第十一章 14
村長の家に着くと、「遅いですわ!」と仁王立ちで二人の前に立ちはだかるカレンがぴしゃりと言い放った。元はと言えば、部屋に人が多いとリタが落ち着かないから、という理由で自分達を外に追い出したのはカレンなのに……とレッセは内心思ったが、アルティナはというとカレンのこの理不尽な発言を聞き流すことに決めたようである。レッセがアルティナを見上げると、涼しげにそしらぬ顔をしている。まるで他人事である。
サンディはサンディで、怒られているとも思ってないような態度だった。
「カレン、なんかピリピリしてるみたいだけどどーしたワケ?」
「どうしたもこうしたもございませんことよ! 先程、こちらに村長が訪ねてきましたの!」
外から帰ってきた身としては、寝耳に水だった。サンディは「はぁ?!」と素っ頓狂な声を上げるし、アルティナも表情を険しくさせた。
「村長?! 今までほったらかしだったくせに、いきなり何なのよ!」
「それが、突然リタに村の寄り合いに出ろだとか言ってきましたの」
どうしてリタが村の寄り合いに出なければならないのだろう。よそ者には冷たく接するくせに、そのよそ者を寄り合いに呼ぶ真意とは一体何か。
つい考え込みそうになったレッセだが、それよりも怒りを沸々と沸かせるカレンを何とか抑える方が先だと思い直す。
「リタはまだ完全に怪我が治ったわけではありませんのよ、それなのに……いくら泊めていただいていているとはいえ、こんなこと横暴にも程がありますわ!」
「お、落ち着きなよカレン……」
「これが落ち着いてなんていられますか! 態度が悪いのはお互い様ですことよ!」
控えめながらも諌めたレッセにカレンは再びピシャッと言い放つ。なかなか怒りが収まらないようで、どうしたものかな、とレッセは途方に暮れかける。
それよりも、と口を開いたのはアルティナである。
「寄り合いっていうのは何をするんだ」
アルティナが微妙に上手いこと話題をそらしたおかげか、カレンは少し落ち着きを取り戻す。
「それがよく分かりませんの。今日の夜、教会で行われるらしいのですけれど……」
つまり、日がくれたらすぐに、である。
「それでリタが着替えたってわけネ」
ベッドで安静にしている間は寝間着姿だったのだが、寄り合いに呼ばれたということで、リタは着替えを済ませていた。いつもの服はナザム村に落ちた頃にはボロボロになっていたので、予備の服をカレンが持ってきてくれていた。
リタは、今はベッドにちょこんと腰掛けており、靴を履けばいつでも外に出られる状態だ。
「それにしても寄り合いって、村の人達が集まるんでしょ? そんなところによそ者なリタ放り込んだりしたら、みんなから何か言われたりするんじゃないの? ダイジョブなの?」
サンディが心配しているのはもっともなことである。よそ者を嫌う村人達のことだ、寄り合いに出て何を言われるか分かったものではない。
「もちろん私達も行きますわよ。例え何を言われようと、言わせっぱなしになんてさせませんわ!」
とても頼もしいカレンの発言であるが、私達、ということはどうやらレッセやアルティナも頭数に入っているらしかった。とはいえ、村の寄り合いなど心配しかないので、レッセも一緒についていくことはやぶさかではない。
「……だというのになかなか帰ってこないものですから、もう少し遅ければ置いていくところでしたのよ」
カレンがレッセ達にやけに当たりが強いのはそのせいらしい。そう気付くのと同時に、レッセはカレンが不安がっているようにも感じた。
(こういう時、何て言えば良いのかな……)
何せ、ただでさえ人付き合いが苦手だと自覚のあるレッセである。気の効いた言葉なんて咄嗟に思い付くはずもない。
「その……ごめん、カレン」
すると、カレンは虚を突かれたような表情で、やがて気まずそうに視線を泳がせた。謝られるとは思ってなかったようで、「いえ、」と首を横に振った。
「寄り合いまではまだ時間もあるでしょうし……私も少々キツく言い過ぎましたわね、すみませんわ」
頬に手を当て、少し疲れたように言うカレンは、実際のところ少しどこではなくかなり疲れていることだろう。
「ま、とにかくその寄り合いなんてぱぱっと終わらせてこよーよ。ね、リタ!」
サンディがそう言ってリタを振り返ると、リタは聞いていたのか聞いていなかったのか――多分聞いていなかったのだろう。
「え?」
キョトンとした顔つきのリタに、サンディは出鼻を挫かれたように体勢をカクッと斜めに傾けた。
「え? じゃないわよちゃんと聞いてた?! これから寄り合いとかいうのに行くんでしょ、寄り合い!」
「あ、うん……そうだね」
ナザム村に来てからというものの、リタはいつにも増してぼうっとしていることが多い。その姿に不安を覚えるカレンはあまりリタを村の寄り合いになんて連れていきたくなかった。
ただでさえ落ち込んでいるというのに、その上また傷付くことになるかもしれないところへ放り込みたくない。だから、何度か行かない方が良いのではないかとやんわり止めたものの。
「リタ、体調が優れないなら無理して行かなくてもよろしいのではないかと……」
「大丈夫。教会に行くくらい、平気だよ」
リタは大丈夫だと力のない笑みを浮かべるばかり。そう言われてしまうと、カレンはもう何も言えず、困った顔を浮かべるしかない。
すると、アルティナがリタの前に立った。出し抜けにアルティナの手がリタの輪郭を捉え、リタは顔を上向かせられた。
突然のことにリタは声も出ず、ただ目を瞬かせる。顔をそらすことは出来ないので、お互いを見つめ合うしかない。ずっと俯きがちだったからか、アルティナの顔を真っ正面から見たのは久しぶりかもしれない。相変わらず無表情だったが、リタには少しだけ辛そうに見えた。
「大丈夫なら、そんな顔をするな」
「え……」
どんな顔をしているというのだろう。自分では分からない。分からないけれど、アルティナの言いたいことは何となく分かっていた。
アルティナに、リタの嘘は通じない。
「大丈夫じゃないなら、大丈夫じゃないって言えよ」
「アル……」
その切実な響きに、リタはしばしの間、じっとアルティナの顔を見つめていた。心配してくれているのがひしひしと伝わる。それはきっと、アルティナだけではなくて――。
リタは、アルティナの手に自分のそれを重ねた。
「“大丈夫”だよ。私……大丈夫って言える内は、頑張れると思うの」
決して無理して作っているわけではない、ちゃんとした笑顔を見せる。
それを聞いたアルティナは下を向いたかと思えば、これみよがしにため息をついた。呆れられた。本当に大丈夫だと再度言おうとすると、輪郭にあった手は頭へと移動した。
「ったく、お前は……仕方のないヤツだな」
遠慮もなく髪をぐしゃぐしゃとやられ、せっかく整えたというのにこれではやり直しである。
それでも、撫でられたことで元気付けられたように感じ、リタは髪を直しながらも口元を緩める。
「ホラ、そろそろ寄り合い行こうヨ。とっとと行かないと先に始まっちゃうかもよ!」
サンディがドアの前でふわふわと浮いて催促していた。
「それじゃあ、行こうか」
レッセの声と共に、リタはベッドから立ち上がる。
ここで、立ち止まるわけにはいかないのだ。
(寄り合いへ)14(終)
――――――
今回書くの、今までで一番時間かかったかもしれない……。
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