天恵物語
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第十章 12

足を踏み入れたカズチャ村は、人っ子一人見当たらない。人間はもちろん、幽霊すらも。
それでも、かつて人がいたという証拠に、家の中には生活を営んでいた跡があった。どの家も、蜘蛛の巣が張っていたり家具が傷んでボロボロになっていたりしたが、人間が住んでいた形跡は色濃く残していたのだった。


「人どころか幽霊すらいないなんて……」


生活感は残っているのに人間の気配が全くしない、ちぐはぐなところが何だか不気味だった。


(魔物に襲われた時どこかへ移り住んだとか……?)


たが、家も家具も全部放置された状態だ。どこかへ越した様子もない。
もぬけの殻となった村を進みながら、目的のアバキ草を探した。
サンディが疑わしげに周囲を見渡す。


「村にアバキ草があるって言っても、そもそも植物が生えてないんですケド。……ホントにあんのかな」


「洞窟のような場所ですものね、水もなさそうですし」


それもそのはずで、村はほぼ洞窟といっても差し障りがなく植物の生育には適さない。洞窟の外も荒涼とした土地が広がっていて、しかも毒の沼まで湧いている。見かけても枯れかけの低木くらいだった。どうしてこんな場所に村があったのだろうか。


「元からあった空洞に村を作ったんだろうけど……さすがに危険すぎませんか」


レッセの覗き込む崖の下には、奈落のような暗闇が広がっている。底の見えない吸い込まれるような暗さに身を強ばらせた。足場も広いとは言えず、少し足元を狂わせるだけでも命取りだ。つまづいたりしたらと考えるだけで背筋が凍りつきそうになる。
さきほどサンディにつまづきそうだと指摘されたリタも足元を見て緊張する。
ここで毎日生活すれば、この頼りない足場も崖にも慣れるものだろうか。


「村の人達……平気だったのかなぁ」


「そんなこと心配している場合じゃなさそうだ」


「え?」


アルティナの言葉に振り返ると、背後でボコりと音がした。音がした方を見れば、リタ達の前方で地面が盛り上がっていた。先程の音は、これが掘り起こされて発したものらしい。
一体何が出てくるというのか。固唾を飲んで見守っていると、茶色の頭蓋骨のようなものが顔を出し、やがて全身が現れた。見るからにゾンビといった風体で、鎧を纏い、槍を携えている。
うげっ、と声を上げたサンディがリタの影に隠れる。


「で、出たっ……村人の成れの果て!!」


「違うと思うよ?!」


幽霊すら見当たらないのに、ゾンビだけがいるなんてことがあるだろうか。それにこの村は魔物に滅ぼされた村だ。


「普通に魔物だろ」


サンディの言葉をさらりと否定し、アルティナは武器を構える。リタも慌ててそれに倣う。


「あれは……しにがみ兵ですね。だったら、」


杖を掲げたレッセの周りに魔法の輪が現れる。魔物――しにがみ兵へと杖を向ける。


「メラミ!」


炎の玉が命中すると同時に激しく燃え上がり、しにがみ兵はぎゃっと苦悶の声を上げて倒れた。後にはくすぶる炎だけが残り、しにがみ兵は跡形もなく消えた。魔物は倒されれば、亡骸を残さないものなのだ。
思った通りの手応えに、レッセは満足そうだ。


「やっぱり、炎が弱点だ」


「よく知っていましたわねレッセ」


「学院で習いましたから」


学院には生物学の一環として魔物のことを学ぶこともあったため、魔物の種類と弱点は一通り頭に入れているつもりだ。魔物の勉強はあまり好きではなかったが、その知識が役立つ日がくるなんて、思わず嬉しくなる。


「やるじゃん、レッセ! このチョーシでパパーっと……ん?」


意気揚々とサンディがリタの背後から出てくると、再び地面から音が鳴り始めた。しかも、今度は前だけでなく、後ろからも聞こえる。……嫌な予感がした。


(ま、まさか……?)


予感は確信へと変わる。しにがみ兵が地面から湧いて出てくる。しかも、リタ達の行く手にいるだけでなく後ろにも現れた。道の両端を崖に挟まれた、二人通るのがやっとの狭くて不安定な足場の中で、挟み撃ちの形となる。
とりかく前方の道は確保しようと、レッセはもう一度魔法を放つ。


「メラミ!!」


がいこつ兵は、あっという間に燃えて消え去った。悠長にしていれば、次のがいこつ兵が湧いてくるかもしれない。


「まずは安定した足場まで行きましょう!!」


行く先には、突き当たりの地面が広くなっている場所がある。家が建っているため窮屈な部分もあるが、今の細長い通路よりははるかにマシである。
四人が走れば、後ろのがいこつ兵も追ってくる。その速さは決して速いわけではなかったが、遅くもない。
家が目の前まで迫った時、先頭を走るレッセの前でぼこりと土が盛り上がる。


「うわっ!!」


足を取られたレッセはその場でしりもちをつく。


「げっ、またがいこつ兵!!」


「レッセ……!!」


がいこつ兵の持つ槍がレッセに差し向けられる。咄嗟に動けないでいるレッセの頭上から声が降ってくる。


「そのまま動くな」


言われるままに身を固くしたレッセを影が覆う。アルティナが目の前に立ちはだかっている。がいこつ兵の首が取れてなくなっていたが、アルティナが攻撃したのだとすぐに気付く。
頭部が消えて不安定に動くがいこつ兵を剣で払い、胴体が崖の下の暗闇に吸い込まれていく。
鮮やかな手並みをレッセが呆然と眺めていると、


「何ぼけっとしてんだ。早く立て」


「あ、」


アルティナがレッセの腕を引っ付かんで立ち上がらせた。ハッとして背後を振り返ると、リタとカレンが後ろを追うがいこつ兵を倒したところだった。


「先を急ぎましょう。また後ろからがいこつ兵が来ますわ」


いつの間にか数珠を携えたカレンが言う。僧侶なだけあってか、死霊のような魔物への対応は手慣れている。
迫るがいこつ兵にリタが扇を振りかざした。


「花吹雪っ」


大量の花びらががいこつ兵を襲う。花びらは散らばることなくまとわりつき、後ろからのがいこつ兵は当分追ってくることはないはずだ。


「これで少しは足止め出来るんじゃないかな」


「どうしましたのアルティナ。そんな苦そうな顔をして」


花吹雪を複雑そうに眺めていたアルティナにカレンが訝しげに尋ねた。
アルティナが何を思い出していたのか、黒騎士事件に関わったリタとサンディ二人のみが知っている。


「……何でもない。さっさと行くぞ」


魔物が出てくる前に、とにかくこの狭い足場を抜け出さなければ。
アルティナに促されて、レッセも急いで足を動かしながら、冷静さを欠いている自分がいることに気付いていた。冒険初心者の自分が場数を踏んだ三人とは大きな差があるのだと、思い知らされた。危険にさらされた時こそ、思考を止めてはならない。頭では分かってはいても、感情と体がついていけていなかった。
学院長が言っていたことを思い出した。


(僕は……まだまだ未熟者ってことだ)


知識だけで乗り越えられるのはあの学院の中だけ。野外での課題があった実技だって、生徒を危険にさらすほどのことはしない。
学院での誘拐事件は、慣れた敷地内のことであったし、レッセは協力者としての生徒の一人に過ぎなかった。
レッセはもう学院の生徒ではない。これからは冒険者の一人として、力を付けなければ。そして、パーティの一員としてリタの力になる。
走りながら、レッセは固く決意した。









(魔物に滅ぼされた村)
12(終)



―――――


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