天恵物語
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第八章 01

サンマロウやカラコタのある大陸の北に位置するグビアナ大陸。気候や海流の影響を受けるためか、大陸は砂漠が一帯に広がっている。そんなところで人間が生きていけるのか、という疑問は砂漠に僅かに存在するオアシスが解決してくれた。オアシスの水が人々の生活を支えているのだ。しかしながら、グビアナという王国は、またそれとは少し違うらしい。
何でも先代の王が地下水路を建設したため、オアシスに頼っていた頃よりもより豊かな暮らしを送ることが可能になったのだとか。先代が没した後もその功績は讃えられている。
……と、ここまではブランス家当主にしてカレンの父であるイズミが教えてくれたことである。
しかし、父は肝心なことは教えてくれなかったとカレンは愚痴をこぼした。


「お父様ったら、最近のグビアナ事情は仄めかすばっかりで全然教えてくださいませんでしたわ」


今、リタとアルティナとカレンは、潮風そよぐ船の甲板にいる。そこで、これから向かうグビアナについて話をしていたのだった。目的地のことが気になるのは当たり前であろう。しかし、イズミどころかリヒトもカイリも、笑うだけでロクな情報をくれなかった。危険はないということだろうが……。
グビアナは現在、先代に変わって女王が統治している。だが、女王に変わってからのことはほとんど教えてくれなかった。教えてくれたことと言えば、何やら問題が生じたらしいということだけである。なぜ何も教えないのか、父曰く。


「最初から分かってて冒険するなんて味気ないじゃないか。ちゃんとお楽しみも残しておかないと、ね。それが旅の醍醐味というものだろう?」


要するに、そっちの方が面白いから。そういうことだ。その発言には三人とも脱力させられた。


「お父様、完全に面白がってますわね……」


この旅の目的が女神の果実を集めることとは知らないため、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
当主のお茶目(?)に振り回されている側としては、溜め息を付きたくなる状況であった。
とはいえ、イズミは有力な情報もくれた。


「イズミさんの話では、バザールに来ていた商人が金色に輝く珍しい果実を売ってたってことだけど……」


「十中八九、女神の果実ですわね」


すでに売却されていないことを祈る。もし売られてしまっていたら、その後の果実の行方を追わなければならなくなる。
天使界から地上へと降り注いだ女神の果実。その数は不特定で、今までに回収した果実の数は順調に増え続けている。数が分からないために、この旅の果ては見えない。


(うーん……アルとカレン、いつまでこの旅に付き合わせることになっちゃうかな……)


危険を伴う旅であるため、リタは申し訳なく思うのだが、ここまで女神の果実を集められたのは二人の協力があってこそである。ここで二人に旅の辞退を勧めたところで怒られるのが目に見えているし、そんなことを言うのはずっと一緒に旅してきた二人に対して失礼である。……彼らはただリタの旅に付き合ってくれているだけではないのだから。
リタにとって、アルティナとカレンは大切な仲間だ。彼らもきっとそう思ってくれていると信じている。
ただ、最近はそれだけなのだろうか、と思ってしまうこともある。それは決まって、アルティナに向けられるものだったけれど。
アルティナとカレンはどちらとも大切な仲間だ、それは変わらない。そう思うのだが、何とも言いがたい違和感のようなものにリタは内心首を傾げていた。「それだけか」と言われても……それ以上もそれ以下もないような気がする。いつも違和感の正体が不明のまま、その時は忘れ去ってしまうのだ。


(……何なんだろ?)


とはいえ少しつっかかる程度なので、そこまで気にしていないけれど。
そこにちょうど現れたのは、ガングロギャルメイクな自称“謎の乙女”サンディであった。


「リター、どしたの。何か考え事?」


「あ……ううん。ただ、あとどのくらいでグビアナに着くのかなーと思って」


自分でも把握できていない、とらえどころのない小さな悩みを打ち明ける気にもならず、とりあえず先程から思っていたことを口にしてみる。サンマロウを出港して随分経ったが、グビアナまでの距離はあとどれくらいなのだろう。


「そうですわね、もうすぐ大陸が見えてもおかしくないと思うのですが……」


「陸ならもう見えたぞ」


「えっ、うそ?!」


アルティナの何気ない一言にリタは慌てて海を見渡す、が……陸らしきものはどこにも見当たらなかった。
リタとカレンは一生懸命目を凝らしたが、それでもやはり。


「私には見えませんけれど……」


「アル、目が良いんだね」


感心してたリタにアルティナはあっさり種明かしをした。


「いや、双眼鏡を使っただけだ」


「……あ、そか」


「まぁ、そんなことだろーとは思ったケド」


そういえば、船の中で双眼鏡を見かけた気がする。あれを使ったのか。


「じゃあ、あともうすぐで着くのかな。……砂漠かぁ、行ったことないや。やっぱりすごく暑いんだよね」


「そうでしょうね、ちゃんと砂漠に適した服装をしないといけませんわ」


サンマロウは比較的温暖で過ごしやすい気候であったが、砂漠の中の王国であるグビアナは違う。砂漠は、日中は気温が高く、夜はかなり冷え込む。やはり、水がなく、緑も少ないせいであろうか。
今までとは全く違う、そんな場所に行くことに不安を覚えないわけがない。もちろん、グビアナに対する思いは不安だけではないけれど。


「どんなところなのでしょうか、グビアナは」


「楽しみだな。ねぇ、アル」


同意を求めた相手は、今の会話を聞いていなかったのか、海を眺めている。


「……アル?」


もう一度呼ぶと、やっと気付いたのかこちらを向いた。


「……悪い、聞こえなかった。何か言ったか」


「……ううん、何でもない」


リタは笑ってごまかした。アルティナも「そうか」と言ったきりで、それ以上追及はしなかった。
……実は、リタにはもう一つ悩みがある。先程のものよりもこちらの方が気がかりだ。
何だか、サンマロウの辺りからアルティナの様子がおかしい。今のように、ぼうっとしてることが多くなった気がする。それはカレンやサンディも気付いているようだが、理由が分からず三人とも顔を見合わせるばかり。この時も、思わずカレン達を見ると、二人は肩をすくめていた。やはり、理由が分からない。サンマロウで、何かあっただろうか?
……まぁ、サンマロウで何かあったか、と言われればいろいろあったので、心当たりがないわけではない。ただ、いろいろありすぎて特定出来ないだけだ。


(うーん、やっぱり聞くしかないか。でも、聞いたところでちゃんと話してくれるかな?)


何かに悩んでいる風ではあるのだが……。アルティナの性格上、悩み事をすぐに打ち明けてくれるとは思えない。だから、今は何かに悩んでいるアルティナを見てリタは更に悩んでしまうことになる。その上、ふと最初の悩み事を思い出してしまうことがあり、頭がこんがらがりそうになることも多々。

しかし一番気を揉んでいるのはやはり、そんな二人の様子を見守るカレンとサンディであった。


「あの二人、ホントいー加減にしてくれないかな……。見てるこっちがやきもきするんですケド」


「……先はまだまだ長そうですわよ、サンディ」


二人が何に悩んでいるか、正確には把握してない。けれど、どうせお互いがお互いのことについて悩んでいるのだろう、と見当はついていたカレンとサンディであった。

船は、相変わらずゆったりとした速さでグビアナへと進んでいる。
今、グビアナ大陸はうっすらとその姿を見せはじめていた。










(見守る傍観者二人)
01(終)



―――――
てことで、グビアナ編始まりました!


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