天恵物語
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第十章 09-2

「この魔物はボクの友達で、名前はポギーと言います」


ポギーと紹介された魔物はナムジンの隣で大人しくしている。人間を襲おうとする気配は全くない。
ポギーは昔、草原で倒れていたところをナムジンとナムジンの母で手当てしてから懐くようになったのだという。


「ポギーが集落を襲う本当の目的は父上ではなくシャルマナを狙ってのことです。あの女は怪しげな術で草原の民をたぶらかし、良からぬことを企んでいる……。ポギーはそのことにいち早く気がついたんです。ボクはこうしてうつけのフリをしながらあの女の正体を暴こうとしてますが、一体どうすれば良いのか……」


ナムジンが苦悩する傍ら、リタは驚かずにはいられなかった。ナムジンがそんなことまで考えていたとは思わなかった。あの若君の情けないっぷりは敵を欺くための演技だったのだ。


「ナムジンさんがシャルマナさんのことを怪しいと思ったのは、ポギーがいたからですのね」


「ええ、ポギーを信じていますから」


カレンの言葉にナムジンは大きく頷く。それだけ、ポギーへの信頼が大きいのだろう。断固とした意思が感じられた。


「これで全てお話ししました。今の話は誰にも言わないでくださいね。……さて、そろそろ戻らないと」


ナムジンは、ポギーを伴って外へと出て行った。その後ろ姿を見送ったリタはナムジンの変貌ぶりに戸惑ったような感心したような、複雑な心地だ。


「ナムジンさんって、本当はしっかりした人だったんだね……」


半ば呆然とした呟きに、リタと同じくナムジン達の出ていった洞穴の出口を見つめていたレッセが頷く。


「まるで別人だね。あの姿を見れば族長さんだって心配せずに済むのにさ」


「本当にねー……って、それヨ!」


ビシッとレッセを指差しサンディが叫ぶ。突然大声を上げられたレッセは声のする方を見て困惑するばかりである。レッセからサンディは見えないとはいえ、人を指差してはいけない。


「あのゾクチョーに今の息子の姿を見せれば万事オッケー、みたいな?!」


「見せるっつっても元凶を何とかしないとどうにもならねぇぞ」


アルティナは腕を組み、ぼやいた。
ラボルチュに本当のナムジンを知ってもらうためには、シャルマナの正体を暴くことが前提となる。その正体が魔物なのか魔物でないのかは分からないが、集落を脅かす存在であるらしいことには変わりない。


「どうやってシャルマナの正体を暴くかが問題ですわね」


カレンは腕を組み、小首を傾げた。
シャルマナの正体を暴くための手段を見つけないとならないのだが、これといった案は何一つ出てこない。
考えあぐねているうちに、リタの耳がかすかな声を拾った。


「ああ、ナムジンよ……このままではお前はシャルマナに殺されてしまう……」


殺されるという不穏な言葉に、思わずリタは振り返った。「リタ?」と不思議そうなレッセの声がする。


「あそこに女の人がいる……」


「えっ?」


レッセはリタとリタの見る方向を交互に見るが、何も見えていないようだ。普通の人間ならそれが当たり前なのだが、霊的存在を見るのはリタだけではなかった。実はレッセ以外は全員、幽霊を見ることが出来るのだ。


「墓の主か?」


アルティナが訝しげに目を細める。
視線の先には、遊牧民の格好をした女の人が佇んでいた。ほっそりとした体つきで線の細い彼女は、幽霊という存在も相まってか儚げな雰囲気がある。
ナムジンの心配をしており、そしてこの墓はナムジンの母のものだと言う。きっとナムジンの母親であろう。リタが声をかけようか迷っていれば、互いに目がバッチリと合った。
幽霊の姿を見ることのできる人間――リタは天使だが――に初めて会ったのだろう。ナムジンの母とおぼしき女の人は目を見開いてリタ達を見ていた。


「私の姿が見えるのですね! まぁ、何という奇跡……あっ、申し遅れましたわ。私の名前はパル……。勇敢なるカルバドの族長ラボルチュの妻です」


女の人――パルは簡単に自己紹介をすると軽くお辞儀をした。


「えっと、ナムジンさんのお母さん……?」


確認するように尋ねれば、相手からは「そうです」と相づちが返ってきた。


「旅の方、あなたを見込んでの頼みがあります。……遥か東の岩山のふもとに魔物に滅ぼされたカズチャという村があります。その村に眠るアバキ草をナムジンに渡していただけないでしょうか?」


アバキ草。聞いたことのない植物だ。アバキ草と言うからには、本当の姿を暴くことが出来るのだろうか。


「……カズチャ村に行けばあるんですね?」


リタが首を縦に振れば、「ありがとうございます」とパルは頭を下げた。シャルマナに対抗するすべを教えてくれたことに、むしろこちらが感謝したい。


「あの子なら、うまくアバキ草を使ってくれるはず。ナムジンを助けてやってください……」


息子を心配する母の声は切実さを帯びていた。










(母の想い)
09(終)



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