天恵物語
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第十章 18

予定通りに行けば草原を手に入れていたはずだというのに、どういうことだろう。シャルマナは苛立ちを募らせる。
思えば、妙な旅人達が草原に訪れた時から予定に狂い始めた。旅人は、光る黄金の果実を探していると言った。それは、数ヶ月前にシャルマナが手にした果実と同一のものであることを示している。神々しい光を放つ果実が、ただの果物ではないことくらい分かっていた。あんなもの、滅多に存在するものではない。そして、それを探し求める少女もただ者ではないのだと、シャルマナは悟っていた。
人間ではない。かといって、魔物でもない。となれば、答えは一つ――本来地上で生きる者ではないのだ。
答えに行き着いた時、シャルマナは衝撃にも近い心地だった。それは、女神の果実を見つけた瞬間とよく似ていて。
シャルマナの前には、旅人とその仲間達が立ちはだかっている。草原の民を守ろうと――シャルマナの邪魔をしようというのだ。
シャルマナは確信した。この者達こそが、自分の計画を狂わせている元凶なのだと。――実に、忌々しい。


「ええい……皆まとめて消し去ってくれるわ!」


苛立ちを募らせるシャルマナは爆発の呪文を唱える。鮮烈な光が辺りを埋め尽くした。
広範囲に渡る攻撃だ。無傷ではいられまい。そうたかを括るシャルマナへと炎の塊が襲う。ふいを突かれた形だが、もともとマジックバリアで魔法から守られている身だ。この程度であれば痛くも痒くもなかった。
見過ごせないのは、魔法ではなく直接攻撃を加えてくる者達だった。しかも、先ほどシャルマナが放った爆発魔法であるが、目の前の者達にはあまり効いていないようだ。
――効かないのならば、より強力な呪文を唱えるだけだ。
果実を食べて力を得たこの体には、魔力が無尽蔵と思えるほどにみなぎっている。どれほど強い呪文をどれほど多く使ったとしても、全く疲れないし魔力が枯渇する気配すらない。
自分こそ草原の中では最強の存在であり、この広い草原を統べるに相応しい。そのために、集落の一つや二つ消し去ろうと問題なかろう――女神の果実によって自身の願いが歪み、ねじまがってしまっていることにシャルマナは気付けていない。


「今に見ているが良い……わらわは強大な力を得たのじゃ。歯向かう者は一人残らず消してくれるわ!!」


自分の拒むモノは、全てなくなってしまえば良い。この力さえあれば、何でも出来る。旅人達だって簡単に始末できる。
――そのはず、だった。


「その力は、あなたのものじゃない!」


少女の声に、シャルマナがぴくりと肩を揺らした。
真っ直ぐ見据えた視線がシャルマナを射抜くように見つめていた。
シャルマナが女神の果実を食べたのだと、この少女――リタは確信している。


「返してもらいます」


「……おぬし、よほど死にたいようじゃ」


シャルマナはすぅっと目を細めた。
計画を邪魔しただけでなく、この力をも奪おうと言うのか。……そんなこと、絶対に許すものか。
この場の始末を終えたら、また他の集落に取り入らねば。暴かれてしまった顔は新しく手に入れれば良い。ちょうど良いところに、自分好みのきれいな顔をした少女もいる。集落に取り入るには、見た目の整っている女性ほどやり易いことを知っていた。それ抜きにしても、是非とも手に入れたい。一目見た時から気に入っていたのだ。
少女を倒し、成り代わってしまえばあの顔は自分のものだ――前の顔を手に入れた時と同じように。そう思うと、心が浮き立つのを抑えられなかった。
狙われているとは露ほども知らないリタは、堅い表情で扇を持つ。
その様子を愉しそうに眺めるシャルマナ。その目には、自分の勝つ未来しか見えてはいなかった。


「よかろう、身の程知らずにふさわしい苦痛を与えてやろうぞ」


ニタニタと笑いながら告げる。リタは相も変わらず険しい顔つきだったが、どこか憂いを含んでいる。何を心配しているのかは分からないが、シャルマナはその表情すらも愉しむように目を細めて見つめていた。










(歪みと狂い)
18(終)



―――――



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