第十一章 13
家に戻る道すがら、レッセはバッタリとアルティナに出くわした。サンディが「あ、アルティナだ!」と声を上げれば、あちらもレッセ達を見た。アルティナは剣を携え、衣服はどこかくたびれており、明らかに一戦交えた形跡がある。
「アルティナ、どこに行ってたのさ」
「外」
村の外で魔物とでも戦っていたのだろう。
簡素な答えが返ってきたが、その言葉にサンディが反応する。
「ええっ、アンタ方向オンチなのに大丈夫なワケ?!」
「大丈夫じゃなかったら外出たりしねーよ」
方向音痴と言うと、アルティナは決まって機嫌の悪そうな顔をする。そのことについてはあまり触れてほしくないようだ。
レッセはアルティナがどの程度の方向音痴なのか知らないが……本人が大丈夫だと言うなら、多分大丈夫なのだろう。しかし、サンディはそう思わなかったようで「あんまし説得力ないんですケド」と正直な感想を言い、アルティナにジロリと睨まれていた。
そのまま三人で村長の家を目指して歩く。レッセは、チラリとアルティナの様子を窺う。リタのことで口を開こうとして、止めた。何というか、上手く言葉が見つからなかったのだ。考えがまとまっていないせいだろう。
結局、他の話題――しかし、リタと全く関係性がないわけではない、天使の像について聞いてみることにする。
「アルティナ、ここの守護天使の像見た?」
「ああ、随分と放っておかれてるようだったけどな」
やはり、アルティナもこの村の天使の像の有り様に気付いていたようだ。それがどうした、と問いかけるような目線でこちらを見る。
「昔は教会に置かれてたって……ティルって子が言っててさ。でも……」
レッセは、ティルから聞いたナザム村がよそ者嫌いになったワケを話す。村の女の人が助けたよそ者の男。その男が原因で、村は大変になったらしい、と――要約すると、このようになるのだが、さすがに話が曖昧すぎた。アルティナは顔をしかめる。
「大変なことって何だよ」
「そこまでは分からないんだ。ナザムの村長に聞いたらしいんだけど、詳しく教えてくれなかったって言ってたし」
今のところ、村の中でレッセ達に好意的に接してくれるのはティルだけで、他の人から聞いてみようにも、よそ者に教えてくれるような話ではなさそうだ。ただでさえ、なかなか口も聞いてもらえないのに、尋ねて回ったところでロクな答えが返ってくるとは思えない。
そうなると、後は自分達である程度の推測をする他なくなるのだが、考えるにしても手がかりが少ない。
――大事にされていたのに、今は野ざらしで誰も見向きしないような場所に放置されている天使の像。動かされたのは、村の女の人がよそ者の男を助けたから。よそ者が引き起こしたことと天使像が捨て置かれていること、この二つを繋げるものは一体何なのか。
サンディは空中を漂いながら、ふと思い付いたことをそのまま口にする。
それは、あまりにも単純なことで。
「実は、そのよそ者の男とかいうのが天使だったりしてネー」
なんつってー、とおどけて言うサンディだったが、そんな彼女に男二人の視線が突き刺さる。
「…………」
「…………」
「…………えっ、マジで?」
サンディら冗談のつもりで当てずっぽうに言ったのだが、その推理は思いの外的を射ているように思えた。
「でっ、でもサ、天使ってフツー人間には見えないじゃん……?」
「リタだって、天使だけどちゃんと人間に見えてるよね」
「それはそーだけど……」と歯切れの悪いサンディ。リタの例は特殊すぎて、そう頻繁に起こるようなことではないからだ。
リタは天使界からウォルロ村へと落ちた時、人間に近い姿になってしまった。そうなった原因は明らかになっていないが、同じようなことが他の天使に起きていないとは言い切れない。
「可能性はなくもないがな……本当にそんなことがあったらリタがとっくに知っているんじゃないか?」
しかし、リタからはそのような話を聞いたことがないのだが。アルティナは気難しげに眉をひそめる。レッセも同意し頷いた。
「まぁ、一応リタに聞いてみよう……って言いたいところなんだけど」
天使は謎が多い。その実態を人間が知る由もなく、やはり天使のことを聞くなら天使に聞くしかない、のだが。
「あの子、絶賛傷心中なんですケド」
ぽそっとサンディが呟く。そう、リタに聞きたいのはやまやまなのだが、いかんせんタイミングが悪すぎる。
リタが天使がらみのことで落ち込んでいるところに、天使のことについて聞くなど、傷口に塩を塗り込むようなものだ。そんなデリカシーのないことをするつもりはサラサラない。まぁ、もし聞こうとしようものならば、その前にカレンがぶちギレる。今にもザキ系呪文を唱えてこようとする姿が目に浮かぶ。
リタがナザム村に落ちてから一週間が経とうとしている。体の傷は癒えてきたようだが、まだ気持ちの整理がつかないらしく、それが心に負った傷の深さを物語っている。
「ていうかさ、どーしてレッセはそこまでこの村のこと気にすんの? 大ケガしてたリタを放っておこうとしたヤツらだし、アタシはあんま気が乗らないんですケド」
その時のことを思い出したせいか、ぷりぷり怒るサンディの口ぶりはまるで「目には目を、歯には歯を」である。それくらい村人の態度に腹を立てており、またリタのことを心配したが故にそう思うのだ。
レッセとて、この村に良い印象を抱いているわけではない。
「そりゃ、この村にいてもあまり良い気分はしないけどさ。天使像のことは気になるよ。リタが天使なんだから」
リタと出会う以前のレッセだったら、きっとここまで気にしたりしなかった。天使の存在を知ったから、より視野が広くなったのだと思う。
それに、とレッセの言葉の後にアルティナが続ける。
「どんな村だろうと町だろうと、アイツなら構わず首を突っ込もうとするだろうしな」
アイツ、が誰を指しているかは明白だった。
何事にも一生懸命で、いろんなことに戸惑い悩むことはあっても、くじけず人々の力になるため尽力してきた少女。そんな、リタの元に集った仲間達だから――。
「……ま、しょーがないか。リタのためだしね」
サンディは、それらの答えを予想していたかのように肩を竦めた。
夕闇が迫る。レッセ達が村長の家につく頃には、日はすでに山の稜線の下へと消えていた。
(夜がやって来る)13(終)
―――――
寄り合いの時間です。
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