天恵物語
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第十章 21

日もとっぷりと暮れて、すっかり暗くなった草原。カルバドの集落では、平和が戻ったことでナムジンや旅人であるリタ達の活躍を讃えるように宴が催されていた。


「なんだぁボウズ、そんな量じゃ大きくなれねぇべ。もっと食うだよ」


「えっ、いや、僕は……」


「今日はあんたらの活躍を祝う宴だべさ、遠慮はいらねぇだ」


「んだんだ、育ち盛りにはたんと食っといた方が良いだよボウズ」


酒の入り始めた宴で、レッセが遊牧民の老人達に絡まれていた。老人に囲まれてやたらと食事を勧められるレッセは、まるでたまに帰省する孫か何かのようだった。レッセは人見知りを発揮するが、皆酔っているからか気にする人はいない。


「んな少ししか食わねぇから小っせぇままなんだぞ、ボウズ」


「それは成長期が来てないだけで! ……って、何便乗して失礼なこと言ってるのかなアルティナ!!」


どさくさに紛れて隣で淡々とのたまうアルティナは、了承も取らずレッセの取り分にどんどん料理を追加していった。


「こんなに食べれるかーー!!」


「それだけ怒鳴れる元気があれば食えるだろ」


そんな無茶苦茶な。さすがに無理のある論理を指摘したかったレッセだが、そんなことをしていたらやがて目の前にてんこ盛りの料理の山が出来てしまう。それだけは阻止しなければ。よく分からない使命感に駆られたレッセは必死にアルティナの手を止める。
レッセとアルティナの攻防に、周りが一斉にどっと笑い出した。


「ああしていると本当に兄弟みたいですわねぇ」


騒ぎを遠巻きに見ていたカレンがしみじみと呟く。隣で一緒に眺めていたリタも思わず笑ってしまった。


「二人とも、楽しそう」


目の前にはご馳走がならび、食べて、飲んで、笑って、怒鳴ってのどんちゃん騒ぎ。時が経つのも忘れてしまいそうなほど賑やかで楽しい宴だった。
すっかり日は暮れ、辺りがひんやりとした暗闇に包まれても、宴の熱気と照明の明るさは消えない。
リタはふと夜空を見上げ、あ、と小さく声を上げる。


(星が、見えない)


周りが明るいのだから、当たり前と言えば当たり前だった。空には大きく欠けた月とひときわ光り輝く星がポツリと数個見えるだけだ。


「リタ、どうかなさいました?」


「……ううん、何でもない」


空を見上げて黙り込んだリタを気にしたカレンが声をかける。思わず星の少ない空に見入ってしまったが、カレンに心配をかけてはいけない。今は宴を楽しまなければ損というものである。リタは気を取り直して杯を手に取った。
たくさんの料理が並び、人々の笑い声が絶えない。どこからか陽気な音楽が聴こえてくる。大人も子どもも関係なく、皆が思い思いに宴を楽しんでいた。
その中にナムジンの姿も見つけた。族長と何かを話しているようだが、リタ達からその内容は聞こえない。ただ、あの親子の穏やかな顔を見る限り心配の必要はなさそうだ。
そうして宴はつつがなく行われていた――ように思えたのだが。


「どーせ僕は、冒険者と言ってもちょっと前まで学生やってたただの頭でっかちですよ!!」


突然、賑わいの中に投げやりな怒鳴り声が聞こえてきた。声と言葉の内容からして、レッセだとすぐに分かる。
え、と頭を巡らせれば、ドンと杯を置き、顔を真っ赤にしたレッセがいた。明らかに酒を飲んだと分かる。異変に気付いたアルティナも隣のレッセを覗きこむ。


「おい……?」


「分かってますよ僕だって、ええ。自分が未熟で皆の足引っ張ってることくらい、ちゃーんと分かっていますよ!」


「いきなり何なんだ……つーか、まさか酒飲んだのか?」


一人で愚痴りだしたレッセは傍から見ても酔っている。しかし本人はアルティナの言葉など意にも返さず、それどころか酔っ払いよろしく独り言のような愚痴を展開する。アルティナは思った。コイツ、確実に酔っていやがる。


「上手くいかないんですよ……頑張ろうとすれば頑張ろうとするだけ空回っちゃうんですよ! どうすれば良いんですかね、もういっそのこと転職してレンジャーにでもなって野生的に逞しくなったりした方が良いんですかね?!」


