天恵物語
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第十章 19-2

氷に閉ざされた全身が痛みを訴える。氷はすぐに崩れ去ったが、痛みはなかなか引かなかった。
シャルマナはふらつく体を杖で支え、未だ目の前に立ちはだかる者がいるという、この状況を信じられないでいた。


「おのれぇ……」


小さな虫を追い払うかのように払っても払っても、一向に目の前から消えはしない旅人達。シャルマナは次第に焦りを覚え始めていた。
なぜ倒れない。それどころか、だんだんと追い詰められているのは自分の方だった。
シャルマナは焦燥に駆られていた。
力を手に入れれば、何でも出来るはず――それこそ、人間に化け、権力を握り、草原を統べることも。
もう二度と、外に怯える生活へ戻りたくはない。あんな生き方をするのはもう御免だ。
そのためにも、計画を狂わせた元凶である旅人達には消えてもらわなねば。
ちょうど目の前にいた少年をギロリと睨みつける。
氷の上級魔法などを使う、小賢しい人間の子供。


「なめたマネを……許さぬぞ小僧!!」


突き出した杖から強い突風が巻き起こる。誰もがその場に踏みとどまるのが精一杯で、目の前の子供など気を抜けばあっという間に吹き飛ばされそうだ。
相手の身動きが出来ない内に、杖の先が赤い髪の子供を捉える。


「レッセ!!」


誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。子供の名前だろうが。しかしそんなことはどうでも良い。自分には関係のないことだ。
今頃、草原を支配しているはずだったものを――計画を台無しにした者にはそれ相応の罰を与えなければ気が済まない。
ありったけの魔力を込め、魔法を放とうと杖を振りかざす。


「わらわに歯向かったこと、あの世で後悔するが良いわ!」


呪文を唱えようとした、その瞬間。
杖を振り上げた手を横から何かで押されたような感覚がした――否、手に何かが突き刺さったのだ。あまりの激痛に、持っていた杖が手からすり抜けた。こぼれ落ちた杖はカラン、と軽い音を立てて地面に転がった。
何があったのか、理解するのが一瞬遅れた。足元の杖、目の前にいる子供は無傷で、手には矢が突き刺さっていた。
一体なぜなのか。シャルマナは自問した。なぜ野望は暴かれた。どうして邪魔が入る。こうも思い通りに事が運ばないのはなぜだ。
苛立つシャルマナは矢の飛んできた方向を振り向いた。まるで、全ての元凶がそこにあるとでも言うように。
そこには、弓を構えた――ナムジンの姿があった。


「さぁ、今のうちに……!」


ナムジンの声と共に、旅人達が向かってくるのが分かったが、シャルマナは動かなかった。ただただ立ち尽くすと共に「そうだったのか」とようやく得心する。
元凶は向かってくる旅人達ではない、ナムジンだ。自分の正体にいち早く勘づいた族長の息子だったのだと、今更ながらに気が付いた。
そして、それと同時に全身を襲う激痛――自分は倒されたのだと、それをどこか他人事のように感じながらシャルマナは倒れ伏した。
手にいれた力が抜けていく。その感覚にシャルマナはなぜか、不安を覚えるよりも先に安堵したのだった。







(呪幻師の最期)
19(終)



―――――
ナムジンの見せ場を作りたかったのです。


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