゴンは女神の果実を取り戻すための手がかりだ。


「あのドラゴンを追い払えば、村の人達もきっと安心しますよね」


「そうかもしれないけど……でも、あの黒いドラゴンを追っかけても、またやられちゃうかもしれないよ……」


「う……」


ティルが不安がるのも無理はない。
まず、闇雲に追ったところで空を飛ぶ存在に追いつけるのだろうか、ということ。そして、伝説の生き物であるドラゴン相手に、天使――ほぼ人間と言っても良い――であるリタがどこまでまともに戦うことが出来るかということ。その他にも問題は山積みで、ティルの不安を打ち消せる何かをリタが持っているわけでもなく、早くも現状につまずきかけてしまった。しかし、このなすすべもない状況を打破する案を思い付いたのはティルだった。


「そうだ!ドミールにいるっていうグレイナルに会えば、チカラを貸してくれるかも!?」


「ドミール……?」


どこかで聞いたことがある名前だ。リタが思い出す前に、ティルはドミールについて語りだす。


「ドミールの里にはね、邪悪なドラゴンを倒したって言われる英雄がいるんだよ。その人に力を貸してもらえば、もしかしたら……」


「あの黒いドラゴンを倒せるかも……?」


だとすれば、リタが行くべきはドミールという英雄の住む里だ。少しだけ希望が見えてきた。


「ドミールに行くには崖を渡らなきゃいけないんだけど……ボクいいことを知ってるんだ。村の人達がヒミツにしているナザムの言い伝えをボクがリタさんに教えてあげるね」


みんなにはナイショだよ、とティルは村長から教えてもらったという言い伝えを披露する。


「ドミールへの道を目指す者現れし時。像の見守りし地に封じられた光で竜の門を開くべし……っていうの。像の見守りし地ってのは、ここからずっと西にある魔獣の洞窟って呼ばれてるところらしいんだ。……でも、その洞窟の入り口は封じられていて、それをとく方法は誰も覚えていないんだって」


「……誰も、覚えてないんですか……」


リタが困惑気味に呟くと、教えてくれた本人がハッとした。


「そうだった……村長さんも分からないって言ってたものをボク達が開けられるわけないのに……。ごめんなさい、肝心なところでリタさんの役に立てないや」


「そんな……そんなことないです! 私がこうして生きているのだって、ティルさんが助けてくれたからなんですから」


ナザム村にティルがいなかったら、よそ者として放置された可能性すらあるのだ。ティルには感謝してもしたりない。


「本当に? 僕、リタさんの役に立ててる?」


「もちろんです。本当にありがとうございます、ティルさん」


リタが改めて礼を言えば、ティルははにかみながらもじもじと服の裾をいじった。


「えへへ、なら良かった……。でも、なんだか悔しいな。僕、もっと英雄に会える方法がないか探してみるよ!」


「あっ、ティルさん……?!」


言うが早いか、ティルは村長の家――つまり自分の家へと走って行ってしまった。暗がりの中消えていったティルの後ろ姿を見送り、ポツンと取り残される形となったリタは、上げかけたまま行き場を失った手を握りしめる。


(役に立ててる、か……)


ティルの言葉に胸を突かれるような思いがした。自分は今、誰かの役に立てているのか。自分で自分に問いただした答えは否、だ。
怪我を負い、ティルに助けられ、村長の家に厄介になり、仲間達には心配をかけ……いろいろな人に迷惑をかけてしまった。
困っている人を助けなければ。それが天使の役割なのだから。
ナザム村の人々は黒いドラゴンを恐れている。ならば、その恐れを取り除かなければ。少しでも、人々がより安心して暮らせるように。守護天使として、自分が――。


(強くならなきゃ、もっと……)


祈るように両手を合わせ、自分の胸の前でぎゅっと握りしめた。
不安に気持ちが押しつぶされてしまわぬように。










(寄り合いの夜は更けて)
16(終)



―――――



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