第九章 26
「噂を聞いた時は、一体何しているのかと思いましたわ」
本日のアルティナの授業を見ていたカレンが大仰に嘆息する。
お昼時であるが、リタは授業の関係で少々遅れており、先に食べていて欲しいとのことだった。今いるのはカレン、アルティナ、レッセの三人だ。
「僕もそれ聞きました。僕が聞いた生徒によると、何でも後半の授業が潰れてくれるからラッキーだとか言ってましたよ」
「もう絶対やるもんか」
カレンが噂を聞いたのは女子生徒だったが、レッセが聞いたのはおそらく授業に出ていた男子生徒の意見だったのだろう。
「まぁよろしいのでは? リタに格好良いと言ってもらえて良かったではありませんの」
本日の献立パスタをフォークで巻きながら、どこか突っかかるようにカレンが言う。
「ですけど、私もリタに格好良いって言ってもらったことくらいあるんですからね!!」
「どこで張り合ってんだお前は」
最早ケンカ腰に近いカレンであったが、カレンより余裕のあるアルティナは冷静に突っ込む。
「……まさかとは思うが、お前女が好きとか言い出さないだろうな」
本当にそうだとは思っていないのだろう、胡乱な目付きでカレンを見るアルティナに、問われた本人は憤然と反論する。
「まぁ失礼しちゃいますわ、そんな趣味持ち合わせていませんことよ! 私は健全に男の人の方が好きです!!」
「お昼に何て話をしてるんですかお二人とも」
ごもっともである。二人よりもさらに冷静なレッセのツッコミが入った。
「というか……この集まる視線、どうにかなりませんか」
「それはアルティナに言ってくださる?」
「どうにも出来ないからこんなことになってんだろ」
ここは食堂。人はたくさん集まっているというのに、注目が三人……特にアルティナに集まっていた。これも噂効果だろうか。
「もし、ここにリタまで来たらどうなるのでしょう……」
もしも……というか、この後確実に来ることになっている。
「その頃には人が少なくなっていると良いんですけどね」
今がちょうど、食堂の最も混む時間帯である。ピークを過ぎれば人はまばらになるはずだ。
「ところで、お二人は昼食の後お時間ありますか?」
ふと思い出したようにフォークを持つ手を止め、レッセが切り出した。
「ええ、私はありますけれど……この後何かありますの?」
「事件のことなんですけど、皆さんが見たという幽霊が誰なのか特定出来ればと思いまして」
レッセには幽霊が見えず、幽霊を見ることの出来る三人の力が必要だった。
「そんなこと出来んのか」
「……少し心当たりがありまして」
モザイオに憑いている幽霊は今のところ、事件に関する有力な手がかりである。早く、それが誰なのか突き止めたいところだ。
「そういえば、リタが先程、モザイオさんと会ったと言ってましたわね」
「モザイオ、リタさんに何か言ってたんですか」
「それが、うやむやになってしまいましたの。アルティナのあの勝負があったもので」
「…………」
それは自分が悪いのか、とアルティナは一瞬考えたが、別にそういうわけではないだろう。タイミングが悪かっただけだ。
「……まぁ、それはリタが来てからまた聞けば良いんじゃないですか」
それもそうですわね、と言い、カレンはパスタをくるくると上品に巻く。お嬢様育ちなだけあってか、かなり優雅な所作で食事をしている。ただ、昼食は食堂のプレートに乗っているプラスチック性で出来た皿に盛ってあるため、動作とミスマッチで何となく違和感がある。
「カレンさんって、貴族の方なんですか?」
「え? ……まぁ一応そうでしたわね」
「今は違うんですか?」
「ええ、出家しましたので」
にこやかに、かつキッパリと答えるカレンにレッセは目を見開く。
「えっ……てことは僧侶様?!」
「あら、そういえばまだお話ししてしませんでした?」
うっかりしていたと口許に手を当てた。
レッセには旅をしている経緯は話したものの、自分達のことについてはほとんど話していないのだった。
「そこのアルティナは戦士ですし、リタは旅芸人ですのよ」
「そう、だったんですか……」
今初めて三人の職業を聞いたレッセは意外な気持ちで頷いた。カレンが僧侶であったことも予想外であるし、リタが旅芸人をやっているとも思わなかった。
「……てことはリタ、曲芸をするんですか?!」
「そうですわね、私はあまり見たことがありませんけど……」
「曲芸っつっても、あいつのボケはだいたい九割が天然だがな」
カレンすらも苦笑し、否定できなかった。
――噂をされた本人はその時、くしゃみをしていたとかしていなかったとか。
(お昼休憩)26(終)
―――――
主人公不在。次から出すよ!
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