第十章 10
ナムジンの母・パルの頼みでアバキ草を手に入れるため、一行はカズチャ村を目指す。
カズチャ村はカズチィチィ山の麓にかつて存在した村であった。魔物の襲撃によって亡くなってしまったとパルは言っていた。つまり、人間はもう住んでいないのだ。
「てゆーかさ、そもそもアバキ草ってどーゆー形してんのヨ?」
サンディの当然といえば当然の疑問に答えられる者はいなかった。
「……パルさんに聞いておけば良かったね」
パルはリタ達に頼みを告げた後、ふっとロウソクの炎が消えるようにいなくなってしまった。アバキ草がどんな形をしているのか、どんな場所に生えているのか、聞けず終いだった。リタ達はアバキ草がカズチャ村にあるという話だけを頼りに目的地へと向かっている。
アバキ草はシャルマナへの対抗策になるかもしれない。それだけに、諦めるわけにはいかないのだ。
どのようにして使うのかはナムジンが知っているらしい。アバキ草を手に入れたら、あとはナムジンへ手渡せば良い。
ふと、アルティナは思い出したようにレッセを振り返った。
「お前、ここら辺は近所みたいなもんだろ。何か知らないのか」
「いや、山隔てて向こう側だけど?!」
レッセが数年間エルシオン学院に在籍していたとはいえ、さすがにカルバドの様子やら状況やらが分かるほど両者は近くない。
「近いとは言うけどさ、特に用もないのに来ることなんてないじゃないか」
授業で行くことはあるみたいだけど、とレッセは付け足す。レッセがカルバドに来るのは今回が初めてであり、そのためカルバドのことについて知っているのは学院の授業で触れたほんの少しのことだけだ。
そんなものか、とアルティナは軽く流す。特に期待していたわけでもなくただ気まぐれに聞いてみただけだったのか、アッサリと引き下がった。
二人のやり取りを見ていたサンディは肩を竦めてリタに尋ねる。
「で、結局どうすんの? アバキ草見つかんないとシャルマナの正体分からずじまいなんですケド?」
「うーん、確かに人はいないかもしれないけど……本当に誰もいないのかな?」
リタが言いたいのは、もしかしたら幽霊がいるかもしれない、ということだ。村というのだから、元は人のいた場所だ。想いも残りやすいのではないか。もし本当に誰もいなかったら、自力で何とかアバキ草らしいものを探し出すしかない。
「えっと、あれがカズチィチィ山だよね?」
リタは前方に見える山を眺める。特に村らしきものがあった形跡は見当たらない。
「あのパルとかいう人の言ってた村ってドコよ?」
サンディはリタ達の少し上から周りをぐるりと見渡すが、建物の一つも見つけられない。
キョロキョロとせわしなく辺りを見回していたサンディの視線が一点に吸い寄せられた。他とは違う何かを見つけたようだが……。
「ん? あそこにあるのってサ……」
「え、どこ? サンディ」
「ホラ、あそこに穴……ってゆーか洞窟?」
山の麓に小さな穴がポツンと空いている。そこにだけ、ぽっかりと空いた穴は明らかに人が作ったように見える。
「村も見当たらないしコトだし、ちょっと行ってみよーよ」
サンディが洞窟を指差して言う。が、洞窟の手前には行く手を遮るものがあった。
カレンは頬に手を添え、困ったように首を傾げた。
「そうですわねぇ、ただ……」
「ただ?」
「足元が毒の沼なのが気になりますわ」
リタ達の目の前には紫色のドロドロとした地面が広がっている。鼻につく異臭も放っており、間違っても足を突っ込みたくはない。
「あ、そっか。これじゃリタ達毒食らっちゃうじゃん」
サンディはその心配がないせいか、今気が付いたように手を叩く。
毒の沼はいくつもの大きな水溜まりのようにあちこちへ広がっている。迂回しながら毒の沼を避けて洞窟に到達しなければならない。
サンディはくるりと振り向いてリタに釘を差す。
「リタ、ぼーっとしてて沼に入っちゃうとかやめてよ?」
「さすがにそんなことしないよ……」
リタが否定してもサンディは「どうだかネー」と意地悪く肩をすくめるだけだ。
「転んだりもするなよ」
「足元には十分お気をつけくださいませ」
「うん、用心するに越したことはないと思うよ」
アルティナ、カレン、レッセも皆一様にリタを見ながら言う。まるで子供に言い聞かせるようだ。
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だってば……!!」
なぜここまで信用がないのか。それは、リタは考え事をすると周りが見えなくなったり、危機感が足りなかったりするせいだ。からかいがいがある、というのもあったりする。……どちらにしてもリタにとってはあまり嬉しくない。
が、人よりも多少抜けている自覚があるため、そう思われても仕方ないと思う部分もある。……皆にそこまで言われると、リタもちらりと不安がよぎったりしなくはなかったけれど、それは秘密だ。
(洞窟と毒の沼)10(終)
―――――
ゲームでは結構躊躇いなく入っちゃいますけどね。
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