天恵物語
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番外編 もう一人のお師匠

事件が一見落着し、洞窟からサンマロウへと帰る道すがら。
川の橋を渡ったところで、カレンはズオーを倒した時に気になっていたことを思い出した。


「そういえばリタ、火吹き芸なんていつの間に覚えていらしたの」


ズオーを倒した決定打は旅芸人がよく用いる芸である火吹きだったという、それだけ聞けば冗談を言っているのかと疑われそうな結果であったが……火吹き芸の火がズオーによく効いたことは事実。
そして、旅芸人を名乗っていたものの旅芸人スキルが皆無であったリタ。人間界へと落ちてからはとっさに旅芸人を名乗り、ずっとそれを通してきたが、今までそれらしい芸をしているところなど一回も見たことがない。
そんなリタが芸をどこで覚えてきたのかというと、女神の果実集めを開始した直後まで時をさかのぼることになる。


「あ、えーとね……実は私、ダーマ神殿に行った時に旅芸人の師匠が出来たんだ。その時、一番最初に教えてもらったのが火吹き芸で……」


言わずもがな、リタの師匠はイザヤールである。出来たのは二人目の師匠だとかで、曰く、他の芸も教わっている最中なのだという。ちょくちょくダーマ神殿に通っているらしく、冒険が一段落ついた合間にリタが姿を消す理由が今判明したわけである。
そういうことだったのか、とカレンは納得し……かけたが、また次に別の疑問が浮かび上がる。


「……ダーマ神殿に旅芸人なんていましたかしら」


ダーマ神殿は転職をするための建物であるからして、いろんな職業の人がいる。戦士に僧侶に魔法使い、武道家や盗賊だっている。というか、それが主だ。それに比べて旅芸人は少なめで、いればすぐに分かるはずだと思ったのだが。
すると、その疑問もすぐにリタが解決してくれた。


「幽霊だったから見えなかったんじゃないかな? カレン、あの頃は幽霊とか見えてなかったし」


カレンが幽霊の類いを見ることが出来るようになったのは、わりと最近のことであった。今ダーマ神殿へ行けば見えるだろうが、当時は見えなかったというわけである。


「そういうことでしたのね……。ちなみに、リタの旅芸人のお師匠様はどんな方ですの?」


「んー、黒い髪でヒゲが生えてて、赤い服着てる愉なおじさん……?」


最初は女神の果実の情報を集めるために話しかけたのだが、話しているうちにいつの間にかその人の弟子になることになっていたのだ。
すると、それまでカレンとリタの会話を静かに聞いていたアルティナが旅芸人の師匠の特徴を聞き、口を挟んだ。


「……待て、もしかしてそれは神殿のバーの隅にいたおかしな格好のオッサンのことか」


「あれ、アル知ってるの?」


その言葉に答えを得たアルティナはしばし沈黙した。何だか呆然としているように見えるが、そうされる理由がリタには分からない。やがて、アルティナは確認するように尋ねた。


「……パノンとかいう名前だった気がするんだが」


「うん、そうだよ。さすがお師匠、有名人だね!」


さらりと、そして嬉しげな声で返ってきた返答は、アルティナだけでなくカレンをも驚かせていた。パノンは有名人ではある。しかも彼は確か……


「確か、世界的に有名な人気旅芸人だった気がするのですけれど」


「間違いなく、その旅芸人だろうな」


きっと、天使界で育ったがためにリタは分からなかったのだろうが。……パノンは超のつくほど有名な人物であった。いつの時代にも存在する“パノン”であるが、この時代のパノンと呼ばれる人物はもうすでに亡くなったと聞いていた。だからこそ、幽霊としてリタの前に現れたということだろうか。
この言葉は、新しく出来た師匠の誇らしい話で少し機嫌の良くなったリタには、残念ながら届かなかったらしい。
そして、当時は人気旅芸人だった幽霊と羽根無し天使の旅芸人修業はこれからも続いていく――。



(終)




―――――
確かパノンって名前は受け継がれてる感じだったような気がするのですが……こ、これでいいのかな←
本編で書くつもりが何か小話のようになったので、こちらに。


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