第八章 02
船を止め、陸に降り立つ。砂の海が見渡すかぎりに広がっていた。
「これが、砂漠……」
太陽がジリジリと熱を降り注ぎ、遥か向こうの砂原は陽炎でぼんやりと揺らいでいた。
砂の地面に苦戦しつつも、一行は砂漠のど真ん中にあるというグビアナを目指していた。
「……何だか、海岸が永遠に続いてるみたい」
砂浜の部分が延々とあるかのように思えたが、砂漠の砂は海岸の砂とは色も細かさもやはり違かった。しかし、歩きにくいのは変わらない。
遥か遠くをデザートランナーが走り抜ける。うらやましい、あの背中に乗せてくれないだろうか。
「このまま南東にまっすぐ進めばグビアナに着くはずなのですが……」
地図を持ち、方向を確認しながらカレンが告げる。
「……サンディがとってもうらやましいですわね」
そう思ったのは、石の町への登山に引き続き二回目のことだった。
サンディは相変わらずリタの周りを飛び回っている。その様子からは疲れを一切感じられず、むしろ得意げである。
「ふふん、良いでしょ。リタだって、翼失くしてなければ楽が出来たのにねー」
「本当にね……」
リタは天使界からウォルロ村に落ちた際、天使の光輪と翼を失った。そうなると当然、移動は自分の足で歩くしかない。とはいえ、翼で飛ぶのは人間界にいるときのみで、天使界では自分の足で行動することがほとんどだ。だから、最初は戸惑いこそあったものの、数日も経てばすぐに慣れた。
光輪も翼も未だ失ったままで取り戻せる見込みはないけれど……女神の果実を回収するためには、人間のように姿の見えている方が都合が良い。今までの冒険は、生きている人達と亡くなって幽霊となった人達の助けがあったからこそ、ここまで来ることが出来たのだ。
でも、もし女神の果実を全て無事に集めることが出来たら……その時、自分はどうするだろう。
天使に戻れる確証もないけれど、だからと言って人間界にずっと留まっているわけにもいかない。
リタは人間ではなく、天使だ。それに、もし天使として翼と光輪を取り戻せるとなったら。
(……もう、リッカやルイーダさんには会えなくなっちゃうな)
サンディや幽霊を見ることの出来るアルティナとカレンは、きっと天使に戻ったリタのことも見えるだろう。しかし、リタには天使としての使命があるし、アルティナやカレンだって人間としての生活がある。
全くなくなる訳ではない、けれど希薄になって行くであろう人間界との繋がり。――こういう時、自分やはり天使であり、アルティナやカレンとは違う存在なのだと、嫌でも思わされる。
「……リタ? ちょっと、リタってば!」
「え……あ、何?」
「何?じゃないでしょーがっ! ホント、アンタって考え込むと周りが見えなくなるんだから。ボケッとしてないで前見なさい、前!」
散々な言われ様であったが、言われるがままにサンディの指差す方を見ると、ぼんやりと影のようなものが見えた。
「ほら、あそこに見えるヤツ……もしかしてグビアナっぽくナイ?」
「あ……あれが?」
見えたとはいえ、しかしこれから歩く分を考えると気が重くなった。
リタの後ろから眺めていたアルティナがぼそりと呟く。
「……遠いな」
「これはまだまだ歩くことになりそうですわね……」
グビアナへは、あとどのくらいで着くのだろう。
ゆらりと揺れる陽炎を眺めながら、カレンは日を避けるように手を翳してぼやいた。
「人間ってのは本当に面倒よねー」
三人の周りでは、相変わらずピンク色の光がふよふよと飛び回っていた。
(灼熱の砂漠)02(終)
―――――
サンディはこの旅で移動の苦労をすることはないと思う。
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