第十一章 06-2
外に出ると、何やら村の入り口の方が騒々しい。ティルは何事かと騒ぎの方へと顔を向ける。揉めているようだが、一体何があったのだろう。
水を汲みに行くという目的は頭からスッポリと抜け落ちていた。
(どうしたんだろう……?)
そこには、旅の者と思われる三人の姿があった。
「だから、よそ者に教えることなんか一つもないと言ってるだろ!」
そして、その三人……正確にはその内の一人に村の青年――ティルにとってはご近所のお兄さんである――が食って掛かっている。その相手も青年と同い年くらいだ。黒髪に青い瞳の、戦士……だろうか。不機嫌さの滲む顔を隠そうともしていない。整った顔立ちも相まって冷たい印象を受ける。――怖そうな人だと、ティルは思った。
戦士は、スッと目を細めて口を開けた。
「うるせぇ。何も話さないなら邪魔だ。とっとと失せろ」
その言葉は苛立ちを抑えているように怒気を孕んでいて、まるで抜き身の刃を思わせる。今にも手持ちの剣を抜くのでは、と不安になっているのはティルだけだろうか。
ここで、ティルは認識を改めた。
怖そうな人ではない、怖い人だ。
「アルティナ……気持ちは分かるけど、もう少し穏便に出来ないかな……」
遠慮がちにボソボソと黒髪の戦士を諫めたのは、戦士の仲間らしい赤髪の少年だった。ティルと年齢はあまり変わらないように思える。杖を持っているところを見ると、魔法使いらしい。
そうですわよアルティナ、と最後の一人である金色の巻き毛を持つ女の人が魔法使いの少年に同意した。尼僧の格好をしているが――僧侶、なのだろうか。派手な金髪と少しキツめに見える華やかな顔立ちのせいで、全く僧侶には見えない。どちらかというと、良いところのお嬢さんと言った方がしっくりと来る。
戦士を呆れたように見ているので、魔法使いの少年と一緒に戦士を止めてくれるのかと思ったのだが。
「こんなところで無駄口叩いてる暇なんてありませんの。さっさと他を当たりますわよ」
……そんなことはなかったようである。思った以上に辛辣な僧侶のセリフは、村の青年の苛立ちを煽るのに十分であった。
「何だと? だいたい、何なんだアンタ達は。こんなただの村に来るなんて一体何を企んでいる」
「妙な勘繰りをしないでいただけます? 私達は仲間の女の子探しに来ただけですのに、見に覚えがないことで疑われるなんて全くもって不愉快ですわ」
「だから、何でその仲間がこの村にいると思うんだよ?」
僧侶と青年がにらみ合い、殺伐とした会話は続く。
ナザムの村人は基本的に“よそ者”の言うことなどほとんど信じない。たとえ、ちょうど話に出てきた条件に合う“よそ者”である身元不明の女の子が発見されていたのだとしても。
青年と旅人達の間で見えない火花が散っている。話は平行線を辿っていた。このままではいけない。
ティルは慌てて間に割り込んだ。
「……待って! ねぇ、探している女の子って、もしかして銀髪の女の子のことじゃない?!」
視線が一斉にティルへと集まる。一瞬怯みそうになったティルだったが、旅人達の話していたことはティルも気になった。
もしかしたら、この人達は今も自分の家で目を覚まさない少女の知り合いなのではないか……と。
「リタをご存じですの?!」
果たして、次に僧侶が発した声には心配で仕方ないという思いが溢れんばかりであった。
そのことに、ティルは少し意外に思う。少し怖いと思っていたが、どうやら悪い人達ではなさそうだ。
「そいつは今どこだ」
……いや、それでもやっぱり怖い。
鋭い目付きの戦士にビクッと怯えてしまったティルを見て、僧侶は再び呆れの視線を戦士に向ける。
「前から言っていますけど、あなたのその愛想の無さどうにか出来ませんの?」
「余計なお世話だと前から言ってるんだがな」
軽口を言い合う二人は付き合いの長さが感じられた。後ろの少年が「この人達いつもこうなの?」とまるで誰かに話しかけるようにぼやいたが……特にその“誰か”は見当たらなかったため、きっと独り言なのだろう。
「この戦士のことは気にしないでくださいませ。別にあなたに怒っているつもりはありませんのよ」
暗に、ティルではない方の村の青年には怒っているというようにも聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではない。
「あの……その女の子は、旅芸人の格好をした子ですわよね? 銀髪で紫色の瞳をしていて、」
「多分そうなんじゃないかな。目の色はまだ目が覚めてないから分からないんだけど……」
「そう、ですの……」
僧侶の目が悲しげに伏せられた。沈痛な面持ちに、ティルは何と声を掛けたものか迷い、ためらってしまう。
僧侶の口から具体的な特徴を聞くと、やはりあの少女はこの人達の仲間なのではないかという思いが強まる。どんな事情があったのかは分からないが、この三人はあの少女を追ってこの村にやって来たのだろう。
「あのねあのね! 少し前だったんだけど女の子がそこの川のところに倒れてたんだ。大ケガをしていたから、僕の家で手当てをしてて……今も家で寝てるんだよ」
ついて来て、とティルは三人を促した。
家に戻ると、案の定、家主である村長は渋い顔をしたが、少女の知り合いらしいと知れば文句をぶつぶつと言いながらも家に入れてくれたのだった。
(新たな来訪者達)06(終)
―――――
ティル目線でした。
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