「待て、早まるな、自然に還ろうとするな。とりあえずその手に持ってるグラスを渡せ」


ふらふらと頭を横に揺らすレッセから、アルティナは半ば強引に杯を取り上げる。その態度から分かりきってはいたが、中身は明らかに酒だった。


「何で酒なんか飲んだんだテメーは」


「はぁ? 飲んでませんよそんなもの。変な味の水しか飲んでないです〜」


呂律こそしっかりしているものの、何となく間延びした口調になってしまっている。


「がっつり飲んでるじゃねーか……」


まだ幼いレッセに酒が配られるとは思えない。どこかで取り違えたか、他人の杯を間違えて飲んでしまったか。原因が何であろうと――たとえ分かったとしても――最早手遅れである。残っている酒の量からしてあまり飲んでいないようだが、その少量の酒でこの有り様である。どうやら酒に弱いらしい。
レッセは溜め息をついて再び愚痴りはじめた。溜め息をつきたいのはこっちの方だ、とアルティナは内心ふてくされつつも仕方なく酔っ払いの話に付き合うことにする。


「もう僕はどうすりゃ良いって言うんですか。アルティナにはチビとかガキとか言われるし」


「そりゃ悪かったな。つーか成長するんだろこれから」


本人が言っており、アルティナだってそう思っている。さすがにレッセの身長がここで止まるとは本気で思っていない。


「道中足手まといだった気がするし」


「気のせいじゃねーの」


「ものすごい人見知りするし」


「旅してりゃそのうち嫌でも慣れるだろ」


普段は口に出さないながらも、レッセ自身いろいろと気にしているところがあるようだ。


「学院ではどうすれば良いかなんて教えてくれませんでしたし、僕だって机に向かう勉強だけで人生どうこうなるものだとは思ってません! 僕はっ……ただ、」


言葉を詰まらせると、レッセははらはらと涙をこぼし、やがて号泣しはじめた。さすがのアルティナもぎょっとして身を引く。


「皆さんの役に立ちたいだけなんですよー!!」


「お前、泣き上戸か……」


挙げ句の果てにおいおいと泣き出したレッセ。アルティナはどうしたものかと途方に暮れかけた。酔っ払いの介抱などしたことがない。
珍しく戸惑いを見せるアルティナ。隣で大泣きするレッセ。新鮮といえば新鮮な光景だが、心配もあるせいで気になって気になって仕方がない。


「大丈夫かなレッセ……」


「大丈夫、ではないかもしれませんけれど……」


離れた場所から遠巻きに様子を伺っていたリタは助けに行くべきか迷い、腰を上げかけていた。カレンはそれを制するように「お待ちになって」とリタの両肩に手を乗せ、押し止める。


「多分、私達は行かない方が良いと思いますわ。ここはアルティナに任せておきましょう」


「そ、そう……?」


不安そうではあったが、リタはカレンの言葉に素直に従い腰を下ろした。カレンの物腰は柔らかだったものの、その笑顔にどこか有無を言わせぬ迫力があったからかもしれない。
そのリタの横で、カレンは控えめに息をついた。行かない方が良い、とリタには言ったが、行かない方が良いのではなく行っては駄目だ、と思ったのだ。
レッセが酒を飲んでしまったのはおそらく事故だろう。それは仕方がない。ただ、飲んでしまったせいで弱りきり、本音らしきものがだだ漏れの中、下手に慰めてはかえって傷つけかねない。あの調子ではレッセが酒を飲んでしまったことを次の日まで覚えているかは怪しいが、覚えていたとしたら、更に彼を追い詰めてしまうのではないか。
レッセはリタに対して淡い恋心を抱いているようだ。仲間として加わり、共に行動するようになってすぐに気付いた。本人が自覚しているかは微妙なところであるが、好きな女の子に慰められることほど男として情けないことはなかろう、とカレンは思うわけで。


「そっとしておくのも優しさの一つですわ。ね?」


リタはまだ腑に落ちない顔をしていたが、どうやらレッセの元には行かない方が良いらしいとは何となく感じたようで、大人しく腰を下ろしていた。
実際問題、レッセのことを足手まといなどとは誰も思っていない。だが、レッセは今、時期的にも難しいお年頃で、それを察せられるほどリタはまだ大人になりきっていないし、それを受け入れられるほどの余裕もレッセにはまだ無い。
ここは同性でありレッセも何だかんだ頼っているアルティナが適任だ。アルティナの方も、適当にあしらいはしても突き放すようなことはしないだろうし、それくらいの距離感が今は丁度良い。
たから、レッセはアルティナに任せることにした。……ある意味丸投げしたとも言える。しかし、これもレッセのためだとカレンは一人頷いて杯を飲み干した。
夜が更けるにつれ、宴はさらに賑やかさを増している。










(夜空の下、宴にて)
21(終)



―――――
レッセは泣き上戸。


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