天恵物語
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番外編 とある少年の不憫な恋

――銀色に輝く髪と、紫の瞳。肌は透き通るような白。
その少女はある日、ひょっこりと店先に現れた。そして、渋々ながらも店番をしていた少年の心を一瞬にして奪ってしまったのである。




「はぁ……」


今日も今日とて店番に勤しむ少年は、空を眺めて息をつく。その溜め息は恋わずらいのそれでもあり、落胆のそれでもある。
今日、あの子は来るだろうか。いや、つい昨日来たばかりだ。今度来るのはきっと当分先のことだろう。しかし、万が一ということもあるし……と少年の胸中には期待と諦念がモヤモヤと渦巻く。
少年――レヴィルはぼんやりと流れる雲を眺める。店番は退屈だ。客がいる時は良いが、一人の時は何もすることがない。掃除は大方済ませてあるし、品揃えもバッチリだ。その他細々とした用事も消化してしまったし、本当にやることがない。それでもレヴィルが退屈な店番を引き受ける理由は、店に時たま姿を現す、一人の少女の存在にある。
少女と初めて出会ったあの時も、こんな風にやることがなくぼんやりと空を見上げていた日のことであった。
「あの、」と呼び掛けられ、ああ客かと声のした方を向いたその瞬間であった。その姿を確認したレヴィルは、ものの見事に固まったのだ。
そこには、銀の髪に紫色の瞳を持つ可憐な少女が立っていた。
あの時の衝撃は忘れようにも忘れられない。今もその光景がまざまざと思い浮かぶ。
白いワンピースに身を包んだ彼女は、とても清楚で可憐で、まるで天使のようだった。
初めて話した時はそれはもう緊張して体がギクシャクした。張り切りすぎて挙動不審になっていなかったか不安になったほどだが、少女は買い物が済むと微笑んでお礼を言ってくれた。レヴィルが更に舞い上がってしまったのは言うまでもない。
これが、少女――リタとの出会いだった。

それからというもの、彼女は店に度々姿を現すようになった。不定期に訪れるものだから、レヴィルは毎日欠かさず店番をするようになってしまっている。そのある意味熱心な姿に親は心配すらし始めたし、妹は顔を合わせる度に不審顔だ。一体自分を何だと思っているのか。レヴィルは憤慨しそうになるが、ふと振り返ってみると、毎日せかせかと店の手伝いしているのも、ひとえにあの可憐な少女に会うためなのだと思うと……正直自分でも呆れてしまいそうになる。こんなこと、親には口が避けても言えない。というか、誰にも言えない。
そんなわけで、今日も黙々と店番に精を出すレヴィルである。商品の品出しをしながら、あの子は次いつ来るだろうと心待ちにしていた。きっと当分先のことだろうが、日数を数えずにはいられない。


「こんにちは、レヴィルさん」


一瞬体の動作が停止する。もしや会いたい想いが高じてついに幻聴が聞こえ始めるようになってしまったのではと思ったのだが、振り返ればそれは現実で。


「うわっ?! あ……リタさん!」


情けない声を上げてしまったものの、リタはいつものかわいらしい微笑みを浮かべていた。連日来店とは珍しい。昨日来たばかりなので今日は来ないだろうと思っていたのだが、店番をサボらないでおいて良かった。


「きょ、今日はどうなさったんですか?」


「ええと、急に必要になったものがありまして……」


えへへ、とリタは少し困ったように笑いながら頬をかく。そんな笑顔も素敵だ。昨日の今日でまた会うことが出来るなんて、とレヴィルは胸の内で喜びを噛みしめた。
彼女は、いろんな道具をまとめて買っていくことが多いのだが、今回もそうだった。紙袋いっぱいの道具を抱える少女の姿は少々危なっかしい。何でも錬金をするのに必要なのだとか。どうやら錬金をするらしい、とリタのことを知る度に一歩一歩距離を縮められているような気がして、レヴィルは内心、「道具屋も悪くないな」と普段は思ったりなんかしない現金なことを考える。


「いつもありがとうございます」


品を渡すとリタはいつも笑顔とともにお礼を言ってくれる。仕事の疲れもこれで吹き飛ぶというものだ。
彼女の一番の魅力はその親しみやすさにあると思う。確かに美人……というかかわいい顔立ちをしているし、最初はその容姿に目を奪われた。だが、それだけだったらここまで惹かれることはなかっただろう。朗らかな笑顔、くるくると変わる表情、何より話していて楽しい。リタと過ごす時間は買い物する間のほんの少しだけだが、それが何よりも大事な一時と思えた。
――そうだ、人間は顔だけじゃない。一番大事なのはその中身だ!
……だから、自分にもチャンスがあると思いたい。容姿は悪くなくとも恵まれている自覚もないレヴィルは意気込む。今は無理でも、いつか自分の気持ちを伝えるのだ。そのためにも、この機会を逃さず少しずつ親密になっていければあるいは――。

それが、ささやかな、けれども積極的と言えなくもない道具屋の息子レヴィルの決意であった。



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